大罪人と執行官
りい
1.浜岡
「なぁ、2841番。何故お前は人を殺した。」
私は、俯きながら歩く隣の男に問いかけた。
「さぁ。今となっては自分でも分からないですよ。後悔しかない。でもいいんです。」
男は最後の義務を果たしにひたすら廊下を歩いている。距離でいえば残り数十メートル。男にとっては果てしなく長い道のりに感じているのだろう。私と男との最後の会話だった。
男は台に登り、首に縄をかけられた。
「執行。」
私はボタンを押した。
某所某日、今日もこの施設に大罪人が送られてくる。罪状は強盗放火及び殺人。一審二審ともに死刑判決を受け、上告したが判決は覆らなかったらしい。私にとっては関係のないことだ。いや、そうではない。私がこの者の執行官になるかどうかは分からないが、少なくともこの施設が被害者や遺族の無念を晴らすことになるのだから。そう考えると関係ないとは言い切れないのかもしれない。この者たちは刑務所に収監されてから部屋の中でこれからの生涯を過ごすのだ。これからの暮らしと最後の一仕事の手伝いをするのが私の仕事なのだ。この年になってまで人の手を借りなくてはいけないなんて、手のかかる者たちだ。
「浜岡、交代だ。お疲れ様、ゆっくり休めよ。」
「あぁ。お疲れ様。」
私に話しかけてきた男は宮代という。私の同僚だ。
私は寮に戻り、冷蔵庫から一本の缶ビールを取った。テレビをつけると最近話題になっているニュースがやっていた。8年前に男女二人を自宅で殺害。その後4週間と1日の逃亡の末、逮捕。その男の裁判の判決が下ったという内容だ。
「はぁ。」
ため息が出る。世の中、犯罪で世間を賑わさないことがない。来る日も来る日も各地で犯罪が起き、しかめっ面の評論家が分かった風に言葉を発する。結局のところ、最後のしりぬぐいをするのは私たちなのだ。勘弁してくれ。そう思うとともに、こういう者たちがいるから私は今仕事をしていられるのだと理解している自分にもため息が出る。缶ビールをもう一本取り出し、つまみにスルメをかじる。あぁ、私もこのイカのように何も考えず海の中を漂っていたいよ。最後に食われて終わるのはまっぴらごめんだが。
今日もこの施設に大罪人が送られてくる。殺人による死刑。その者の名前は瀬崎という。ここ最近のテレビを賑わせたあの男だ。頬はこけて無感情のまま牢の中で座っている。歳は27歳。まだまだこれからという歳なのに、こんなところで残りの一生を過ごすなんて、因果応報、自業自得とはこのことだな。
「なぁ、浜岡。今日入ってきた奴ってあれだろ、最近ニュースの、」
「あぁ、そうらしいな。思ったより若く見える。」
「まあ、実際30歳手前だろ。十分若いのになんだってあんなことしちゃったのかねえ。」
瀬崎は元々、歌舞伎町で働いていたそうだ。様々な情報が週刊誌やテレビが嬉々として報道していたが、判決が下った今、世間で彼を気にするものはもういないだろう。宮代は自分が話したいことを話し終えると、自分の持ち場に戻っていった。私も自分の仕事をしよう。
朝、私は囚人たちに朝食を持っていく。瀬崎のところにもだ。
「ねぇ、看守さん。」
この者たちは、私たちに話しかけてくることがある。瀬崎もそのようだ。
「なんだ。」
「看守さんってここ、長いの?」
適当な雑談に付き合っている暇などないのだ。それにこの者たちと過度な接触は禁じられている。まったく。
「答える義務はない。」
「えぇ~。じゃあさ、ここにいた人たちってどのくらいで死刑にされたの?」
この男は空気が読めないのだろうか。なぜ会話を続けようとしたのか全く理解ができない。ここで適当に答えてもまた何か聞いてくるのだろう。
「人によって違う。執行まで長いものもいればその逆もいる。収監された順番や罪の重さは関係ないと思うぞ。」
「なるほどね~。そっか、ありがとう。」
瀬崎は会話に満足したのか部屋の奥に戻っていった。不思議な奴だ。死刑を宣告されているのに、まるで恐怖感を感じているようには見えない。それどころか、すこし笑っていたようにも見えた。気味の悪い奴だ。
次の日も朝食を運ぶ。
「看守さん~。」
またこいつか。瀬崎は今日も私に話しかけてきた。
「看守さんて、彼女いるの?」
