最終話 修羅場の結末
魔王城謁見の間、玉座の裏に隠れる魔王が空間転移を実行する声が響き、玉座に座る勇者の視線の先に光の泡が弾け、王女と娘と聖女がそこに現れる。
「や、やぁ 二人とも、久しぶり。聖女様は初めましてですね」
「ご機嫌麗しゅう。勇者、これは一体どういうことですの?」
「お兄ちゃん…… ぐすっ、会いたかったよぉ」
「勇者様、お初にお目にかかります。これから貴方の伴侶となる女神の
勇者は表情を引きつらせながら作り笑いを浮かべ、探り探りで三人に挨拶する。
王女はドレスの裾を持ち上げて会釈し、すぐに勇者に問いかける。
娘は泣きそうな顔でその場にへたり込む。
聖女は何事もない様子で微笑みを浮かべて自己紹介をする。
「ま、まぁ、みんな、お、落ち着いて、話せば分かるから、ね」
「落ち着くのは勇者の方ですわ。何かやましいことがありまして?」
王女は勇者に話しかけながら隣にへたり込む娘に手を差し伸べ、ハンカチを渡して頭を撫でる。
「べ、別にないけれど、ね。君たちが突然ここに現れたからびっくりしちゃって……」
――コン、コン、コン
「失礼します!」
勇者がしどろもどろで言い訳をする中、謁見の間の扉がノックされ、ギィと音を立てて扉が開かれ、凛とした声が響く。
「大家殿、勇者殿、何か私に手伝えることはありま…… 王女様!? 何故このようなところに!?」
(えぇ! 姫騎士さん、このタイミングで来るの!?)
(妾はもう知らん。お主がなんとかしろ)
「あら、もしかして勇猛伯の娘の姫騎士さん? 貴女こそ何故ここに?」
「はっ! 私は勇者殿とともに大魔王の復活を阻止するため、この魔王城にとどまっております!」
「そ…… そうそう、いつ大魔王が復活しても良いようにね、ここに居るんだ。決して王女から逃げて来た訳じゃないからね」
姫騎士は王女を真っ直ぐに見つめて勢い良く理由を述べ、勇者もここぞとばかりに話を合わせる。
「うぅっ…… なんでお兄ちゃんがずっとここで待ってなきゃいけないの……? そんなのおかしいよ。ねぇ、一緒に村に帰ろうよ」
「そうよ。この娘さんの言うとおり、大魔王なんて復活してから対処すれば良いだけよ。早く帰って式を上げましょう」
「お兄ちゃん、帰ったら王女様と結婚するの……? なんで……?」
「いや、王女様との結婚は王様の急な思いつきでね。それに王女様との縁談を断って君と一緒になったら、君や村のみんながどんな目に合うかわからないから……」
王女は娘に言い訳する勇者を鋭く睨みつける。
「勇者。貴方の言っていることには三つ、間違いがあります。一つ、この縁談は私が望んだもので、私は勇者を心から愛しています。二つ、私は愛する人が愛するものまで愛しますので、この娘さんが不幸になることは許しません。三つ、私との縁談は断れません。以上!」
指を三本立てて勇者に突きつける王女の気迫にその場の全員が圧倒され、謁見の間が重い沈黙に包まれた。
(あの王女、凄まじい奴じゃの)
(これがなかったら良い娘なんだけどね……)
「あうぅ……」
「王女様、そういう問題じゃなくて……」
「それではどういう問題ですの? 娘さん、貴女は泣かなくていいのよ」
娘は王女の気迫に押され娘の目から涙が溢れ、勇者はその場を取り繕う言葉を探し、ただ狼狽える。
「もう結構です。姫騎士さん、勇者を連れて帰りますわよ!」
「いいえ! 王女様、申し訳ございませんが、それはできません! 勇者殿は大魔王の復活を阻止するために全てを捨てる意志を持ってここに留まっておられます! 私は騎士として勇者殿の気高き意志を尊重したく思います!」
王女は目前で敬礼しながら命令を拒否する姫騎士の瞳を見つめ、溜息を吐く。
「……確かに、姫騎士さんの言うとおり。世界を護ることが勇者の定め。そして、それを支えるのは妻であり王女でもある私の勤め。わかりました、式は延期にして私も勇者とともにここに残りましょう」
「ぐすっ…… じゃあわたしもお兄ちゃんと一緒にいる」
「え? 君は帰らないとおじさんとおばさんが心配すると思うけど……」
「……お兄ちゃんのことだって、村のみんなが心配してるもん。お兄ちゃんは帰らないのにわたしにだけ帰れって言うのはおかしいよ」
「うっ、確かに……」
「という訳で、勇者。私達もここに残るわ」
王女と娘は手を取り合い、決意の表情で勇者に言い放つ。
(勇者よ。この状況、どうしてくれよう?)
(もはや俺にはどうすることも……)
「聖女様は、どうなさるおつもり?」
「勇者様と皆様のその強いご意志、しかと確認いたしました。これも女神様のお導き。勇者様と私達とが協力すれば、例え魔王城であってもいずれは女神の神殿と成りましょう」
聖女は満面の笑みで王女と娘の取り合った手に自分の手を重ねる。
「えぇ……」
(この聖女の傍若無人さ、あの女神が送り込んでくるだけのことはあるわ)
(もう、どこから手を付けたら良いのかすらわからないよ……)
(良い子でしょう。私の一番のお気に入りなのですよ)
(貴様は出てくるな。すっこんどれ!)
