様式美を愛する魔王様、最高の勇者を育てし者 ~チャラ男勇者に「飽きた」と力を封印されて人間に転生させられたけど、勇者となった妹の覇道のために今日も舞台裏で暗躍無双する~

柏木サトシ

第1話 さよならのロールダンス

 様式美――それは芸術作品や建築などの様式に依存する美しさ。様式のもつ美しさを指す。


 だが、それとは別に様式美という言葉には、別の意味合いが一部の界隈で使われる。


 それは物事における定番、決まりきったお約束を指す。


 そういった定番やお約束は、あらゆる分野で踏襲され、多くの人々に愛される一因となっている。

 そしてここにも一人、そういった物事のお約束に取り憑かれた男がいた。




 黒が支配する闇の底、荘厳な闇の神殿の最奥で、世界の明暗を分ける決戦が繰り広げられていた。


 神殿の主たる魔王に対峙するは、世界に選ばれし救世の勇者と、彼と共に歩みし三人の光の戦士たち。

 既に幾度となく切り結ばれた戦いの天秤は、次第に勇者とその仲間たちの方へと傾き、戦士たちが一撃振るう度に黒一色の世界に色が灯り、漆黒の闇が払われていく。


 幾重にもわたって閃光が折り重なり、立ち込める闇の霧が晴れると、


「……クッ、見事だ」


 くぐもった呻き声と共に、黒い巨大な影が膝を付く。

 傷だらけの黒い甲冑のあちこちから血を吹き出しながら、全長三メートルを超える魔王は、自分を打ち倒した四人の人間を見る。


 彼等は、魔王が用意した数多の試練を乗り越え、封印されはずの聖なる武具を手に、魔物たちが跋扈する暗黒大陸を乗り越えてここまでやって来たのだ。


 そんな真の勇者として成長した彼等を、魔王はまるで成長を喜ぶ父親のように『愛おしい』と思っていた。


 そう……この魔王は、勇者が数々の試練を乗り越えて魔王を打ち倒すという様式美に、心奪われた魔王だった。



 自身が滅ぼされるというのに、その過程を愉しむという自虐趣味でもあるのかと思うが、それにはある理由があった。


「たかが人間風情が我を倒すとは……流石は救世の勇者、ということか……ガハッ!」


 魔王は口から大量の血を吐き、両手を地面に吐いてどうにか倒れるのを堪える。

 今にも魔王の命は尽き果てようとしていた。

 だが、


「……クックック、だが、これで終わりと思うなよ」


 風前の灯火という状況にありながらも、魔王は肩を揺らしながら笑ってみせる。


「我の命はここで尽きるが、貴様等人間がいる限り……人の心に闇がある限り、我は何度も蘇るのだ!」


 こんな状況に追い込まれた魔王が余裕を見せるのは、彼には死というものがないからだった。



 魔王とは、人の悪意を糧にして生まれる魔物が一定数以上になると自動的に誕生するもので、ある意味では自然災害にも等しい存在である。


 例え勇者に敗北しても、百年ほど経てば増えた魔物たちによって、魔王は望まなくても勝手に復活する。

 復活する度に勇者に敗北するというサイクルを数え切れないほど繰り返した魔王は、敗北する悔しさも忘れ、ある種の嗜好を覚えるようになった。


 それは、いかに勇者らしく成長した勇者に敗北するか、だ。


 自分の前に立ちはだかる勇者が、どれだけの困難、苦難を乗り越えてやって来ているかを、支配する魔物を通じて知っていた魔王は、いつしか勇者側へと肩入れするようになっていたのだ。


 立派に成長した勇者に敗れることが愉しみとなった魔王は、冒険へと旅立った勇者に対して数々の試練を与えるようになる。


 絶体絶命の状況を作り上げるが、そこに敢えて一点だけ突破口を用意しておくことで、勇者たちがギリギリのところで死なないように配慮する。


 そして、用意した突破口を駆使して困難な状況を脱した暁には、思わずガッツポーズをするくらいには、魔王は勇者たちに対して思い入れるようになっていた。


 そして、今回も数々の試練を乗り越え、自らを倒した勇者に向かってお決まりの台詞を吐いた魔王は、その後のリアクションを待つ。


 この後の勇者の台詞もまた魔王にとっての愉しみの一つだった。

 多くの勇者は「人間の可能性を信じている」とか「次世代の勇者が再びお前の野望を打ち砕く」等、いかにも勇者らしい台詞を返してくるのだが、果たして今回の勇者は何を言ってくるのだろうか。


