バーから始まる殺し屋稼業

海胆の人

第1話 引っ越し

 俺は高校卒業後、各地を渡り歩いてきた。時にはヒモになったりしたこともあった。ただ渡り歩けど心が満たされることはなかった。

 そんなある日、たまたま釣りに行くと隣に有名なブラック企業の社長がいた。話はしたくなかったのだが、やたらと絡んできてうざったいことこの上なかった。帰り支度を始めてもうざったく絡んでくる。終いには部下でもないのにパワハラめいた言動まで。気がついたときには突き落としていた。

 穴釣りの名所だったが、時化ていたため誰も居らず、これまでも似た事例があったからか事故で済まされた。このとき俺は思ったね、こいつはいい。悪いやつはそれとなく消すことで社会がきれいになる。俺のどす黒い感情も消せる。


 余にも快感だった。その翌日、近くの地本に応募。自衛官として基礎体力、格闘術などを学んだ。可能な限り上を目指そうと、レンジャーも習得し謎に包まれている特戦群にも一時期所属した。

 一通り、戦闘技術を身につけ退官。退職金でバーを始めることにした。なぜバーなのかって?酒が好きだからだよ。後はまあいろんな話を聞けそうだなと言うこともある。この町を選んだのは放浪期間にこの町が気に入ったからだ。

 店は半地下で日当たりも悪いし表通りから少し入ったところにあるのでわかりにくい。ただ、家賃は安いし、隠れ家的な店というのもまぁ味が有って良い。

 開店のチラシを配って歩く。折り込みを頼むのはカネがかかるし、何よりこの周辺の状況をつぶさに見ることが出来るので嫌いではない。情報は足を使うのが基本だ。まあ初日から客が来るとは思わんが、準備はしっかりしておかねばな。


ジリリリリリリ!

 昔懐かしい黒電話が鳴る。

「もしもし、お電話ありがとうございます。『バー ブラック』です。」

「もしもし?新装開店のチラシを見たの!今日4人で伺いたいんだけど、大丈夫かしら?」

「4名様ですね。はい。お席を用意してお待ち申し上げます。」

「よかった!それじゃあ、よろしくね!」


 こいつは幸先が良いな。いきなり4人も客が来るとは思ってもみなかった。あっ。そういえば名前を聞くのを忘れていた・・・。まぁいい。間違えることもないだろう。・・・たぶん。


カランカラン!

「いらっしゃいませ。」

「ここねー!電話した者よ!」

「お待ちしておりました。お席はこちらに用意しております。上着はそちらに、お荷物は足下のかごをお使いください。」


「へぇ、なかなか良い店じゃない!」

「せやな!酒も色々ありそうだし、こっちは煙草も吸えそうだな。」

「おたばこを喫まれるならこちらの灰皿をお使いください。」

「おお、大将!これがサービスってやつだよ?」

「はいはい。熱湯サンが代わりに掃除してくれるってんなら喫煙可能にしますが?」

「熱湯のおっちゃん、あきらめて煙草を吸いたいときはコッチにこればええねんて。」

「そうじゃな!」


 なんとも賑やかな集団だ。熱湯とかいわれたおっさんはなんだ駄洒落か?あまりの寒さに卒倒しそうだぜ。大将とか言われてたやつも酒を出すのか?

「皆さん賑やかですね。近くにお住まいですか?」

「ああ、すまんね。俺たちはこの近くに住んでる、顔なじみってやつよ。皆あだ名で呼び合ってて、俺が雀、隣が居酒屋、向かいの夫婦が熱湯夫妻だ。」

「よろしくね」

「こちらこそよしなにお願いいたします。」

「このあたりでは見かけませんね。こちらに引っ越してこられたんですか?」

「ええ、以前こちらに旅行で気に入りまして。退官を機に引っ越してきました。」

「なるほどねぇ。ああすみません、注文もせずに・・・。皆さん何にしますか?」


 飲み物と簡単な料理を出すと、賑やかさに輪がかかる。どうやら巧くやっていけそうな気がするな。問題は本業だが、まあそっちは気長にやるとしよう。まずはこの町での信用を得て行くこととしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る