第10話 慟哭

カランカラン・・・

 開店したばかりの扉が開かれる。中年男性が一人、扉近くの椅子に腰をかける。


「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか?」

「・・・とりあえずビールをくれ。」

「当店ではクラフトビールをお出ししており、本日はエチゴビールさんのピルスナーにヴァイツェン、レッドエールがございます。」

「ヴァイツェンで。」


 出だしの余分な泡を捨て、グラスに注いでいく。泡切りをすることで、きめの細かいうまい泡になる。ビールと生ハムとピクルスの盛り合わせを出す。


「つまみは頼んでないですが?」

「サービスです。」

「・・・いや・・・ありがとう。」


 中年がオリーブのピクルスを口に含み、ヴァイツェンで流していく。オリーブの苦味とヴァイツェンの爽やかな薫りが協奏曲を奏でていることだろう。

 

「実はね、今日は娘と妻の命日でね・・・。辛気臭くてすみません。」

「いえ、お気になさらずに。差し出がましくはありますが、ご病気で?」

「・・・いじめです。自殺するまで気づけなかったんです!」


 聞くに、当時は仕事が忙しく家庭のことは殆ど奥様に任せきりだったそうだ。それでもできるだけ会話するように心がけていたそうだ。自殺したその日もいつもどおり挨拶し、出勤したそうだ。一周忌の法要当日、奥様も自死したという。


「こんなだめな親、夫を・・・嗤ってくださいっ!。そして、私は一体何を希望に生きればいいというのでしょう!」


 中年が慟哭する。どうやらおととしあった凄惨ないじめの被害家族のようだ。教師も巻き込んだ暴力、強姦、強請・・・あげく冬の川に入水したという、今思い出しても胸くその悪いいじめ事件だ。当時はまだ14歳になっていなかったことから、いまも大手を振って生活をしているはずだ。


「・・・もし、復讐ができるとすればどうしますか?」

「復讐など・・・・・・。いや、でもこんな舐められたままでは娘にも妻にも顔向けもできません!相手の所在さえつかめれば・・・!」


 固く結んだ唇から血が流れ、皿を赤く染めていく。


「お手伝い、できると言ったらどうします?」

「な・・・にを?」

「殺りたいのでしょう?復讐を。他の何でもないあなたの心と娘様と奥様の魂を救うために。」

「!?」


 中年が喉を鳴らす。両目を見開きこちらを見てくる。やがてうつむき、震える手で少なくなったヴァイツェンを呷る。大きく息を吐き、落ち着いたようだ。


「・・・少し考えさせてください。・・・いや、恥ずかしい。舐められたままおめおめ泣いて過ごすのかと思っておりましたが、いざ実現可能性を見せられると手が震えてしまって・・・。」

「いえ、それが正常な人の反応です。」

「ありがとう。明日、この時間にまた伺います。」


 おそらく依頼をしてくるだろう。中年は会計を置くと扉の向こう、夜の静寂に溶けてゆく。

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