幽霊が、いる
山本清流
霊と交わる
Hさんには霊感がない。だから、交通事故で亡くなった彼氏の姿が見えない。きっと近くにいるのだろうとは思いながらも、彼氏の存在を確信できない日々を過ごしていた。
そんな中、Hさんの彼氏が亡くなってから、一か月が経とうとしたころだった。Hさんの夢の中に、その彼氏が出てきた。一言二言、なんでもない言葉を交わしたあと、彼氏はHさんの身体を抱きしめた。その安堵感に浸っていると、やがてふんわりと彼氏の温もりが消えて、気が付くと目が覚めている。そのようなことが立て続けに起こったという。
Hさんは、嬉しくなった。夢の中で会いに来てくれたのだろう。ずっと傍にいてくれているのだろう。そう考えると、塞ぎがちになっていた心の扉を開けてもらえたように感じた。夢の中に彼氏が出てくるたびに、感謝を伝え、何度も同じように抱きしめてもらった。
最初のうちは心が満たされるだけで終わっていたが、そのような夢が繰りかえされる中で、ふと疑問が浮かんだ。どうして夢の中にしか出てこないのだろう。実際に会うことができたら、そんなに嬉しいことはないのに。そこで、Hさんは、夢の中で彼氏と会ったときに「実際にも会いたい」と彼氏に伝えた。彼氏は、「じゃあ、明日の夜に会おうじゃないか」と笑った。
翌日の夜、Hさんはいつものように仕事を終えて自宅に帰宅した。いつもと同じようにベッドに横になり、ひたすらに目を開けたまま待った。午前一時ごろだった。仰向けに寝ころがっていたHさんの右頬に温かい感触があった。驚いて、右頬に触ると、そこに誰かの手があった。目では見えなかった。
「そこにいるの?」
Hさんが問うと、右頬に温もりはゆっくりと動いて、頬を優しく撫でてくれた。Hさんは胸がいっぱいになり、その見えない彼氏をベッドに誘い入れた。ふたりは濃密に抱き合い、激しく乱れた。見えなくてもよかった。彼氏とふたりで夜を過ごせただけで、これ以上ないほどに幸せだった。
行為を終えたあとにも、抑えきれなかった。Hさんは、見えない彼氏とキスを交わした。彼氏の口の中に舌を差し込んで、その中を探るように舌を回した。それは彼氏が生きているとき、Hさんが好んでやっていた、愛の表現だった。
しかし、そのときにHさんは気づいてしまったという。その見えない相手の歯形が、明らかに彼氏のものではないことに。
Hさんは途端に怖くなったが、見えない相手を追い出すのも憚られて、その相手が出ていくまでずっと抱き合っていた。その相手は、それ以来、部屋に訪れなくなったという。
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