結2 - 愛してる

退院の日が来た。

会計を済ませ、駐車場から車を乗降場に回すと見送りの看護師さん達と綾乃、そして綾乃の腕に抱かれた娘がいた。


我が家に着くとまず子供を寝室に置いたベビーベッドに寝かせ、僕達は手洗い、うがいを済ませたあと、洗面所で口付けを交わす。

「おかえり」

「ただいま」

「本当にお疲れ様。 あとありがとう」

「何回目? 入院してる間も毎日きいたわよ(笑)」

「いや、それだけ感謝の気持ちと愛情がいっぱいなんだって」

彼女の表情が固くなる。

「本当に?」

僕も真顔で答える。

「うん、何があっても愛してる」

おそらく子供を寝室に置きに行った時、彼女は本棚の位置が変わっている事に気付いたハズだ。

だから「本当に?」と聞く時に表情が固くなったのだろう。

だから僕も真顔で答えたんだ。


僕が綾乃に教わりながら子供を風呂(タライ)にいれ、綾乃が子供に授乳し一休みするともう夕方だ。 僕は夕飯の用意をしようとしたが、二人とも疲れているだろうからとケータリングを注文することになり、ピザを頼んだ。


八時過ぎに授乳し、終わるとリビングに帰ってきた綾乃と一緒にソファーにすわる。

彼女は覚悟を決めた表情になり、隣に座る僕を見る。

「まずはゴメンなさい。 寝室の模様替えをしてる時に本棚の上にあった箱が落ちたんだ。 そして悪いと思ったんだけど、中にあった綾乃の日記を読んでしまった」

綾乃は固い表情のまま聞いている。

「それを踏まえて、綾乃がどんな気持ちで、何を考えて過ごしてきたのかを教えて欲しい」


綾乃は悲しそうな顔で下を向きながら話し出した。

「拓海さんを初めて見たのは私が大学に入った時だった。 私はその頃大学で色んな人から言い寄られていたの。 でもみんな下心ミエミエで話す時だって私の目をちょっと見た後は顔と身体、特に胸をガン見してたわ。 そんなこんなで男の人が嫌いになりかけてたの」


綾乃の話は続く。

「日曜日の夕方に公園の前を通ったら子供を連れたお婆さんが腰を痛めてたの」

「覚えてる。 僕がそのお婆ちゃんを背負って帰ったんだよね」

「そう。 それからも偶然だけどあなたがお年寄りの荷物を持ってあげたり、迷子に一生懸命話しかけて一緒に探してあげてるのを見かけたの。 それでこの人はきっと優しくて、私の事もちゃんと見てくれる、って思うようになったわ。 それであなたの身辺調査をしてもらったの」

おいおい、マジか? 日記には書いてなかったぞ!

「それで村井優美さんの事を知ったのよ。 そこから彼女の周辺を探ってたら奈良橋がいたワケ。 そしてあなたの事を最後に確かめる為に駅の路地裏で襲われたふりをしたの。 あの不良達は役者の卵よ」

なんかタイミングが良すぎるとは思ったんだよ。


「そしてあなたは私を助けてくれた。 その後もちゃんと私の目を見ながら元気づけて駅まで送ってくれたわ。 あれで本当にあなたを好きになったの」

「で、奈良橋に優美を誘惑するように頼んだわけだ」

「そう。 奈良橋は五十万で請け負ったわ」

「その後傷心の僕を慰めてくれて今に至ると」

「そして奈良橋から強請られたの。 お金はともかく身体はあなたにしか触られたくなかったから、私は応じるふりをしてヤツを殺したの」

綾乃は泣いていた。

「ね、酷い女でしょ。 あなた達の仲を引き裂いて、あなたを騙して、偶然を装ってあなた近づいて。 おまけに人まで殺して。 最低よね」

そこまで言うと綾乃は暫く黙り込み、そして少し明るい顔で僕に向き合った。


「あースッキリした。 もう思い残す事はない......わけじゃないけど。 もっとあなたと一緒にいたかった。 子供にお母さんらしい事してたげたかった。 もっとあなたの子供を産みたかった。 でもね、もういいの。 あなたから沢山愛して貰って、幸せにしてもらったから。 だからお願いします、あなたが警察を呼んで下さい」

綾乃はまた泣いていた。 泣き笑いの綾乃は今まで見た事ない、でもいつものように綺麗な顔だった。




「どうして?」

「えっ?」

「どうして僕が綾乃を警察に渡さなきゃいけないの?」

「だって私は」

「夫は愛する妻を守るものだよ。 事件なんて死体が発見されなきゃ起きてないんだ。 罪悪感があるなら僕が半分背負う。 それで僕も共犯だ。 僕達は僕達と子供を守るために罪を犯した。 でも僕はそれで構わない。 ずっと一緒にいたいから」

「あなた......」

「まぁ僕と優美を別れさせたのには思う事もない訳じゃないけど、綾乃はそれ以外はずっと僕に誠実だった。 ずっと僕を愛してくれた。 それに僕はあの日から、今も、そしてこれからもずっと綾乃だけを愛してるから」

綾乃は僕に抱きつくと声を出して泣いた。


日記を見た夜、僕には綾乃を恐れる事も、忌避する事も出来なかった。

何度も考えた。 人としてどうすべきか、生まれてきてくれた娘の為にどうすべきか。

でも結局僕は「どうすべきか」ではなく、「どうしたいか」を選択した。


砂上の楼閣で構わない。 

これからは奈良橋の遺体が発見される事に怯えながら生きていくのかもしれない。

でも綾乃がいて、娘がいて、そして僕がいる、この今が僕には一番大事だから。


綾乃が落ち着いた頃合いを見計らって、彼女の顔を僕から離し、口付けを交わした。

「綾乃、君を愛してる」

「拓海さん、あなただけをずっと愛してます」

「子供も愛してあげてね」

「当たり前じゃない! 男として愛するのはあなただけです、って分かってて言わないで!」

そして僕達はまた口付けを交わす。



少し歪な愛の詩

            〜 Fin〜

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