第71話 『王立学院アインズホープ 力を見せつけろ!2』

「ふんぬうぅぅぅぅ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!」


 デルが勝利を決めた頃、闘技場の右側では野太い声が重なり合っていた。

 声の主であるダンとテネシーが、鍔迫り合いの姿勢で白熱の力比べを繰り広げている。


「お前もなかなかやるが、そろそろ決着つけようかぁ!」


 テネシーはさらに力を込め、筋肉を膨らませた。


「俺はお前みたいな村の力自慢とは違う! セリア王国重量挙げ選手権最高記録! 重装走行大会最長記録! アインズホープ腕相撲大会二年連続優勝などなど! 輝かしい実績があるんだよ!」


 テネシーは身長で劣るダンを、そのまま押し潰そうとした。


「……そうかい」


 だが、動かない。

 ダンは根を張る大樹のように、ビクともしない。


「たしかに、そんな大層なもん持ってないな。俺も……


 代わりに、テネシーの腕が押し返され始める。


「こんなもんじゃなかったぜぇ? あいつのパワーは……あの腹ペコクソヤロウの強さはよぉ!」


 ダンの脳裏には、かつて敗れた斬竜団頭領ヴェインの姿が浮かんでいた。

 腕から伝わるテネシーの力は、記憶の中で笑うクォーター・オークには届いていない。


「な、なんだとぉ! お、俺が、力負けなど」

「おおおおおおおおおお!」


 鍔迫り合いの体勢から、ダンは無理やり斧を振り抜いた。

 テネシーはバランスを崩し、腕の痺れを感じた。


「な、舐めんなぁ!」


 それでも持ち前の握力で剣を握り直し、テネシーは追撃を迎え撃った。


「おらぁ!」


 交わる大剣と巨斧。

 その瞬間、一方の刃が砕け木片が飛び散った。


「ごはあぁっ!」


 真っ二つに折れた大剣を残し、テネシーは壁まで吹き飛ばされ、めり込み、気を失った。


「テーベ村騎士団団長、ダン様の勝ちだぁー!」


 勝ち誇った笑顔を浮かべ、ダンは勝利の雄叫びを上げた。


「なんという醜態だ!」


 生徒中に絶望が広がる中、ナミラと剣を交えていたグレイヴが言葉を吐き捨てた。

 グレイヴは多くの期待と学院の誇りを一身に背負い、鬼気迫るオーラを放っていた。


「見せてやるぞ……上に立つ者の絶対なる力を!」


 距離を取り木剣を顔の前に構え、グレイヴは冷たい眼差しを向けた。


威光剣いこうけん


 次の瞬間、多くの生徒が頭を垂れた。

 体が反射的に動き、本能がそうするべきだと叫んだ。なんとか耐えたダンやガルフのような者も、正体不明の圧力に身動きが取れずにいた。


「その技は……なるほど」


 しかし、誰一人囁く者もいない静寂の中を、ナミラは笑みをたたえて歩き続ける。


「ば、馬鹿な! 平民がなぜ動ける!」


 抗えぬはずの技が、平民の少年に通じない。


 そんなこと、あってはならない。

 そんなこと、あり得るはずがない。


 グレイヴは冷や汗を掻き、狼狽えたた。


「なぁ、先輩」


 ナミラがグレイヴにしか聞こえない声で言った。


「なんで、そんなに平民を下に見るんだ? 少なくとも、今のセリア王はあまり身分を気にしていないのに」


 ナミラの問いを聞くと、正気を取り戻したのかグレイヴは真剣な表情に戻った。

 しっかりと両足で立ち、ゆっくりと近づくナミラと向き合った。


「現実に下の存在だからだ! 王族や貴族は幼い頃から高度な魔法や戦術を学び、社交界で揉まれ、大人となんら変わらぬ世界で育つ。まつりごとや権力争い、他国の脅威。取り巻く環境は刃の中だっ!」


 グレイヴはナミラを睨みつけ、さらに続けた。

 

「我らの判断、行動ひとつで国が滅ぶかもしれないのだ。そんな我らと、その日暮らしの平民が同列だと? 学院は国を生かし、守るための学び舎。かの剣王エクス王のように、国を守る英傑を育てる場なのだ! 平民は必要ない!」


