第95話  『建国祭 見て!見て!見て!』

 建国祭当日。

 王都は派手な装飾に彩られ、祭りの準備が整えられている。左大将軍の不在という事実はあれど、それ故に気合の入った兵士や冒険者たちの姿は、人々に不安を抱かせなかった。

 実際にこの日まで大きな問題は起きず、早朝の澄みきった空気の中に祭り特有のわくわくする熱気が潜んでいた。


「さぁ、テーベ村騎士団も気合い入れていくぞ!」

「「応!」」


 胸に王の私兵であることを示すブローチを煌めかせ、ナミラたちはダンの声に応えた。

 視線は鋭く、武器はいつでも使えるように身構えている。


「『水鉄砲ウォーター・ガン』」

「ぶふぁあ!」


 そんな五人を初級の水魔法が襲い、全員頭から水を被った。


「いきなりなにすんですかぁ!」

「鼻ツーンとなったわ!」


 口々に文句を言う視線の先には、呆れた顔のルーベリアがいた。

 この日は学院も一般公開されており、生徒による様々な出し物が用意されていた。ナミラたちも、ギリギリまで準備を手伝っていたのだ。


「貴方たちこそなにやってるんですか? そんなガチガチでこんな魔法も避けられず、人が守れると思いますか?」


 反論できない正論を言われ、五人は無言で水を滴らせた。

 

「ルーおばさま、なんだか機嫌いい?」


 モモが貼り付いた前髪の向こうからルーベリアを見つめて言った。


「えぇ、昨日はなんだかよく眠れたみたいで。くらいなんですが、とても体が軽くてね。あと、学院では先生と呼びなさいね?」


 ルーベリアの顔色は良く、動きも今までにないほど軽やかだった。


「お、いたいた」


 アレクと四勇士たちが近づき、ナミラたちに声をかけた。

 

「なんで濡れてるんだ?」

「愛の鞭を受けて」


 笑い合いながら、ナミラたちの視線は四人の背中に担がれた箱に向けられた。

 物々しい雰囲気の鎖に縛られ、並の者では近づくこともできないオーラを放っている。


「それが四天聖具か」

「あぁ、この国の宝だ。東西南北を司り、聖なる力を秘めている。あ、残念ながら触れないぞ?」


 アレクはナミラから隠すように後ずさり、いたずらな笑みを浮かべた。


「今これらの担い手は俺たちになっている。それ以外の者が触れれば、たちまち呪いを受けることになるからな」

「代々四勇士は、担い手になるための存在なんですのよ?」

「数々の試練を乗り越えた、選ばれし者というわけさ!」

「これさえあれば、ダンたちにも負けねぇ」


 四勇士はいつも通り笑い、ナミラたちの緊張をほぐしてくれた。


「じゃあ、そろそろ俺たちは行く。お前たちのスピーチやが見られないのは残念だが、お互い何事も起こらないことを祈る」

「あぁ……」


 四勇士とテーベ村騎士団の面々は、軽くハグを交わした。


「なにかあっても躊躇するな。お前ができる最大の警戒をしろ。友人として、そして剣王としての忠告だ」


 ナミラの耳打ちにアレクは顔を強張らせた。

 しかし、すぐに浮かんだ動揺と疑問を飲み込んだ。言葉と行動に込めた友の真意を読み取り、無言を了解の返事とした。


「では、四勇士たち。無事任務を全うすることを信じています」

「はい、ルーベリア先生!」

 

 アレクたちは警護の兵たちと共に、戦車に乗って王城へと向かった。


「んじゃ、改めて俺様たちも行くか」


 濡れた髪をかき上げて、ダンがいつもの豪快な笑顔で言った。


「貴方たちも、くれぐれも怪我のないように。そしてアインズホープの生徒として、恥じぬ行いをしなさい」


 ルーベリアは厳しい目を向け、強い口調で言い放った。


「はい!」

「……そうね。例えば、出店に寄るとか」

「へ?」


 一変して柔和な顔になったルーベリアに、ナミラたちは言葉を詰まらせた。


「たしかに、貴方たちの任務は街の警備。しかし、学院の生徒であるならば祭りを楽しむことも大切です」


 ポケットからハンカチを取り出し、ルーベリアはモモの髪をそっと拭いた。


「学生が怖い顔をしていたら、それだけで不安になる人もいるでしょう。だから、貴方たちは楽しみながら人々を守りなさい。ナミラさんたちは、王都の建国祭は初めてなのでしょう? モモちゃん、お友達をしっかり案内してあげなさい?」

