隠されし銀髪美少女がチートスキルで世界を救う

文嶌のと

第一章 リーヴ王国

プロローグ

第1話 千年後の世界

 神はなぜ、この世界に生命いのちを誕生させたのだろうか。

 神はなぜ、その生命いのちに知性を与えたのだろうか。

 神はなぜ、その生命いのち八種族オクトーレイスに分けたのだろうか。


 千年前、この魔法世界――ラグナ大陸は八種族聖戦ラグナロクと言われる醜い争いによって絶滅危機に瀕した。奇跡的な生き残りが種族の垣根を越えて復興活動を続けて現在いまに至る。ふたたび過ちを犯すことのないよう、八種族オクトーレイスの長が定めた『八種族平和憲章ラグナ・カルタ』によって、剣や魔法などの類による一切の殺傷を禁止されていた。

 ただ、それはの話であり、実際には弱肉強食の世界は水面下で続いている。不定期に開催される『八種族闘技会オクトーコロシアム』で定められた種族序列の絶対的遵守により、下の種族たちは上の種族たちに従う他なかった。闘技会と言っても実際に殺し合うわけではなく、仮想空間内で互いのヒットポイントを賭けて戦うゲームバトルだが。


 堅牢な皮膚と翼を持ち、ブレスを得意とする絶対的王者――竜族ドラグニート

 下半身が魚類で、誘惑を得意とする操り魔女――人魚族セイレーン

 二十メートルを超える体躯を持つ知恵ある怪物――巨人族タイタン

 横に伸びた長い耳で相手の心を読む森の狩人――妖精族エルフ

 人工知能を有した鉄製の身体からだを持つ人工物――機械族オートマタ

 愛らしいケモ耳とは裏腹に、化け物じみた身体能力を有する――獣族ウルフ

 身体からだの小ささを利点に変える、地中すべてを従える――小人族ドワーフ

 すべての個性を奪われ、剣と魔法のみを主力とする――人類種サピエンス


 幾度となく闘技会が行われるも、種族間の格差が歴然でこの序列が覆された試しはない。こう見ると全てに屈する人類種サピエンスに生きる価値はあるのか。貿易の滞りによって生まれる物資不足と生活水準の低下。人類種サピエンスは、ここラグナ大陸で屈辱的な日々を送るしかなかった。

 生きとし生ける者すべてに意味があるのだとしたら、無個性の人類種サピエンスは何のために造られたのか。強者が優越感に浸るためだけに造られた玩具なのか。前世で過ちを犯した者に与える試練の器なのか。


 だが、そんな考えを全て無にするかの如く真っ直ぐな、そして人類種サピエンスに生まれてきた意味を見出そうとする男がそこにいた。




 暗く陰鬱な一室に大きな音が木霊こだまする。とある青年が六畳ほどの小さな牢屋の中で仰向けで倒れていた。


「おい、大丈夫か?」


 音に反応して看守が駆け付ける。青の制帽と上下青の制服に身を包んだ中年男性だ。上着には金の王冠マークの胸章きょうしょうが目立っていた。


「あぁ、大丈夫っす。寝ぼけてベッドから落ちたみたいで」


 青年は恥ずかしそうに片手を上げて愛想を送る。


「気を付けろよ。今日釈放日なんだからな。頭でも打って教会送りなんて最悪だぞ」

「はは、そうっすね。気を付けます」


 微笑ほほえむ青年を見て、男もまた微笑ほほえみ返す。男が軽く手を振りながら鉄柵から離れて持ち場へと戻っていった。


 今現在、黒ズボンに白シャツというラフな恰好で横たわる青年――アロン=オリバーは窃盗罪で一日だけの収監を余儀なくされた。ただ、働いたのは悪事ではなく人助け。アロンとサラの十八歳の誕生日を祝うため、幼馴染のイスカ=トリオレと三人で酒場に集まったところで事件は起きる。ちなみに、サラ=オリバーはアロンの双子の妹である。三人で陽気に祝っていたところにゴロツキ三人衆が入店。絡まれた挙句、イスカの大切にしている書物を盗まれ、後を追って取り返した。タイミング悪く、その様子を憲兵に見つかり、アロンが冤罪えんざいで逮捕されたというわけだ。

 だが、問題はそこじゃない。アロンが冤罪えんざいだと知った上で憲兵が捕まえてきたという事実にある。町の治安を守るはずの憲兵がゴロツキなどに屈する様子は、この国の治安が極度に悪化していることを物語っていた。無駄な揉め事は起こしたくない、強い者には巻かれろ精神だ。


