第94話 『建国祭 近づく真実、忍び寄る闇』
建国祭の打ち合わせは細部に渡り、ナミラは前日まで王城に通い詰めることになった。
王国全土が祭りの様相に変わり、人々は浮足立っていた。
「いよいよかぁ。テーベ村じゃ、こども楽団が色々やるんだろうなぁ〜。はい、ナミラお茶」
アニが遠い故郷に思いを馳せながら、ナミラにカップを手渡した。
「ありがとう、アニ。みんな、改めて魔族たちの指導お疲れ様」
「あいつらめちゃくちゃセンスあるぜ。昨日の時点で教えることはなかった」
「ヒューマノイド・スライムとか、動き面白いしねぇ」
「きゅ、吸血鬼のヴラドさんがわたしとアニちゃんの血を吸おうとするのは、ちょ、ちょっと困ったけど……」
「あの人もなぁー、昔は四天王筆頭を務めてたんだが、すっかりエロジジイに落ちぶれたな」
仲間との団欒は楽しく、和気あいあいとした雰囲気に包まれていた。
「なぁ〜に我が物顔でくつろいでんだ! やっと顔出したと思ったら、こんなクソ忙しいときに来やがって! ナミラ! お前死にかけたってな? 心配したんだぞ馬鹿野郎!」
テーブルを叩いて怒鳴るのは、この店の主人である商人のゲルト。
昔からテーベ村を行商として行き来し、なんだかんだ魔喰戦にも巻き込まれた馴染みの男。今はトレードマークとなった
「まぁまぁ、そうカリカリすんなって」
「うるせぇダン! 祭り前日だぞ? 最終チェックがあんだよ!」
「それにしてもいい店ですねぇ」
ダンには噛みつきそうな表情を向けたが、デルのお世辞には分かりやすいドヤ顔を浮かべた。
「まぁな。斬竜団にひとしきりぶん盗られたが、ナミラに見つけてもらったダイヤだけは隠してたのよ。それで思い切って店だけでも構えようと思ったら、魔喰の件で取引先が増える増える! 今や西の商業ギルドにも顔が利く大商人様だぜ!」
荒い鼻息を鳴らすゲルトに、子どもたちは歓声と拍手を送った。
「調子良さそうじゃん! はい、バーバラお姉さまからもらったお茶、分けてあげる」
「おい、それって社交界で知らぬ者はいない令嬢だよな? ぜひご贔屓にって言っておいてくれ。あ、モモちゃん。これ、ガルフ様に注文受けてた
「わぁ! あ、ありがとう、ございます!」
悪態をつきながらも、ゲルトはナミラたちを受け入れ歓迎してくれた。
特に、幼い頃から知っているダンやアニたちには子の成長を見る喜びを感じていた。
「……で、なんの用だナミラ。ただ顔見みに来たってわけじゃないんだろ?」
「さすが話が早い。ヒタイト・コレクションについて聞きたいんだけど」
不意を突いて出てきた物騒な名前に、ゲルトは飲みかけたお茶を吹き出した。
「またろくでもないもんに関わってるな! そんなもん取引してねぇよ!」
「取引してなくても知ってるはずだよ。出会った頃に酔って言ってたじゃん。親父さん、武器商人だったんでしょ?」
「……知らないね」
「タキメノ家から資金援助」
「さ、仕事仕事」
「アレキサンダー王子の紹介」
「おまっ、絶対だぞ? 約束だからな!」
条件を飲み、ゲルトはドカッと椅子に座った。
ナミラはニヤリと笑い、アレクにもらった紙を差し出した。
「その剣に見覚えない? ヒタイト・コレクションの銘具。名は
ゲルトは描かれた絵を一瞥すると、険しい顔で記憶を辿る。
「……覚えてるよ。親父が売った唯一の銘具だ」
「いつ、誰に売ったか分かる?」
「二十年くらい前に子連れの女だったな。たしか……闇猫と名乗っていた」
ナミラは無表情だったが、他の者は動揺を隠せなかった。
