地力の場所


(大したものね・・・)


イレイナ=フレードは、どこか静かな様相で、吸血鬼を貫く少年を眺めていた。

とび退がり、傷の再生を図るルドには、すでに焦りが生まれている。

「・・・相野の巨大な器は、ほとんど満たされていないはずなんだけど・・・」

ずいぶん昔から、直系にすら一目置かれていたのは、有名な話だったらしい。

だが、その魔力はもう、二度と取り戻せなくなったはずなのだ。


「ああっ!? 何なんだてめえは!」

敵は前後不覚になったように、わめきながら周囲に手をかざしている。


「その集約させた力は、空っぽな妖気をごまかすための、こけおどしみたいなもんだろう!」

港の光に照らされた、夜の影の中に、いくつもの獣が現れていった。


ルド自身の足元から生まれたものを含めて、それは二足獣であったり、昆虫じみたものであったりと、さまざまな種類だ。

かなり驚いたようなそぶりで、一也はその使い魔たちを見渡していく。

「純粋な魔力だけで作った使役魔ーー”魔操体” だったか?

・・・すごいじゃないか」

わざわざ余分なエネルギーを浪費してまで、命を一から作る意味がさっぱり分からないが。


「・・・てめえなんぞに褒められても、先なんかねえんだよ!」

ルドがそう言ってけしかけると、いっせいに魔獣の群れが、宙を縫うように交錯して飛びかかってくる。


ーー !

少年は、思わず横っ飛びに移動していた。


・・・ついて来たヤツだけを、迎え撃ってやるよ。

そう狙いをつけて、体の前で腕をかまえたのだが ーー

「ギッ!」

兎のような一匹に、死角から折れ上がるように背中へ回られてしまった。

(なんっ・・・)

ーードッ!!

顔の間近で爆発し、たたらを踏むようによろけさせられてしまう。

・・・こいつは・・・!


「ははっ!」

次々とすばやい獣を送り込み、ルドは相好をくずした。

「偉そうに構えてる奴らは、だいたい引っかかるんだよな!」

その追い撃ちは、一角獣や高麗犬というようなものまで、止まる様子がない。


魔力を乱切りのように削られていく少年は、歯ぎしりをして大きく跳び退がることになった。

幼稚な攻撃ながら、ちゃんと考えてるじゃないか、と敵をすべて直線に入れるほど距離をとり、初撃の爆発で焼かれた唇から唾を吐いている。


「お前らが飼ってるような、進歩もない使役魔と、俺のを一緒にするんじゃねえよ」

とどめには、ルドの自慢が待っているようだった。


「そうか・・・。魔操体はたしか、見た目とはぜんぜん違う力学で動けるんだったな」

もともとそんな面倒な操縦をする者がいないので、すっかり忘れていた。

「ぬくぬくと領地にいて、その土地のザコに守られてるお前らは、痴呆ちほうまっしぐらだがな!」

じわりと湧いてくるような余裕は、まだ影をいくらでも出せるという、過剰なほどに蓄えた力のせいだろう。


いつの間にか、地面に投げ出されていた女性はイレイナが保護しているようだったが、それだけではない。

ルドのような小さな器でも、その濃密さからおおきな魔力を蓄えられるーーかつて、一也の命を心で握り締めた少女は、やはり吸血鬼にとって、稀有な人間なのかもしれない。


(・・・ったく)

少年は、頬についていた汚れをこすって、地面に手を当てた。

いつか、水上の首筋に我慢ができなくなったら、お前のせいだからな ーー

そこから、一気に何かを引き抜くように、彼は伸びあがっていった。







「あれは ーー?」

それまでは、乱された女性の衣服を整え、離れた場所にいたイレイナだったが、少年のその大がかりな行動には、反応せざるを得なかった。


「・・・二つの頭部を持つ犬ーーまさか、ギリシャの双頭犬オルトロス なの!?」


あまりに禍々まがまがしく、広く視界をのたうつような瘴気に、声がかすれてしまう。

一也が自らの足元から取り出したのは、獰猛な意思を二つならべた、獅子ほどもある体躯の凶犬だった。

・・・しかも、一体どんな仕掛けを使っているのか、喚んだ本人をはるかに超える力を持っているではないか!


