第28話:第5章④vs薄井④
パン!
蛇のようにうねるボールを須磨は空振った。
1―0
「なっ?」
「ふん。先に言っておこう。これは俺でも操ることを諦めたボールだ。本当にどこに飛んでいくかわからないぞ」
「まだそんな球を隠し持っていたのか」
「勝つためには、切り札が必要さ」
薄井のサーブ
パン!
今度はトビウオのように飛び跳ねるボールが須磨のラケットの先を貫いた。
2―0
「すげーな」
「ふん。自分で操ることができないボールだから、素直には喜べないな」
「それでもすげーよ」
「ふん。お前の番だ」
薄井は嬉しさを噛み殺していた。
「よし。俺も気合いを入れ直すぞ」
須磨は高くボールを上げた。
パン!
ボールはあさっての方向に飛んでいった。
3―0
「あれ?」
須磨は顔を赤くした。
「……下手くそ」
薄井は小声で言った。
「うるせー!ボソっと言うな」
「下手くそ!」
「はっきり言うな」
「ふん。これに懲りたらもっと上達するんだな」
「まだ負けたわけではないだろ」
「ふん」
「くっそー。ずーっと鼻で笑いやがって。イライラするんだよ」
と、ここで須磨はハッとした顔となり動きを止めた。
「どうした?」
「そうか、先輩、俺を挑発していたのか」
「?」
「俺を怒らせて、集中力をなくさせて、それで勝とうとしていたのか!だからさっきから俺のことを挑発して、ポイントを取っていたのか」
「お前……」
「図星だろ?」
「……それ、さっき俺が言った」
……
「よし、これでクールダウンできた」
「顔が暑そうに赤くなっているぞ」
須磨は恥ずかしそうな汗もかいていた。
「う、うるせー、いくぞ」
須磨は高くボールを上げた。
パン!
サービスエース。
3―1
「よし、集中」
「こいつ、ここに来て今日一番のボール」
薄井は驚きの汗をかいた。
「さっ、来い」
「ふん、操れるのはここまでか。だったら、力尽くで行くまでだ!」
薄井は高くボールを上げた。
4―1
4―2
5―2
5―3
6―3
6―4
両者ともに、一進一退。
誰も操作できないランダム戦・乱打戦・乱戦。
7―4
7―5
8―5
8―6
9―6
9―7
「くそ、縮まらねぇ」
「ふん」
薄井のサーブ。
「しかし、もう慣れたぜ」
須磨のレシーブ。
「だからどうした」
薄井のレシーブは波のようにうねる。
「別にどうもしねぇよ」
須磨は強打した。
「そうかい」
薄井も強打した。
「そうだよ」
須磨の力強さ。
パン!
薄井のラケットが弾かれた。
9―8
「さっ!」
「……?」
叫ぶ須磨と対照的に、薄井は静かに落ちたラケットを拾った。
「次来い!」
「……こいつ、そういえば第一セットも急に良くなったな」
「どうした。また心理戦か?」
澄んだような燃えているような矛盾した須磨の目。
「イイ目だ。なるほど、こいつは厄介だ。心は熱く頭は冷たくか。それをこのタイミングでできるということは、こいつ、勝負どころに強いタイプだ」
「何をブツブツ言っているんだ?」
「ここは冷静に、操るか」
薄井はボールを高く上げなかった。
パン!
須磨からの返球は鋭かった。
9―9
「へっ。なにをぬるいボール打っているんだ」
「なるほど、操るボールでも操れないボールでもダメか」
「なにを言っているんだ?」
「いや、強敵だな、と思って」
「本当に何を言っているんですか?」
須磨は澄んだ顔の薄井に身震いした。
「ふん、さっさとサーブ打てよ」
「9―11。ゲーム須磨。従って2セットとった須磨の勝ち」
その言葉を聞いて、薄井はそそくさと去ろうとした。
「先輩」
「ふん。俺に勝ったことは褒めてやる」
薄井は足を止めた。
「あまり褒めている言い方じゃないですね」
「ふん、一応説明するが、1セット目は様子見、そのまま勝てたらそれでいいという計算だ。負けても問題なかった。次に2セット目、最初に油断させて、隙を突く。そして、そのまま勢いで勝つ。計算通りだ。問題は3セット目、そのままの勢いで勝つつもりだった。しかし、お前が予想以上の力を発揮した。それが計算外だったから負けた。それだけだ」
「つまり、どういうことですか?」
「今回はお前の勝ちということだ。しかし、次は負けない。だから、覚悟しておけよ」
薄井は手を差し伸べた。
「おう。覚悟しています。でも、負けませんから」
須磨はガッチリと握手した。
「お前と戦えて良かったよ。これも、大虎のおかげだな」
「大虎先輩ですか。すごいですね、あの人」
「まぁな。なんだかんだでイイやつだ」
そう言い合う2人の視線の先に、宅井をナンパして困らせている大虎がいた。
「……前言撤回だ。やつはだめだ」
「はい、ダメですね」
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