「ナミラ、それって」
「いや、年齢的にウルミさんじゃない。たぶん、買ったのはお母さんだろう。でも、ウルミさんのお母さんは殺され、その仇はウルミさんが討ったはず……どこで手に入れたんだ?」
ナミラは腕を組み、思考を巡らせた。
「なにに首突っ込んでるか知らねぇが、無茶はすんなよ? ファラさん心配するぞ? そうだ思い出した。アニ、ダン、デル! お前らお袋さんたちに手紙書くの忘れてるだろう!」
ゲルトの指摘に、アニやダンたちは「あっ」「やべっ」と顔を引きつらせた。
「ったく。ブルボノ様に荷物届けたついでに寄ったら、相当心配してたぞ?」
「は、はい……」
「まだ凱旋パレードの話をしてたくらいだからな? あんときは映像魔法でリアルタイムで見れたが、普段の生活はそうはいかないんだからよ」
他愛のない会話。
まるでテーベ村にいた頃のような穏やかな時間。
しかし次の瞬間ナミラは鳥肌が立ち、冷や汗をかき、顔を強張らせた。
「ど、どうしたの? ナミラくん大丈夫?」
モモの声に反応する余裕もない。
これまでの日々が、今までの謎が頭を駆け巡る。
離れていた点と点が繋がる。無関係だったはずの歯車が噛み合い、動き出し、潜んでいた真実を見せる。それはあまりにも巨大で深く、恐ろしいものだった。
「……確証がほしい」
心配する仲間たちの視線をよそに、冷や汗の止まらないナミラが呟く。
「ゲルトさん、今から言うものを大至急用意してほしいんだけど……」
ゲルトはその真意が分からないながらも、ただ事ではない表情のナミラを真っ直ぐ見つめた。
「分かった。明後日……いや、明日の夜には」
「ね、ねぇナミラ。なにか分かったの?」
幼馴染みの三人でも、こんなに余裕のないナミラは初めて見る。
「うん。でも、まだ断言はできない。できないけど……これが本当だとしたら」
拳を握るナミラは、揺るぎない証拠が欲しかった。
本当は否定したい。しかし向き合わねばならない邪悪に気づいてしまった。
「ゲルトさん。明日からの建国祭は、万が一の事態に備えておいたほうがいい。みんなも警戒していてくれ。もちろん、なにも起きないかもしれない。でも……最悪のことが起きる可能性があるんだ」
神妙な面持ちで、ナミラはみんなに語った。
「でもよ、当日は兵士や学院の先輩たちとか、冒険者も大勢いるんだろ? どのくらい警戒しろって言うんだよ?」
ダンの疑問に、ナミラは重い声で答える。
「……いつ魔喰が来てもいいくらいに」
全員が言葉を失い、最悪の事態を想像した。
しかし、ナミラたちは知らない。
見えないところで蠢く闇と、その犠牲者の存在を。
ナミラたちがゲルトの店に集まった、同じ日の夜。
王立学院アインズホープの一室に、甘い香りが満ちていた。
その部屋は副学長ルーベリアの私室であり、睡眠を促す香を焚きながらぶどう酒を傾けている最中だった。
「……やっぱり、ちょっと物足りないわね」
ルーベリアは嗜みとして酒を好み、セリア王国で手に入るものはほとんど口にした。
このぶどう酒はそんな彼女に認められた一品なのだが、未だに心から満足のいく酒に出会えていなかった。
「あら」
ふと視線をやると、化粧台の鏡に映った自分と目が合った。
「……疲れがとれないわけだわ」
いつの間にか重ねた時間が、全身に表れている。
これまでの人生も今の自分も、ルーベリアは誇らしく思っていた。山より谷が多かったと苦笑はしても、自身の選択を否定することはない。積み重ねたもの、得てきたものは皆尊い。
しかし、それでも。
