家畜
「シェイナ!! 庭の草引きやっとけって言っただろうが!! なにサボってやがんだ!!」
小さな集落の粗末な家から、怒声が響いた。成人男性の声だった。すると、
「ご、ごめんなさい……ヤギがなかなか乳搾りをさせてくれなかったから……」
ひどく怯えた感じの少女の声が返ってくる。しかしそれに対しても、
「あ? なに親に口答えしたんだてめえは!! ふざけてんのか!?」
どうやら父親らしき成人男性はますます苛立った様子で罵声を浴びせた。
「ひっ……!」
少女が声を詰まらせて体をすくめると、
「まともに仕事もしねえような奴はメシ抜きだ!!」
さらに居丈高に罵ってくる。そんな父親に、<シェイナ>と呼ばれた少女は、
「ごめんなさい…ごめんなさい……!」
何度も謝るしかできなかった。
これが、少女の日常だった。生まれた時から家畜同然に扱われ、いや、むしろ<家畜>として生み出され、理不尽に虐げられ、苦役を強いられてきた。その集落では、これはそれほど珍しいことでもなかった。
何しろその少女の父親も同じようにして育ち、そして成長して親になったことで、かつて自分がされてきたことを我が子に対しても行なっているだけなのだ。だから少しも悪びれてなどいない。そうすることが<当然>なのだから。ゆえに母親さえ助けてくれない。
けれど、少女にとってはもはや限界だった。食事ももう二日抜かれていて、隠れて口にした僅かなヤギの乳のみという状況で、すでに立っているのがやっとという状態だった。
だからこの日、少女は、シェイナは決意した。両親が寝静まった後、こっそりと家を抜け出して、月明かりの下、林の獣道を必死で歩いた。
こんな林の獣道を子供が一人でいてはそれこそ獣に襲われる可能性もあっただろう。彼女にとってはもはや一か八かに賭けるしかなかったのだ。どうせこのままでは死んでしまうかもしれない。実際、彼女と同じ歳の少年は、親に暴行を受けてつい先日、亡くなっていた。だから今度は自分の番かもしれない。
シェイナにとっては、まさしく生きるための決断だった。
もし気付かれれば、父親が追ってきて、そして捕まればさらに酷い折檻が待っているだろう。彼女もそれは分かっていた。分かった上で逃げた。
街に行けば何か働き口があると信じて。
だがこの日、彼女が逃げることを決断したのは、それこそ『天啓を得た』とでも言うべきものだったのかもしれない。
なにしろ彼女がいなくなっていることに気付いた父親が家の外に出たところ、闇の中に幾つもの赤い光が浮かび上がっていて、そして獣の唸り声と獣臭と濃密な血の臭いが満ちていたのだから。
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