 魔王はこれまでのパターンを解析しながら、勇者が何と言うかを予想していると、


「ふぅ…………」


 魔王の前に立つ瑠璃色に輝く鎧に身を包んだ勇者が、肩で大きく嘆息しながら口を開く。


「ちゃんまお撃破成功したぜ。ウェ~イ!」

「「「ウェ~イ!」」」


 勇者が両手を顔の前で広げながらをポーズを決めると、三人の仲間たちが喜びを爆発させるように、ハイタッチをしながらはしゃぎ出す。


「ライトニングブレードがズバババッ、と決まった瞬間に俺、確信しちゃったね? 新しい伝説作っちゃったってね」

「いや~勇者、マジパネェ」

「テンアゲしまくりんぐだぜ!」

「ヒューヒューだよ!」


 興奮気味の勇者の一言に、同じくらいテンションが上がっている仲間たちが追従する。


「とりまどうする? この後、どこでKPするよ?」

「それよりアニバのグラフ撮っちゃわね?」

「おっ、それゲロヤバッ! 間違いなくバズりまくるぜ」

「チョベリグ~!」


(こ、こいつ等は何を言っているんだ)


 倒したはずの魔王を無視して盛り上がる勇者たちを見て、魔王は愕然とする。

 映像では勇者の成長を見ていた魔王だが、その映像には音声がついていないので、普段、彼等がどのような会話を交わしているのか知らなかったのだ。


 結果として、自分を打ち倒した今代の勇者は、まさかのチャラ男勇者だったのだ。



(な、何なのだ。こいつ等は……)


 今まで見たこともない人種の登場に、魔王は困惑の色が隠せなかった。

 これまで魔王の前に現れた勇者は真面目で実直、質実剛健を体現したような誰もが勇者と認めるような者ばかりだった。


 だが、今回現れた勇者は、これまで現れたどの勇者とは似ても似つかない、完全に異質な存在であった。

 すると、


「ちゃんまおさんよ……」


 困惑する魔王に、中腰の虚脱したような姿勢の勇者が話しかけてくる。


「俺っちのパイセンからメッセがあるんよ」

「ぱ、ぱいせん? めっせ?」

「そう……パイセン。ちゃんまお的にわかりやすく言うなら、先代の勇者? 的な人からの伝言ってやつ」

「な、何だ?」


 先代の勇者からの伝言と聞いて、魔王はこのまま消えてしまおうかと思っていたが、すんでのところで思い留まって耳を傾ける。

 聞く姿勢を取る魔王に、勇者は大袈裟に肩を竦めながら先代の勇者の言葉を告げる。


「飽きた……ってさ」

「……えっ?」

「いくら倒しても蘇るちゃんまおのしつこさに、パイセンだけでなく、人類皆、マジ勘弁してって感じでさ……だから、今回はちゃんまおを倒さずに追放することにしたんだわ」

「「「ウェ~イ!」」」

「……何……だと」


 驚く魔王に、勇者は兜を脱ぎ、日焼けピアスだらけの素顔を晒すと白い歯を見せて二カッ、と爽やかに笑う。


「つまり、この世界からバイバイしてもらうってことさ」

「あれだよ、異世界へと追放ってやつだな」

「といっても、このまま異世界に飛ばすとその世界に迷惑がかかるから……」

「魔王、あなたをここで人間にして、一切の攻撃魔法を封印させてもらうわ」


 体のラインが強調された紫色のケバケバしい衣装に身を包んだ勇者パーティー唯一の女性、女神官が綿のようなモコモコが付いた扇子を取り出すと、腰をフリフリ振りながら、頭上で扇子を仰ぐように動かす。


「さあ、いくわよ! バイビーベイビーサヨウナラアアアアァァ!」

「や、やめ…………ぐああああああああああああああああぁぁ!」


 すると、三メートルを超える魔王の体がみるみる縮み出し、魔王たる証である頭に生えている角がみるみる縮んでいく。

 さらに天から降り注いだ白い光が、人間の児童サイズまで縮んだ魔王を天へと誘うように音もなく引き上げていく。


「や、やめろ! わ、私はまだ……」


 魔王は空中で必死にてあしをバタバタさせて暴れるが、努力の甲斐なく体はどんどん上空の光へと吸い込まれていく。


 この世界に別れを告げようとする魔王に、勇者たちは縦一列に並んで上半身をグルグルとテンポを少しずらして回転する、所謂、ロールダンスをしながら見送る。


「ちゃんまお、安心して第二の人生をエンジョイしてくれ」

「異世界転生で俺TUEEEE! とか超うらやま~」

「まあ、攻撃魔法使えないけど、それ以外の魔法が使えるから十分イケるっしょ」

「マンモスやっピーだね」

「「「「ウェ~イ!」」」」


「そのウェ~イをやめろ! それと回るなああああああああああああああぁぁぁぁ……」


 魔王の叫びは、彼の体が光の中へと溶けるように消えると同時に聞こえなくなる。

 こうして、様式美を愛する魔王は世界から姿を消した。




「――ハッ!?」


 女神官が放った光に吸い込まれ、意識を失った魔王が目を覚ますと、見慣れない天井が目に飛び込んでくる。


「こ、ここは……」


 状況が今一飲み込めず、木の天井を呆然と眺めていると、


「ライル!」

「うぷっ!?」


 目の前が突然真っ暗になったかと思うと、魔王の顔全体が柔らかい何かに包まれた。

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