第17話 追いかけて(梨烏ふるりさんからいただいたお題「うさぎ」)


 おれはずっと追いかけている。


 追えば追うほどあいつはすばしっこくおれの指先をすり抜けていつまでたっても捕まえられない。


 白く細い足で地を蹴り、跳ねるように駆けていくその頭上に揺れる二つの白く長い耳。対照的に黒く艶やかな髪と濡れたように輝く瞳。熟れた果実のように赤く柔らかそうな唇。


 喋ることができないあいつはおれを見ては怯えて。


「クソっ!」


 必死になればなるほどあいつはおれの鋭い牙や爪を怖がる。喉の奥でグルグルなる音も敏感なあいつの耳には恐ろし気に聞こえるのだろう。


 違うんだ。

 そうじゃない。


 ふわふわと小さく柔いあいつをおれは――ああ、そうだよ。

 襲いたいんだ。

 嘘ついたってどうせ伝わる。


 でもそれは喰らいたいって意味じゃなくて。

 いや、まぁ、別の意味では食いたいんだけども。


 だから違うって。

 ほんとに信じてほしいんだ。


「おれは、お前を守りたいんだよっ!」


 頼むから。

 逃げずに聞いて欲しい。


 おれの気持ちを。

 おれの本気を。


 知って欲しいんだ。


「あ!」


 ほらみろ。

 言わんこっちゃいない。


 声にならない悲鳴を上げてあいつは不自然な格好で倒れこんだ。

 おれはさらに加速して木々を避けながらあいつの元へと滑り込む。


「!!」


 反射的に身を捩って跳んで逃げようとするがその細い足首には縄が食い込んでいる。特殊な結び方で動けば動くほど食い込んでいく。覚えてしまえば簡単だから一般的によく使われる罠でもある。


「動くな。大丈夫だから」

「……つ!!」


 ふるふると首が横に振られて長い耳が左右に揺れる。涙で濡れた瞳が恐怖で暗く陰っているのを見ておれのほうが泣きたくなった。


「取ってやるからじっとしてろ」


 こういう時のための牙と爪だ。

 結び目の部分に爪を食い込ませ少し緩んだところを牙で引きちぎる。


「だいじょう――」

「!」


 解けた途端に地面の上を這って距離を取るあいつに胸の奥が深く痛んだ。


 なんだよ。

 どうしてだ。


 なんで伝わらない。


「逃げんなよ!」


 頼むから話を聞いてくれ。

 お願いだから顔を見せて。

 逃げないでくれよ。


「ほんと、おれ、お前のこと守りたいんだよ」


 まだ小さくて弱いお前を他のやつらから。


「ウサギ族のやつは言葉が遅いんだよな?でもおれが言ってることは分かるだろ?」

「…………」


 声を出すと狙われやすいからと子どもの間は言葉を喋れないが、ウサギ族の大人はちゃんと言葉を理解して話す。

 だからおれがなにを言っているかは分かっているはずで。


「おれが怖いか?」

「…………」


 トラ族の男なんてみんな乱暴でロクでもない奴だって相場が決まってる。肉食で野蛮ですぐに手が出る奴らが多い。


 もちろんおれだって例外じゃない。


 だけど大切なやつは守りたいって真剣思うし頑張るんだ。

 そのためにある力と獰猛さ。


「頼むから、逃げずにおれともう少し仲良くしてほしいんだよ」

「――――」

「ん?」


 そいつは地面の上を指先で撫でるようにして動かしている。近づこうとするとビクリと飛び上がって後ろに下がり、おれが留まっているとまた同じようにして何度も何度も指でなにかをしていた。


 訴えるように。

 おれを見つめて。


「も、も?」


 どうやら字を書いているらしいと気づいて読み上げるとそいつがぱあっと瞳を輝かせてうんうんと頷いた。

 そしてトントンッと自分の胸を手で叩いて次に地面を指さす。


 なるほど。


「あんたの名前、モモって言うんだな?」

「!」


 頭が取れるんじゃないかってくらい激しく頷いたそいつ”モモ”が控えめににこっと笑うから。

 おれはふわふわとした気持ちでその名前を舌の上で転がした。


「わかった。じゃあこれからよろしくな」

「♪」


 名前を教えてくれたってことは逃げずに仲良くしてくれるってことだろ?


 まだ近づくことは無理そうだけどそれはじっくり時間をかけて、おれに悪意はないってわかってもらえれば少しずつ近寄れるようになるだろうし。


 怯えて逃げ回る後ろ姿を追いかけまわすよりずっと楽しいしやりがいがあるってもんだ!


 いつかモモが喋れるようになったら可愛らしい声でおれの名前も読んでもらいたい。

 

 その時がいつくるのかは分からないけど、今はまだ小さな一歩が繋いだ未来を夢見て幸せに浸っていてもいいよな?


 モモ。

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お題をいただいて書く物語 いちご @151A

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