 怒号が放たれ、ナミラは足を止めた。


「一理ある。だが……」


 ナミラの纏う雰囲気が変わる。

 瞳は老練な光を宿し、冷酷な視線を放っていた。


「なにも分かっとらん。愚か者が」


 魂の中の剣王が、厳しい言葉を投げた。

 一方で酒乱王は「俺は同意するぜぇ〜」と思っていたが、ナミラが口に出すのを抑えていた。


「愚かだと? それはお前だ!」


 グレイヴは怒りに顔を染め、一心不乱に剣を振るう。

 数撃躱したあと、ナミラは振り下ろされた一撃を受け止めた。


「国を生かすは民草だ。地を耕し実りをもたらし、城を築き益を生む。戦の兵士も多くは平民。大自然や他国相手に前線で戦うのは、いつも民よ」

「知った口を」


 グレイヴはさらに攻め続けたが、剣王の意識が出ているナミラから攻めることはなかった。


「着飾った貴族ひとりでなにが作れる? 頭に冠を載せた王だけがいて、なにができる?」


 ナミラの脳裏に、剣王エクスの記憶が蘇る。

 幼い頃に城を抜け出し、間近で見た農村の暮らし。か弱いと思っていた民草の、大自然に立ち向かう強さ。

 その姿に感動し、自ら経験したからこそ、王として彼らに脅威が及ばぬよう努めた。前線に立ち、作物が芽吹く土地に戦火が及ばぬよう剣を取った。


 故に、剣王。

 すべては国を、民を守るため。その燃える使命は、決して彼らを下に見ていては生まれなかっただろう。華々しい戦いの歴史に埋もれ、その真意が後世に伝わっていないのは悲しくもあった。


「今、引導を渡してやる」


 この日初めて、ナミラが反撃に転じる。

 数多の前世の能力があるが、あくまで剣王の力のみを使った。


「う、お、お、お、おぉ!」


 それでも、グレイヴを圧倒するには十分だった。

 生涯のほとんどを、国を守る戦に捧げた王の力は、将軍にも匹敵する。


「こんな……こんなことがぁ!」


 グレイヴは叫ぶと、がむしゃらに剣を振った。


「王家秘剣」


 ナミラが一歩踏み込むと、闘技場中の砂が舞い上がった。


威風堂々アネモ・ダルメノス!」


 誰も触れられぬ疾風となり、ナミラは豪速で駆け抜けた。


「なにぃ!」


 グレイヴは咄嗟に防御姿勢を取ったが、勢いを殺すことはできず、そのまま壁に叩きつけられてしまった。


「が、はっ!」


 全身を襲う衝撃に、意識が飛びかける。

 しかし、鋼の意志とプライドでグレイヴは持ちこたえた。


「ほぉ。やるじゃないか」

「当たり……前、だ。俺が、ここで倒れる、わけには」


 ガクガクと震える膝を律し、なんとか倒れずにいる。

 だが、消えぬ敵意で顔を上げ、ナミラを睨んだグレイヴは口を開いて固まった。


 目の前にいたのは、平民の少年ではなく。

 憧れの王、剣王だったのだ。


「あ、貴方は……な、なぜ」


 驚きを隠せずにいると、エクス王が穏やかに口を開いた。


「人の上に立つのであれば、押さえつけ見下すのではなく、上手く使え。適材適所で能力を認めてやれば、それは国を守る力となる」


 絵画でしか見たことのない姿。

 そして初めて聞く重厚な声に、グレイヴは震えていた。


「王は決して、すべてに最優というわけではない。王よりも強い者、賢い者、あらゆる才を持つ者たちが忠誠を誓う存在。そして、その力を遺憾なく発揮させることこそ、優れた王……上に立つ者に必要な力なのだ」


 エクス王は微笑むと、グレイヴの肩に手を置いた。


「期待しているぞ」

「は……はいっ!」


 精一杯の声を出し、グレイヴは応えた。

 すると緊張の糸が切れたのか、力尽きたのか。意識が途切れ、膝から崩れ落ちた。


「ごほっ、ゲホッ。ど、どうなったんだ?」


 砂煙が鎮まり、隠れていた闘技場が姿を現した。

 同時に、コロッセオを重いどよめきが包む。


 そこには倒れる四勇士と。

 全員で拳を突き上げるテーベ村騎士団の姿があった。


「そんなっ!」

「だから言ったじゃろう?」


 取り乱すルーベリアの隣で、ガルフが勝ち誇った笑みを浮かべた。


「う、嘘だろ?」

「四勇士が模擬戦とはいえ、田舎の平民に?」


 多くの生徒にとって、信じられない光景が広がっていた。

 中には、テーベ村騎士団のインチキや本物の武器を使えば違ったと言い出す者もいた。


「やれやれ、学院の生徒なら事実を受け入れねばのぉ。どれ、一喝してやるか。あの子たちも、そろそろ腹が減って」


 立ち上がりかけたガルフの耳に、女子生徒の悲鳴が飛び込んできた。

 さらに続いて、聞き覚えのある声が聞こえる。それは無機質で、淡々とした音声だった。


 属性タイプ:水

 出力:一〇〇%

 術式コード:最高位魔法

 オーダー受諾しました。

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