第70話 『王立学院アインズホープ 力を見せつけろ!』

 見た目は変わらぬ、平民の少年少女。

 しかし纏うオーラはまるで別人と化し、四勇士は戸惑いながらも警戒を強め、身構えた。


「ふっ、まるで獣のようだな」


 その中で唯一、グレイヴは嘲笑を浮かべた。


「ガオッ」


 挑発に乗り、四人はそれぞれの相手に襲いかかった。

 四勇士は咄嗟に反応することができたが、先程までとは桁違いの速さに驚きを隠せないでいた。


「な、なんだよ」

「見えたか? 今の」


 客席では、どよめきと混乱がうずまき始めていた。


「黙って見ていなさい!」


 不安を口にする生徒たちを、ルーベリアが一喝する。

 

「ほっほっほ、驚いたか?」


 その隣で、ガルフが愉快そうに笑った。


「……まぁ、多少は。しかし、この程度」

「まだまだ、これからじゃよ」


 ガルフは目を細め、闘技場を見つめた。

 ルーベリアはなにも言わず、険しい顔つきで穏やかな表情のガルフ並んだ。


「なんなんですの!」


 闘技場を舞いながら、バーバラは吐き捨てるように呟いた。

 日常生活では常に余裕を持ち、優雅に振る舞う大貴族の令嬢。男女問わず全生徒の憧れであり、美を愛する高嶺の花。そんな彼女が、これ以上ない不快感を露わにしていた。

 舞い上がる砂埃も、靴に入り込む小石も、手に広がり額に流れる一滴の汗さえも。

 普段は気にも留めない僅かなものが、不快に感じて仕方がなかった。


「こんなものがっ! こんなことがっ!」


 そしてなにより、剣を交える平民の少女。

 アニが披露する鳥爛舞闘ちょうらんぶとうが、バーバラの心をかき乱した。


「壱の舞、百雀跳閃ひゃくじゃくちょうせん


 髪の手入れも疎かで、肌も無防備に日焼けし、香水すら振ったことがないであろう田舎娘。

 自分とは、住む世界が違う下々の者。


「なのに、なのにどうして」


 バーバラの目に、流したことのない涙が溢れた。


「どうして彼女は、こんなに美しいの?」


 並び立てば、百人の紳士が自分を美しいと言う。

 生活を見せれば、百人の子女が自分を尊敬するはず。

 しかしひとたび踊り始めれば、彼女は高みへと飛び立ってしまう。

 

 踊り? いいえ、いいえ違う。

 これは剣技、ここは戦いの場であるはず!

 なのに……なのにこんなにも、心を惹きつけられるのはなぜ?

 その一挙一動から、目を離せなくなるのはなぜ?

 重く鋭いその一撃を、受けたいと思ってしまうのはなぜなのです?


「これで終わり!」


 頭上からの声に、ハッと我に返った。

 動きに見惚れ、剣撃に押されるうちに、アニはとどめの一撃を放とうとしていた。慌てて防御の構えを取るが、すでにバーバラの戦意は喪失していた。


「はあぁぁぁ……」


 迫りくるしなやかで鍛えられた肢体と、振り下ろされる二振りの木剣。

 自分に向けられた敵意さえも、甘美な魅力が感じられる。


「しゅきぃ」


 レイピアの木剣がへし折られると同時に、バーバラはその場にへたり込んだ。


「えっ! ちょ、ちょっと、大丈夫ですか?」


 観客からは武器を破壊されたことで、心も折られたかのように見えた。

 しかし当の本人は、咄嗟に支えたアニの胸の中で生まれて初めて抱く甘い感情に身を委ね、この上ない幸せを感じていた。


「うわぁ、やっぱり髪サラサラ……すごくいい匂いする……」


 そしてアニも、上流階級の身だしなみに感動し憧れを抱いていた。


「そらそらそらぁ!」


 一方、槍使いルノアを相手にするデルは、相変わらず攻撃を避け続けていた。


「はははは! どうだい、手も足も出ないだろう? でも、それは仕方ないんだ。このボクの計算では、きみはなにもできないのだから!」


 高らかに笑いながら、ルノアは絶え間なく突きを繰り出し続ける。


「きみの武器であるナイフとボクの槍、さらに体格の違いが埋められない間合いの差を生んでしまっているんだよ! 一か八か、そのナイフを投げてみるかい? でもたった一本だ、慎重に使うことをオススメするよ!」