「……サタナシア様、きれいだったな」
頬に触れ、ぽつりと呟く憧れと僅かに抱いた欲の塊。
若かりし頃も、美しさを褒められていたわけではない。魔道と学問に没頭し、数少ない恋も実らなかった。
そんな自分とは正反対の女。
男に困らず生まれ持った美貌で、何不自由なく生きている。
自分は努力して、やっと今の地位と能力を手に入れたというのに。
私も美しいと言われたい。
私も異性に求められたい。
誰もが認め、逆らえないほどの美しさがあれば……。
「……バカね、この歳でそんな欲深い妄想を」
呆れ果てた侮蔑を、目の前の自分に向けた。
「欲深くていいじゃない」
しかし、鏡の中のルーベリアは妖しく笑った。
「なっ!?」
突然の異常に狼狽えたのは一瞬。
しかし体の自由は奪われ、杖に手が伸ばせない。
「誰です? この私にこんなこと」
「あら? 私はルーベリアよ?」
鏡の中で、もう一人の自分が笑う。
「ふざけたことを」
「ふざけてなんかいないわ。私は貴女。貴女の隠された本当の姿。欲深くて罪深くていじらしくてイヤらしい、美しい貴女よ」
鏡のルーベリアが自らの乳房を触り、秘部を弄る。
その快感は現実の体にも伝わり、ルーベリアは屈辱を感じつつ漏れる吐息を必死で耐えた。
「なにも我慢しなくていいのよ? 素直になったほうが楽になるわ」
「舐め……ないで」
口は動く。
魔法使いにはそれだけで十分。
ルーベリアは部屋を破壊する威力の魔法を放ち、この危機を脱そうとしていた。
「ガルフが欲しい」
しかし、舌を舐めずる自分の言葉に動揺を隠せなかった。
「幼馴染みで魔法使いとしても憧れの存在。フラれたときはショックだったわね。それでも隣に立つのは自分だと思っていたのに、あんな地味な娘を養女になんて」
「や、やめて」
ルーベリアは震え、涙を浮かべる。
「貴女も娘のように思っていた? 嘘。本当は羨ましかったくせに。ガルフと笑うモモちゃんが。ガルフと同じベッドで眠るあの小娘が! 自分ならそのまま抱かれるのにと想像したくせに!」
「ち、違う! 私はそんなこと」
「アレキサンダーが欲しい。あの若く才能に溢れた青年が。グレイヴという理想の姿を押し付けて、せっかく自分に依存させようとしたのに。邪魔な餓鬼共のせいで!」
「やめてえぇぇぇー!」
不気味に笑い、口が裂けていく鏡のルーベリアと苦しみ悶える現実のルーベリア。
笑い声と悲鳴が重なり、窓がガタガタと鳴った。
「違う……私はガルフを支えられればそれで。モモちゃんはかわいくて……王子は、たまたま思想が合っただけよ。あの子たちも、もう私の大切な生徒だから」
「いいのよルーベリア」
鏡の声が一転、優しく心を撫でる。
「我慢はいらない。欲望に身を任せてみなさい。ほら、見て。これが本当の貴女よ?」
鏡に映るもう一人の自分が、みるみるうちに姿を変えていく。
ルーベリア自身ではない、彼女が心の底で思い描いた理想の女性像。若々しく魅力と色気に溢れ、可能性と力に満ちている美しい姿。
「これが……私?」
体の自由が戻る。
しかし、ルーベリアは抵抗も逃げることもせず、おもむろに鏡に触れた。
「なんて……素晴らしい……」
恍惚の表情で、ルーベリアは鏡に唇を重ねた。
「そう、いい子よ。かわいいユダ・マリア」
眩い光が放たれ、瞬く間に部屋を包んでいく。
その様子を見届けた一羽のふくろうが夜空に飛び立ち、満足げに鳴いた。
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