ー木下 春徳ー
春徳は幼い頃から、常人には視えないモノが視えていた。
近所の人が亡くなる時は決まって7日前に御・迎・え・が来るのが視えるので、誰が亡くなるのか言い当てることもしばしばあり、気味悪がられていた。
そのうち、人が亡くなると、だんだんと春徳のせいになり、近所の者達から謂れがない言い掛かりをつけられたり、八つ当たりをされたりするようになり、それがだんだんエスカレートしていき、物をぶつけられたり、殴る蹴るの暴行を受けたりして、気づいた時は病院のベッドの上という事もしばしばあった。
ある時、春徳の噂を聞きつけ、1人の僧侶がやって来た。
それが玄龍寺の現住職、九条源三である。
源三は春徳に様々なことを教え、導いてくれた。
ーー春徳が恩人である九条源三の元に来て早十年。
春徳が僧侶になる事を決め、源三の元に修行に通うようになった時、信善は6歳だった。その頃にはすでに武術に興味があり、強くなることを目標に、日々努力していた。
しかし、お寺の掃除や庭の掃除の手伝いを言いつけられると、よく逃げ出し、逃げ出すたびに春徳が迎えに行っていた。
春徳は一般的に知られている擬人式神(紙や藁、草木などで人の形を作った形代かたしろに霊力を宿らせた式神)が使えるので、信善が寺から出たら式神達に後をつけるように言いつけてあったので、場所の特定は容易だった。
温厚で性根の優しい春徳に、信善も懐いていたので、春徳が迎えに行くと、素直に一緒に帰って行った。
『ふふ。あの我儘でヤンチャ坊主だった善さんが、随分と成長されたものだ。子供の成長は早いなぁ』
魔王覇気を受け、行動を制限されている春徳は、打開策を考えながら、魔王の猛攻を躱し続け奮闘している信善を見て、思わず感慨の感想が出る。
あの可愛らしかった子がーーー
そう、それが今や魔王を名乗る者の猛攻を、当たることなく躱し続けている。
魔王は間違いなく強い。一目瞭然で分かるくらい。
隙も無駄もない洗練された動きに速さや正確性もある。
普通の人ならば、今頃猛攻を受け、ボロ雑巾のようになって死んでいてもおかしくない。
しかし信善は、反撃出来ずとも、ずっと躱し続けているのだ。この猛攻を。
『…素晴らしい……本当に素晴らしい。幼少の頃よりずっと見て来ましたが、やはり貴方はタダの人ではなかった。そして、ここで終わるような人でもない』
よく信善の面倒を見ていた春徳は、源三と同様に信善には何らかの才があると思っていた。
信善がいつもの如く逃げ出した時、式神が後をついて行かない日があった。
春徳は疑問に思いつつも、急いで信善を探した。
信善を見つけた時、信善は何かと話をしていた。
何と話をしていたのか尋ねると「お寺にいる式神。今日はずっとついて来る」と答えたのだ。
まだ幼かった信善に誰も式神の存在など教えていない。
どんな式神か尋ねると「今日のは小くて白い狐」と答えた。
『まさか…玄龍寺の始祖様に宝刀をもたらしたとされている白狐の事だろうか…? 』
だが、この式神は春徳に姿を見せさせないどころか、気配も感じさせない徹底ぶりなので確認のしようがない。逆にその徹底ぶりから、この考えはあながち間違っていないのではと考える。
しかし、寺にいる式神達は、玄龍寺の始祖様からこのお寺を守る様に言い使っているだけであって、個人個人に従属するわけではない。
それが今日は信善について来ている。何かあるのだろうかと思っていると、
「今日は何となく、公園じゃなくて駄菓子屋のおばちゃん家に遊びに行こうかなって言ったらコイツも頷いたからココで遊んでた」
と、信善は言った。
信善は勘がいい。式神も頷いたと言うのだからおそらく正解だったのだろう。
その日の夜、公園に通り魔が出たと言うニュースが流れ、確信した。
別の日にも、違う道を通る事で車の暴走事故を回避していたり、色魔に取り憑かれた誘拐犯に源三からくすねた破魔札を貼り付け、ただの変態に戻した後、金的攻撃をして前屈みになった犯人の顎に一撃を入れ気絶させ、警察に引き渡していたりなど、エピソードは尽きない。
『やはり信善この子は特別な子なのだ』
魔王との闘いを見て、より実感する。
魔にも負けない、屈さない、確かな実力と揺るがない精神。
信善は明らかに天賦の才の持ち主である。今はまだ開花していないが、そう遠くない未来に開花させると信じている。
『その未来を詰ませるわけにはいかない。何としても助けなければ!』
春徳は式神を自分に憑かせる事で、徐々に身体の硬直を解くことに成功する。
源三を見ると、源三もわずかに動けるらしく、破魔札を自分に当て、徐々に硬直を解いていた。
春徳は式神を放つも、魔王の覇気に弾かれるので、破魔札を放ったが、魔王に躱され当たらない。
源三は破魔の力を放つ機会を狙っているが、魔王の猛攻は早く、狙いを定められない。
どうするか2人で考えあぐねいていると、魔王は呪文のようなものを唱えた。が、何も起こらなかった。
………?
『マキがどうのと言っているが、負悪い氣の事だろうか?』
そもそもこのお寺は、玄武と青龍が守っているとされ、梅、桃、桜の木もあるので、負悪い氣は寄せ付けず、清浄な氣しか流れていない。おまけに源三の破魔の結界も張っているのだ。これ程厳重で万全なセキュリティーの中に居られる魔王が異質なのだ。
暫く様子を見ていると、魔王はケツから火を出し、走り去って行った。
「……………」
あまりにもの想定外な出来事に呆気に取られ、魔王を逃してしまった。
恐らくまた信善を狙いにくるだろう。
『急いで対策を練らないといけませんね…。お寺も善さんも万全な態勢で守らなくては』
魔王を討つ方法。消滅、浄化、封印…。現時点ではどれも難しい。それ程の力を持つ者が玄龍寺には居ない。
信善にいずれかの力が備わっていて、開花してくれればとも思ったが、危ない目にあって欲しくないと思い直す。
恩人の子としても、弟弟子としても、弟としても、接してきた春徳は家族同然の情を持っていた。
『やはり、ご住職の仰るとおり、本山か宮家本家にご相談に行くのがいいでしょう』
春徳は源三に本山と宮家本家に行く旨を伝える。
「……うむ、そうだな。魔王の能力も力量も明確でない以上、何が起こるか分からんからな。すまないが、よろしく頼む」
「はい、お任せください」
「しかし善め、厄介ごとを持ってきよって」
「善さん?」
「うむ。朱白神社で貧乏神様に試練を与えられたらしいのだ」
「!」
どうしてそういう経緯に至ったのかは不明だが、貧乏神様とはいえ、朱白神社で神様をお喚び出来たのが驚きだ。
しかも神の御標までつけて貰ってるという。
『…あぁ、やはり善さんは素晴らしい。私なんかの想像も及ばない程の次元に有るのですね。これは益々成長が楽しみで仕方ありません』
春徳はこれからの不安よりも、信善の将来に心を躍らせるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます