親友へ明かす事

 たなびく雲が赤く染まる中、学校から駅までの道を、美月と夏海はゆっくりと歩いていた。


「夏海、来てくれてありがとう」

「美月のピンチなんだから、当たり前でしょ?」

「昔から変わらないね」

「今日みたいな事、他にもあったっけ?」


 夏海がきょとんとし顔をこちらに向けてきたので、美月は笑った。


「小学生の時、私の傘が持っていかれそうになったら、助けてくれたじゃん」

「……あれか! だって美月はそんな嘘つく子じゃないって思ってたし。あの傘、美月のお気に入りだったじゃん。それなのに、あの子、美月の言ってる事が間違いだって言い始めて、はぁっ? って思ったら、飛び込んでた」


 持っていこうとした子は自分のだと言い張り、名前やキャラクターのシールも剥がされ、それでも美月は自分のだと言い続けた。

 けれど、相手の子は頑なで、だんだん美月が嘘をついているような空気になっていった。

 その時、夏海が通りがかり、『それが美月の傘じゃないなら、美月の名前が貼ってあるはずの傘はどこにあるのっ!?』と、援護してくれた。


「私はずっと、夏美に助けられてばかりだね」

「そうなのかな? それは私の方じゃない? 美月はさ、昔から嫌な顔しないで、私のわがままに付き合ってくれたよね」


 そう言葉にした夏海が、前を向いた。


「自由研究はいつも面白いものを美月が見つけてくれて、それを一緒にやった。宿題を忘れた時も、美月は笑いながらすぐに貸してくれた。高校も制服が可愛いからって美月を無理やり誘ったのに、いいよ、なんて一言で決めてくれた」


 そしてふと、夏海の足が止まった。


「だからいつも、私は美月に甘えていた」


 自嘲めいた笑みを浮かべた夏海は、ぽつぽつと話し始めた。


「親友って言葉を都合よく使っていたのは、私も一緒。私は美月を利用して、黒瀬の事を探ってもらっていただけ。この前ケンカした時に美月にぶつけた言葉は全部、私に言ってるようなものだった。なんでも自分で決めて動ける美月が、羨ましかったんだよね」


『私の気持ちを言い訳に、今まで黙ってたの? 『親友』ってさ、そんなに都合のいいものなの?』


『黙ってさ、私に協力するつもりで、黒瀬と接してたの? それってさ、違うよね? 私の事を利用して、黒瀬に近付いてただけだよね!?』


 美月はこの前の夏海の言葉を思い出しながら、夏海の告白を聞き続けていた。


「それで、隠し事をしていた美月と私が重なって、『2人とも最低だな』って、心のどこかで気付いて……。だから、半分は自分に対して怒ってたんだ」


 儚げに微笑む夏海に、美月も本当の気持ちを話し始めた。


「あの日、夏海が怒ってくれて、よかった。私がどんなに夏海を傷付ける事をしていたか、気付けたから。私は夏海を言い訳にして、自分の本当の気持ちと向き合いたくなかったんだよね」


 チリリンと、自転車が通り過ぎ、美月と夏海は端に寄った。そして距離が近くなった夏美の、いつもの大きな瞳を見つめた。

 

「私ね、黒瀬が好きって、言ったでしょ? でもね、夏海とも、親友のままでいたい。こんなに自分はわがままだったんだって、気付けた。でも、もう隠すのはやめようって、思った」

「……どっちか、選ぶとしたら?」


 目を細めた夏海の質問に、美月は苦笑気味に答える。


「どっちも選べない。だから、どっちも選ぶ」

「なにそれ」


 吹き出した夏海の目尻に涙がたまる。


「美月にもそんなわがままな一面があったんだ」

「私も知ったばかりで、驚いてる」

「うっそ! 表情変わってないから!」


 お互いにしばらく笑っていたら、夏海の表情が切なげなものに変わった。


「私もね、美月と黒瀬、どっちも好き。だから2人が幸せなら、それでいい。さっきの奈々との会話でなんとなく、黒瀬が誰を好きか、わかったから」

「それは……」


 黒瀬から告白された事を伝えるべきか美月が悩んだ時、夏海は満面の笑みを浮かべた。


「だからね、告白は私から先にさせて」

「え……? でも、黒瀬は……」

「その先は言わなくていいよ。ってか、言わないで。勇気がどっか行っちゃうから」


 困った顔をしながら笑う夏海は、それでも美月を見つめながら話し続ける。


「奈々を見て思ったんだ。ちゃんとね、私の気持ちも知ってほしいって。自分から動いて、自分でケリをつけてくる。そしたらね、きっと心から、親友の幸せを喜べるから」

「……夏海が決めた事なら、私は応援する」


 美月は、夏海の行動を心から尊敬してそう口にした。


「美月が応援してくれるなら、最後まで頑張れる。だからね、美月も遠慮せず、……好きな人に、告白してね。言わなかったら、怒るから」

「……うん。私もちゃんと伝える。でもその後どうするかは、まだ決めてない」

「なんで?」


 不思議そうな夏海の目尻に、美月はそっと指を這わす。


「親友が涙ぐんでるのに、はい、すぐ付き合います。なんて考えが、浮かばないから」

「……あーあ、美月が男だったらよかったのに。そしたらさ、相思相愛じゃない?」

「あ、わかる。私が男だったら、夏海に惚れないわけがない」


 冗談のような本気の言葉を交わしながら、美月は夏海が残りの涙を拭うのを見守った。


「でも、ありがと。ちょっとね、すぐ2人の姿を見るのは、辛いかもしれない。でもね、遠慮はしてほしくない。だからさ、告白した後、なぐさめてくれる?」

「そんなの、当たり前だから。夏海がうんざりするぐらい、そばにいるから」


 お互いに軽く笑い、美月と夏海はそっと手を握った。昔から変わらない手の温もりを感じながら、久々に2人並んで歩き出した。

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