「これは心強い! これから皆で協力し合い、大魔王の復活を阻止しましょう!」
姫騎士も四人に続いて手を重ねる。
「ということは、全員ここに留まるということね」
「いや、その、あのね…… やっぱりみんな自分の家に帰ったほうが良いと、思うよ」
「それならお兄ちゃんも一緒に帰らなきゃだめだよ」
「私に帰れと仰るのであれば、何が何でも貴方を我が王城に連れ帰ります」
「ふふふ、これからはここが私たちのお家なのですよ」
「勇者殿、私達のためにその気高きご意志を曲げることがあってはなりません!」
四人は手を取り合い、揃って強い意志のこもった視線を勇者に向ける。
「はい……」
(おほほ、楽しいことになってまいりましたわ)
(貴様ら、絶対に許さんからな)
(いやいや、この状況は俺には無理ですって)
(情けないやつじゃ。それでも勇気ある者か?)
(そこは、元、勇気ある者ですから)
(はぁ…… あの娘達では説得を聞きそうにもないの。仕方あるまい)
魔王が玉座の裏から消え、少女達の後方に姿を現す。
「話は聞かせてもらった。そなたらは誰の許可を得てここに住もうと思っておるか?」
「これはこれは、大家殿」
「大家、さん? ここは魔王城ですわよ。所有者が居るなんて話、聞いたことがないわ。それに貴女…… その格好」
「あっ…… かわいい……」
「あらあら? あなたのような方が何故こんなところに?」
突然の大魔王の出現に少女たちはそれぞれの反応を見せる。
「まずは自己紹介しよう。妾はこの城に古くから住む魔女じゃ。素性故に魔性を帯びてはいるが、女神に仇なす存在ではないので、聖女よ、警戒を解かれよ。取って食いやせぬ」
「はい、そのように」
聖女は静かに息を吐き、首に下げた女神の紋章を握りしめた手を緩める。
「妾は百年以上前から生き、ここを住まいとしておったのじゃが、魔王がこの世界に侵出してきた折に力を封印されてしまってな。百年の間ずっとここで眠っておったのじゃ」
「そうでしたか、事情を存じ上げ無かったとは言え、貴女の城で数々の無礼を働いてしまったこと、お詫び申し上げます」
「許す。王女がそのように頭を下げるものではない。面を上げられよ」
「ありがとうございます」
大魔王は頭を下げ謝罪する王女に憚ることなく尊大に振る舞い、王女もそれを受け入れる。
「あの…… 大家さんって何歳なんですか?」
「二百までは数えておったが、百年の間眠っておったし、そこからははっきりせんの。
大魔王はそばに寄って跪く娘の頭を愛おしげに撫でる。
「わたしも、な、撫で撫でして、良い、ですか?」
「許す」
「わぁ……!」
「俺も撫で撫でして良いですか?」
「許さん」
「え〜」
娘に撫でられ満足げな大魔王に勇者が尋ねると、大魔王は冷たい視線を勇者に向ける。
「さて、そなたら、事情は聞かせてもらったが、本気で我が城に住もうと思うとるようじゃの。察するに拒絶に応じさせるにも難儀すると見える」
「大家様。ご無礼を承知で申し上げます。勇者と一緒に私達をここに住まわせて下さいませんか?」
「大家さん、お願いします!」
「私からも、お願い申し上げます。大家様」
「ふむ、どうせ断っても聞かぬのじゃろ?」
「ええ、その通り、話が早くて助かりますわ」
「思い通りにならぬこともまた愛おしい、か……」
王女が優雅に微笑むのを見て大魔王はにやりと笑う。
「そなた達、花はお好きか?」
「好きですわ。それが何か?」
「大好きです。可愛いくてきれいなの」
「はい、愛しております」
「私とて、女ですから」
大魔王は四人の答えを聞き、嬉しそうに笑う。
「そうか、そなた達なら園芸や花を扱う素養は持ち合わせておろう。妾はこの城を花でいっぱいにしたいと思うておる。しかしながら、妾はこのような身体でメイドたちも花を愛でる心は持ち合わせていない。妾の計画に手を貸すというのであれば、この城の半分くらいをそなた達にくれてやろう」
「ふふ、もちろん、ご協力いたしますわ」
「ありがとうございます。大家さん」
「この城を花でいっぱいに、素敵な計画です。きっと女神様もお喜びになるでしょう」
「大魔王の復活の阻止という大義もお忘れなく!」
「そなたたちの協力に感謝する。これからはこの城で自由に過ごされるが良い」
笑顔で手を取り合う大魔王と四人の少女たちに、勇者はあっけにとられ、絶句する。
「え? え? なんで? なに、この展開? 良いの? 大家さん?」
「元はといえば全てお主のせいなのじゃぞ。解っておるのか?」
「そうよ勇者。貴方が望んだからこそ、私達はここに居る事になったのよ。それをゆめゆめお忘れなきよう」
「お兄ちゃん、これからもずっと一緒だね」
「これも全ては女神様のお導きですわ」
「勇者殿、改めてよろしくお願いします!」
四人の少女からは熱い眼差しが、大魔王からは冷たい視線が注がれる中、勇者は天井を見上げ、大きくため息を吐き、玉座のある壇上から一人ひとりに視線を合わせていく。
「ああ、え〜と、うん。みんな、これからもよろしく」
完
元勇者ですが、諸事情あってのじゃロリ大魔王さんと旧魔王城に住んでいます 藤屋順一 @TouyaJunichi
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