「やれ」

少年がそう言って指をかざすと、長くゆらめいていた双頭犬のたてがみ一本一本が、ヘビのようにうねって敵に襲いかかった。

「くっ!」

あわててルドは障壁を張るが、周囲に浮いていた魔操体はすべて、相手の口へと収まってゆく。

多くの魔力が、毛の一本と引き換えにされ、爆発していった。


(反則ね・・・あんなの。使い魔なんてレベルじゃない!)

あの少年の、どこか得体の知れない余裕の一つは、これだったのだ。

イレイナは、歯噛みするような思いで見つめていた。


「・・・こいつはな ーー」

当の一也は、聞かれてもいないのに語りだしている。


「可哀相なやつなんだよ。

延々とつづく神話の中で、”やっとこさ出番だ”と登場したとたん、半神ヘラクレス に撲殺されちまってな・・・。

一撃だぜ!? 兄貴はあの、獄門犬ケルベロスだっていうのに!」


何のスイッチが入っているのか、少年は熱く吠えるばかりだ。

「僕みたいに歳とってくると、こういう憐れな奴に、魔力をぶち込みまくるのが暇つぶしでな・・・」


そんな趣味はお前だけだ、とイレイナは言いたかったが、とりあえず今はルドに注意しなければ。

なにやら、さっきから気配がおかしいのだ。


「いいか? トリッキーな攻撃っていうのは、無傷でかわそうとする相手には効くけど・・・」

「ちょっと!黙って!!」

わけの分からない説教まで始めた一也に、イレイナはそう叫んでいる。

どうも、敵の力が霧散しているように感じるのだ。

「あっ」

少年が驚いたように声をあげると、それは確信に変わった。


ルドは、すでに逃走していたのか!

吸血鬼としては、もっとも厄介な霧への変身だろう。

こんなにあっさり逃げるとは、さすがにこすく生き延びてきただけはある。


「あなたは奴を追って!」

イレイナは、あわただしく六芒いんを切りながら言った。

「強度は落ちるけど、わたしは広域結界を張るから!」

止められるとは思えないが、方角だけでもわかれば、仲間の対応を早められる。

彼女は、慣れない地でもすこしの取りこぼしもないよう、最大まで意識を引きのばしていった。


待って、待って。

「?」

一也がそう言って、肩に手をかけてきたのは、すでに清浄な空気があたりに満ちてきた時だ。

ピリピリした痛みに耐えるように、彼は頬を引きつらせている。

「あそこら辺にほとんど固まってるよ」、と中空を指でさし、結界も必要ないとことわってきた。

そりゃああなたも、多少はこたえるでしょうけど・・・とイレイナが不満をもらしていると、くるっと背中が向けられる。


「ここじゃあ、霧散なんかしないと思うよ。

ーー なあ、ルド」

少年がめるように言うと、妖気が遠のいていくのが感じられた。

「そんなことをしたら、立て直す魔力も、ぜんぶ失うかもしれない。

・・・また一からちくちく生気を集めていくのも大変だしな。だけど、その『勿体ない』が、自身の窮地をあなどったお前の墓場だよな!」


言うや、一也は腕を引きしぼるように、内側に構えていった。

そのまま一閃するように薙ぐと、敵が遠ざかっていく空に、爆炎が下りる。

「なっ!」

大気の裂け目から、まるで滝のように血炎が噴き出していた。

気流にのって、まるでプロミネンスのように、円をえがいて原火に勢いを注ぎ続ける。


(これはもしかして・・・『焦熱』の片鱗か!)

イレイナは、死者にすら苦痛を与える熱波と、それ以上に信じられないほどの腐臭にあおられながら、顔をそむけていた。

「フッ、ククッ」

一也は、まるでくすぐられているのを耐えるように、鮮血の奔流に手をのばしたまま。

霧に変わった吸血鬼は、もっとも無防備な形で、最期を迎えることになった。




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