 そんな悔しさをしみじみと感じながら仰向けのアロンは少し長めの黒髪を掻きむしる。岩床の冷たさから解放されようと身体からだをベッド側に回転させた。その時、ふとベッド下に視線を向けると、微かだが文字が岩壁に書かれていることに気付いた。牢屋外に設けられた松明たいまつの光では陰に紛れたその文字を読み解くことはできず、右手をベッド下に潜り込ませる。その状態でアロンは蚊の鳴くような声で詠唱する。


「光魔法:レベル1――淡き光ライト――発動」


 すぐさま手の先に白き光が現れ、辺りを照らす。その光を持ってようやく目に留めた。


『教会の祭壇下に33550336』


 その八桁の数字に何の意味があるのか定かではないが、そんなことよりも普段よく足を運ぶ教会に何か秘密があるという好奇心がアロンの心を支配していた。その数字を記憶に留め、手の先の光を消す。すぐに周りを確認したが、看守の姿はなく、怪しまれずに済んだことに安堵する。その後、今度は何の迷いもなく立ちあがった。冷えた身体からだを解すようにストレッチをしてベッドに腰掛ける。


 発見したメモ書きについて頭を巡らせていると、鉄柵の向こうから革靴の足音が響いてくる。程無くして姿を現したのは先程の看守よりも年配の男性。恐らくは上官だろう。釈放の際には上役が計らうことになっているらしい。


「おい、アロン=オリバー。時間だ」

「はい」


 返事をしてすぐ、鉄柵は開けられた。ベッドから立ち上がり、手招きする看守に続き、牢屋を後にする。その様子が羨ましいのだろう、辺りの牢屋内からうめき声が聞こえてくる。鉄柵にしがみ付いてアロンを見る輩もいた。そんな彼らと目を合わせず、アロンは上がり階段に向かっていった。上がり階段しかないこの階層は最下層。階段脇にB3と書かれていた。先に響く革靴の音を追いかけて、アロンの黒ブーツの音が鳴る。この薄暗い世界にあるのはその二つの足音と囚人のうめき声や怒鳴り声のみ。もう二度とお世話になりたくないと感じていた。


 最後の階段を上り切ってすぐ、アロンは手でひさしを作る。外界から遮断された牢獄では感じ得なかった時間という概念を主張する朝日。慣れるまでには少しばかり時間を要した。


「これは預かっていたお前の荷物だ。受け取れ」

「どうも」


 荷物と言っても手渡されたのは財布、鍵、そして剣だけ。先の二つをポケットへ、剣を腰に携える。


「もう巻き込まれるんじゃないぞ」

「はい」


 軽く会釈をするアロンを一瞥いちべつし、すぐに看守は建物内に戻っていった。


「やっぱ気付いてんじゃねぇか」


 巻き込まれるな、というワードから冤罪えんざいを知っていることがうかがい知れる。そんな悔しさを噛み締めながら通りへと足を向けた。


 移動し始めてすぐ――牢屋建物横にがあった。聞く話によると、ここはラグナ大陸で最古の教会とされ、『古の教会アルカディア』と呼ばれている。序列最下位の人類種サピエンス生息領域になぜ最古の物が存在しているのかは知らないが、最古という名に相応しい外観を呈していた。当初は白壁だったのだろうが、現在は薄汚れて日に焼けて変色しており、目に見えて分かるほど大きくあちこちがひび割れを起こしている。その外壁を隠すかのように枯れた茶の蔦や苔が蔓延はびこっていた。

 片方の開いた茶扉から中を覗くと、多くの聖者が祈りを捧げている最中だった。その後も夜までは来客が絶えない。そのため、人がいなくなる夜まで待たねば調べることは叶わなかった。


 諦めて通りに戻り、人の群れに乗って歩きながら考える。道にあった時計から現在時刻は午前十時。この時間帯はアロンの通うクレスト剣魔指南けんましなん学校の演習中で外門が閉められ、中に入ることはできない。当然、校内に隣接する寮にも。すると、時間を潰せる場所はあそこしかない。そう、実家だ。

 最初から目的地を決めていたアロンは、すでにその懐かしき青壁の民家の前に立っていた。手持ちの鍵を使い、久しぶりに我が家の玄関扉を開けた。

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