面倒事と血は、黄金に変わる

「ねえ」


 しばらく歩くと、きれいに区画整理された住宅街が見え、その中にある細道の一つに入っていった。

「もしかして、あれが目的の家なの?」


 女児をさらった男は、意外にも、と言うべきか、中流よりやや上のような一軒家に住んでいる。

「……まあ、僕も使い魔で調べてみた時には、混乱したんだけど」

 どうやら犯人は、相次いで病死した親の遺産があって、贅沢しなければ三十代でニートに永久就職できる、神内定を手に入れたらしいのだ。


 マリノは、訳が分からないという風に首をふって、両肩をわずかに上げた。

「二階の窓が開いているみたいね。マスター夜上、侵入の下調べはすんでるの?」

 皮肉に言う彼女は、一応のところは蛍斗の立場を尊重してくれるらしい。


 どんなに弱い勢力だとしても、彼は数体の部下をかかえた、一地方の領主なのだ。

 青年は顔を引きしめると、閑静な住宅街のさらに奥の路上にまで人気ひとけがないことを確認し、誘拐犯の現状がのぞけるような、隣のかぶさった屋根に上ってみた。


出窓から見える中の様子をうかがえば、悪くないタイミングだったのだろうか。

だらしなくお菓子を広げた男と、見憶えのある少女がピコピコ携帯ゲームをしているようだった。


「……!」

 マリノが後を追うように跳びあがり、声を落としても聞こえるように、蛍斗のすぐ傍(そば)にぴたりとつく。そのとき初めて妖気ではなく、ふわりと上質な果実のような彼女の体臭が届いて、蛍斗はあせった。


「……呆れた……。手を出しもしないのに、何で人を狩るのかしら?」

「まあ、あのコが初潮の前かあとかって問題もあるけど――ぶおっ?」

 突然、右拳をくらわされた。


「本当にあの男が欲しいのは、どうも心の充足感だったみたいなんだよ」

 頬をさすりながら、また疑問を眉で示したマリノに答えていく。


犯人は、もともと大それた何かをするような人間じゃなかったんだ。でもこのところ、無職でおとなしく生きようとすればするほど、世間から孤立していって、取り返しのつかない地点に行ってしまう恐怖があった。いい歳をして働いていない罪悪感と、焦燥感から、ネットで正義ぶった発言をくり返していたけど、まさか無職で合コンとかにも行くわけにいかない。まあ、美しいひざ小僧をしたドロレス=ヘイズロリータが一緒にいてくれれば、いくらか男の役割は果たして、社会に微笑んでいられると思ったんだよ」


「もういいわ」 

 マリノは疲れたように、こめかみを押さえて立ち上がった。「独りよがりな結論は、罪の萌芽よ」


 くびれた彼女の腰が目の前にきて、蛍斗は固まって目のやり場を変えた。

「……面倒がいやなら、通報だけにしとこうか?」

「それだと、少女の心の傷を大きくするだけでしょ」


 ふーん。

 魔眼を使って、記憶操作でもしてやるのか、と彼はからかうように目を細めていた。

 正直、そんなもので少女のまわりの人間は、大人しくならないだろうが。


「じゃあ、行くわよ」

 マリノは足場にしていた屋根を蹴って、宙に身をおどらせる。

 あとになって、少女は「救われたんだ」と知ることはあるだろうか。


 ほんの僅かではあっても、吸血鬼が『善行』を積む時代。

 なかなか自虐的な光景だな、と青年は美しい背中を追っていた。 

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