「うーん、たしかに」


 デルはギリギリの回避を続けながら、口を開いた。


「いつもと違って他に道具もないし、罠もない。僕にはナミラみたいな才能も、ダンちゃんみたいなパワーも、アニみたいなセンスもない。なにもできない、ただのチビだ」


 壁際まで追い詰められたデルは、素早く左へ跳んだ。


「分かってるじゃないか!」


 しかし、計算された槍撃は逃してくれない。

 動きを予測していたルノアは、デルの体を吹っ飛ばすつもりで薙ぎ払った。


「でも」


 しかし手応えはなく、どこにも姿はない。


「できないと思わせて、予想外のことをやってのける。それが道化師なんですよねぇ」

 

 ルノアは声のする方を見た。

 仮面を被ったデルが、槍の上に逆立ちしこちらを見つめていた。


「うわあ!」


 ルノアは悲鳴に似た声を上げて、槍を振り回した。


「ホッホホウ!」


 いつもの声を発しながら、デルは優雅に着地した。


「な、なにをした?」


 いくら小柄とはいえ、木槍の上に人が乗れば重さで気づく。

 しかし、ルノアはまったく重量を感じず、気配すら見失っていた。細い棒の上に逆立ちできる体幹やバランス感覚も、予想外のポテンシャルだった。

 もちろん、鍛え上げ教えられたポルンの技術が為せる芸当だがルノアが道化師の業など知るはずもなく、初めて目にする不気味な恐怖を感じていた。


「なに。驚いてもらおうとしただけですよ」


 デルは笑うと木のナイフをくるくると回し、体中を這わせた。


「……そうか。ならボクもお礼をしよう」


 ルノアは息を整え、先程とは違う構えで槍を握った。


「出た! ルノア様の真骨頂!」


 同時に、会場に歓声が蘇る。


「ドリル・スピア!」

 

 素早く突き出した木槍が螺旋を描き、破壊力を増してデルに襲いかかった。


「うおっ!」


 間一髪で避けたデルだったが、シャツが回転に巻き込まれビリビリに破れてしまった。


「ふふふ、どうだ? 木製でもこの威力。きみにはどうしようもないだろう?」


 バーバラの敗北に消沈していた会場が、再び熱狂に包まれた。


「……ふーむ」

「言葉もないか。なら、そのまま沈め! ドリル・スピア!」


 ルノアはデルの胸に狙いを定め、必殺技を繰り出した。


「ほいっ!」


 なにか考えていた様子のデルだったが、バックステップで距離を取りながらたった一つの武器を投げた。


「馬鹿め! それは悪手だ!」


 ルノアは勝利を確信した。

 多少後ろに跳んだところで、ドリル・スピアからは逃げられない。さらに、デルが投げたナイフは激しく回転する槍に向かって投げられていた。同じ木製であっても、ぶつかればどちらが砕けるかは目に見えている。


「それではご覧あれ」


 しかし、デルは小さく呟き不敵に笑った。

 突き立てられる螺旋の槍。

 そこに飛び込む木のナイフ。


 だが、砕けない。

 

 投げられたナイフは槍の肌にそっと触れた。そして、回転を利用して勢いを増し、槍の上を蛇のように這い登り、ルノアの手へ刃を突き刺した。


「ぐあっ!」


 痛みで顔を歪め、ルノアは槍を落としてしまった。

 必殺の一撃はデルには届かず、代わりに攻撃を受けた左の親指が、みるみるうちに腫れ上がっていった。


「折れちゃいましたか?」


 槍を踏みつけ、デルが跪いたルノアを見下ろした。


「……やはり、きみは馬鹿だよ。言っただろ? きみの武器は慎重に使うべきだとね!」


 足元に落ちていたナイフを無事な右手で掴み、ルノアはデルの喉元へ刺突を放った。


「ホホウ」

「へ?」


 刺突を放った、はずだった。

 なのに、次の瞬間には手になにも握られておらず、ナイフはデルの指の間を楽しそうに回っていた。


「な、なんなんだ。こんな戦法、ボクは知らない!」

「なに、ただの手品ですよ」


 動揺するルノアに、デルがニッコリと笑いかけた。


「一見、戦いには無駄に見えるものでも、意外に役に立つものです。特に僕みたいな凡人以下は、なんでもやらないと貴方みたいな人とは戦えないですから」


 囁き終えると、デルはナイフでルノアの顎を打ち、気絶させた。


「ご観覧、ありがとうございました」


 観客席に仰々しいお辞儀をすると、デルは破れた自分のシャツを拾い始めた。

 そのときナイフと繋げ、槍に絡ませておいたシャツの糸を切り、勝利へのタネと仕掛けをバレないように回収した。

 

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