最終話 陽光の中に

アイヴィ=ローランドはその後、膨大な魔力を使ってマリノ=サージェンカの器を満たした。


ルドの原血をあふれさせ、褐色美女を手にいれた主は、満足して相手が窒息するまでキスをくり返している。


ーー 一也はといえば・・・。その直系の恐れ多さに身もだえる、歳上にしか見えない義妹の誕生に脱力し、学校生活には関わってくるなと、きつくしつけを行った。


・・・彼の物語も、そうして、一段落を迎える ーー






「相野くん!」

学校に向かっている途中で、水上に見つかってしまった。


「おっはよー」

やはり彼女は、いつだって、誰にだって軽やかなコミュニケーションがとれる少女だ。

手をひらひらさせながら、歩みの遅い少年に近よってきた。


(・・・)

ーーうん。

どうやら、一也が心配していた、先日あった学校での不調さからは、もとに戻れたようである。


おはようと、ほっと息をつきながら、彼は返事をすることができた。

「うーん・・・。今日も暑くなるんだって。相野くんは、また机でソフトクリームみたいに溶けちゃうねえ」


二人の歩調はやや揃わなかったが、会話はそれなりに続いて、一也は気分をゆるめながら歩くことができた。

・・・しかし。

(何だ?)


一度は胸をなで下ろしたはずの少年だったが、水上の距離感にいやな微妙さを感じて、いつしか考え込むような姿勢になっていた。

その原因は一つしかなかったが。

ーーどうも、彼女には魅了チャームの効きが中途半端になっちゃうんだよなあ・・・

普通ならありがたいことなのだが、魔力源としてスペックが高すぎるので、意のままに操るのはむずかしいのだ。


しばらくの間は、近づかないようにしよう。

少年はそんなことを思っていた。まったく、いつからそんな日和見ひよりみな生活を望むようになったのかは分からないが、今の一也は、自宅の縁側に座っている老人のように、世間の事件だけで悲鳴をあげられるような平和主義者なのだ。

「・・・」

だが、いつの間にかスピードが落ちて、ハムスターのように後ろをちょこちょことついてきていた少女は、逆の決意をしたようである。


「・・・あのね、このあいだ私、変な夢を見ちゃって」

「ーー はっ!?」

思いきったように、尋ねられてしまった。

「相野くんが、そこに出てきたんだけど・・・」

一也はさっと彼女をふり返ったが、水上は頬を制服にうずめるように、視線をそらせていく。


「ええっと・・・。さ、さあ? 何で僕なんだろう」

そこはうまく否定するべきかもしれなかったが、彼はあえて他人としての態度で、押し通すことにした。


たぶん彼女は、無理に”夢”に押しやられてしまった自分に、どこか生々しさを残しているのだろう。

何も思うところがない、という一也に、あわてて手をふっていた。

「う、ううん。ただの夢だしね」

ぶんぶんと、音がしそうなくらいに腕を交差させている。

話をどうにかごまかせて、少年はまた前を向けた。


ああ・・・そろそろ校門が見えてくる頃だし、この子とはやっぱり離れていた方がいいな。

通学路で合流する生徒がふえてくると、水上にも友達から声がかけられるようになり、そっちの方へ意識もれはじめていた。


ーーさあ、僕は僕で、また長ったらしい授業で二度寝でもするかーー

最後の一線を越えてしまう言葉は、そこで投げかけられることになる。


「今日の昼休み・・・ううん、放課後でいいんだけど、時間あるかな」

そう彼女にたずねられてしまった。

「もちろん、時間は捨てるほどあるよ。何しろお爺ちゃんが痴呆予防で学校に来てるようなもんだし」

そんな言葉を返したかった一也だが、むろん水上にそれが通じるわけがない。

なんとか我慢しているけど、泣きそうな目をしているので、これは恐らく本気フラグなのだろう。

彼女の幸せのために、断らねばーー

「それじゃあ!」

にこっと口元を強く曲げて、水上は友達の中にダッシュで突っ込んでいってしまった。


からかわれながらも、すぐにいつもの自然な笑顔にもどっている。

(ああいう彼女の、元気さってやつは・・・)

少年はため息をつき、しばらくの間だけ、微笑ましそうにその後ろ姿をながめていた。


もともと、他のつぐなうべき女性に巡り会うまで、一也は少女の使い走りみたいなものだ。


(ま、もうすぐそれもいらなくなりそうだけど)

陽気に笑う声が、靴箱から廊下、奥の教室のほうへと、遠のいていく。


・・・彼女はやがて、誰もがうらやむような、人目を惹きつけてやまない女性に成長するだろう。

いつかそれが、過去をおぎなう程の、祝福された未来に続いてほしいと、一也は願っている。


ーー それまでは守り、望むように尽くすのが、自分の仕事だ。

(・・・うん)

校舎にかかる陽射しに目を細め、


「時間は永遠にあるしな」

と少年は歩き出していた。





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