「は、はい! ありがとう、ルーおばさま!」

「こら。学院では先生ですよ?」


 いつもとは違う柔らかな態度に、ナミラたちは驚きつつも優しい気遣いを嬉しく思った。


「私は祭りの二日間ここにいますので。なにかあれば」

「はい。では、いってきます」


 ルーベリアに見送られ、ナミラたちは馬車に乗り込み王都へ向かった。


 朝日は輝きを増し、王による開催の宣言と共に祝いの花火が打ち上がる。

 それを合図に王国中が人々の喧騒と音楽に満ち溢れていった。


「よし、とりあえず中央広場に行こう。出店も多いし、一番人が集まるのはそこだろう」


 ナミラを先頭にダンが殿を務め、いつもの三倍は往来の多い大通りを進んだ。


「肉食いてぇ」

「僕は喉乾いたよ」

「私は甘いものー」

「わ、わたしはかわいい物が見たいかな」


 目的の広場に到着するとダンやアニたちはすっかり祭りの空気に飲まれ、好奇心に目を輝かせていた。


「おいおい……まぁ、ルーベリア先生も言ってたし、少しならいいけど目的忘れるなよ?」

「「「もちろん!」」」


 平和で楽しい時間が過ぎていく。

 酔っぱらいや、どさくさ紛れに男と女漁りをしていたマーラと吸血鬼ヴラドを叱りつけた程度で、夕方まで大きな混乱はなかった。


「……楽しそうですね」


 王城でもそれは同じく、テラスに出たサタナシアは城下を見下ろして呟いた。


「みなさんも、私なんかのためにごめんなさい。本当は今頃楽しんでいたはずなのに」


 背後には四勇士が控え、周囲を警戒している。


「いえ。むしろ、お会いできて光栄です。サタナシア様」

「まさか、アレクの婚約者が北の氷雪花とはなぁ。羨ましいぞ、このっ!」


 四勇士たちは、今回の任務で初めてサタナシアの存在とアレクとの関係を知った。

 実際に目にするまで半信半疑だったが、全員その美しさに見惚れると同時に、アレクを一生イジるネタができたと喜んだ。


「いてててて! ば、馬鹿! 任務中だぞテネシー!」

「本当に仲がよろしいのですね」


 テネシーにヘッドロックをキメられるアレクを見ながら、サタナシアは笑った。


「さぁ、サタナシア様。お茶が入りましたよ。テラスに視界を遮る魔法をかけましたので、風を感じながら楽しめます」

「ありがとう、バーバラさん。あ……ねぇ、あそこがアインズホープ?」


 夕焼けに照らされる学院を指差し、サタナシアは目を輝かせた。


「はい。今頃、ルーベリア副学長が生徒たちと催しを行っているかと思います」

「……素敵ですね。アレクが卒業する前に、一度行ってみたいわ」


 返答に困るアレクを、四人はからかうように笑った。

 サタナシアは学院を見つめ、その横顔にアレクは思わず目を奪われた。


「あら?」


 その美しい横顔に、驚きが宿る。


「あれはなにかしら?」


 四勇士が目をやると、学院から一筋の光が天に向かって伸び上がっていた。


「なんだ? あんなもの聞いていないぞ?」

 

 光は上空で止まると、王都に向かって飛び始めた。

 遠見の魔法で光の正体を見たアレクたちは、戸惑いを隠せなかった。

 

 飛来するのは裸の女。

 あまりに美しく力を滾らせる女。

 人と呼んでいいのかすら分からない、神々しい見た目の女。

 

 女は高らかに、美しく、初めて羽ばたいた雛鳥の如く、狂喜の笑みを浮かべた。


「あはははははは! 見て! 見て! 見て! 私を! みんな! 見て!」


 狂った笑いすらも耳を捕らえて離さない。

 不思議で不気味な魅力が、女のすべてに込められていた。


「私は生まれ変わった! これが本当の私!」


 突然現れた女を、王都の誰もが見上げた。

 それはナミラたちも例外ではなく、目を見開いたナミラは歯を食いしばって剣を抜いた。


「私はルーベリア! ルーベリア・ユダ・マリア! なによりも美しい至高の存在!」


 叫びが王都に響き渡る。


 胸元で光る金のペンダントが、ナミラには悲しげに見えた。

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