「・・・」
「えっ、無視!?酷くない?せっかく話しかけてるのにさ~。」
「私はお前たちと過度な接触は禁じられているんだ。」
「ちょっと話そうとしただけじゃん。これが過度な接触とか、どんだけコミュ障なの。」
「少なくとも、お前に答える義務はない。」
「はいはい。どうせいないんでしょ彼女なんて。モテなそうだもんね。」
いちいち癇に障る奴だ。
「いいから早く食べろ。片づけるのが遅くなるだろう。」
これから毎日、この男に付き合わなくてはならないのか。ため息をつきながら私は瀬崎の部屋を後にした。
予想通り、瀬崎は毎日私に話しかけてきた。私のことについて、自分には関係ないことばかり聞いてくる。
最初は鬱陶しかったが、人間というのは慣れる生き物なのだろうか。一か月も経つと多少の受け答えはしてしまうようになっていた。良くないことなのは承知の上だったが、この重苦しい施設の中で明るく振舞っている瀬崎に対し、何らかの感情が沸いてしまっていた。そして、一年が経つ頃には私から話しかけることもあった。
「お前は、二審判決が出た後もまた裁判を望んだそうだが、何が気に食わなかったんだ。」
「そりゃあ、死刑って言われたら誰だって気に食わないでしょ。変なこと聞くね。」
「まぁ、それもそうか。」
「ていうか、僕と話していいの?前はそんなんじゃなかったよね看守さん。」
「一年もお前の世話をしているのだ。多少はな。」
「へぇ~、なにそれ。ていうか一年も付き合いあるのに僕のこといつもお前って呼ぶよね。そんなんだから彼女できないんだよ。」
「お前には関係ないことだろう。」
「せめてお前はやめてよ。そう呼ばれるの好きじゃないんだよね~。それに僕の名前くらい分るでしょう?」
瀬崎は自分のしたこと、世間が大いに騒がせたことを自覚したうえで言っているのだ。忘れていた。この者は明るく楽しそうに話してはいるが、れっきとした大罪人なのだ。気を引き締めなくては。
「今日はこれで終わりだ。早く飯食うんだぞ。」
瀬崎と多少のやり取りを終え、持ち場に戻っていると、正面から施設長が歩いてきた。
「浜岡君、今から私の部屋に来なさい。」
瀬崎と会話していたことを注意されるのだろうか。最近、確かに話過ぎていたかもな。そんな私の心配は杞憂に終わった。施設長は自分の席に着くと、瀬崎に関する書類をデスクに広げた。
「浜岡君、君がここに来てからもう10年近く経つかね。」
「はい、来月で9年目になります。」
「そうか。あっという間だな、時間の流れというのは。そうか、そんなになるか。」
「施設長、要件とはいったい。」
「あぁ、浜岡君は非常にまじめな性格だ。それはこれまでの勤務態度を見ていればよくわかる。だからこそ、君に頼みたいのだが、」
「瀬崎の執行官ですか。」
「そうだ、だが君だけに執行させるわけではない。わかっているとは思うが執行官は三人いて三人同時にボタンを押す。それでもその重責に耐えられない者も多い。私は君なら大丈夫だと思って今回お願いしたいのだが。」
「分かりました。仕事ですから。」
「あぁ、頼むよ。」
私もとうとうこの時が来たようだ。手に汗が滲む。だがこれで瀬崎が罪を償えるのだ。私は施設長室を出て、今日の仕事を終えた。
当日、私は瀬崎の横を歩いていた。
「なぁ、瀬崎。何故お前は人を殺した。」
私は、俯きながら歩く瀬崎に問いかけた。
「さぁ。今となっては自分でも分からないですよ。後悔しかない。でもいいんです。」
瀬崎は最後の義務を果たしにひたすら廊下を歩いている。距離でいえば残り数十メートル。この者にとっては果てしなく長い道のりに感じているのだろう。私と瀬崎との最後の会話だった。
瀬崎は台に登り、首に縄をかけられた。
「嫌だ、死にたくない・・・。どうして!!!なんでこんなことに!!!やめろ!!!!!!嫌だああああ!!!」
「執行。」
私はボタンを押した。
「死亡・・・確認。」
その後、私は生涯この施設で働いた。何人もの罪人をこの手で、ボタンを押すことにより裁いてきたのだ。被害者、遺族の為に。
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