第25話:第5章①vs薄井①
5
1―0
「薄井先輩、なんですか今のボールは?」
「ふん。お前に教える義理はない。そもそも、大虎に頼まれるまではお前と戦うつもりはなかったからな」
須磨が練習試合しているのは、薄井という名前の先輩だった。最初に大虎や角田と一緒に現れた坊ちゃん刈りの3年生だ。
「やっぱりその変なラケットが関係しているんですか?」
「ふん。変なラケットと言うな」
須磨は薄井のラケットを指さしながら言った。
薄井のラケットはペンホルダー+イボだった。今の時代、両面のシェークハンドが主流になっており、片面のペンホルダーは少数派である。それにプラスしてイボのラバーである。イボとは、普通のラバーと違ってブツブツの粒が一面についている。その影響で、ボールの回転や打球方向が不規則になる傾向にある。それはそれで強力な武器だが、扱いにくいので採用している人は少ない。さらに、採用するとしたら両面のシェークハンドが普通であり、両面のうちの一方だけにつけて普通のラバーの補佐的な扱いだ。そんな常識から考えると、薄井のパンホルダー+イボは異常なラケットだった。
「変なラケットでしょ。そんなラケット見たことないですよ」
「そんなことを言うなら、いつでも試合をやめてもいいんだぜ。俺は大虎に言われたから相手しているだけだ」
「でも、変なラケットじゃないですか」
「ふん。だったら、今、見飽きるくらい見たらいいだろ?」
薄井のサーブ。
パン!
須磨のラケットは空を切った。
2―0
「あらら」
「ふん」
阿波踊りのような体勢になった須磨と、それをスカシた目で見る薄井。
「くそ、どこにどういうふうにボールが行くかわからないぜ」
「ふん。そんなの俺でもわからない」
「だったら、どうして入るんですか?本当は分かっているんでしょ?」
「ふん。なんの挑発かは分からないが、そんなわけないだろ。細かいところは分からないが、大体のところはわかる。例えるならば、野球におけるナックルボールだ。どこにどういう変化になるか分からないが、とりあえずストライクボールに入れることができるようなものだ。所謂ナックルボーラーだ」
薄井は鼻息混じりにやれやれという感じに説明した。
「へぇ。そんなことをペラペラ話すなんて、逆に怪しいですね」
「ふん。そんなことより、サーブを打つんだ」
「はいはい」
須磨はサーブ。
薄井のレシーブ。
ボフッ!
須磨は返って来たボールを当てたが、ネットアウト。
3―0
「ようやく当たるようになったぞ」
「でも、アウトはアウトだ」
薄井は当たり前のことを当たり前のように言った。
「なぁに、そのうち入るようになるさ」
「ふん。それはどうかな?」
「俺にかかれば、朝飯前さ」
「そんな言葉を言ったら、うまくいかないぞ」
「そうでもないさ」
須磨のサーブ。
薄井のレシーブ。
スマのレシーブ。
ヒュー
ボールはあさっての方角に飛んでいった。
4―0
「入らないじゃないか」
薄井の嫌味を聞いて、須磨は頬を赤くした。
「こ、こんなときだってあるさ。次は入れるさ」
須磨は恥ずかしそうに言った。
「本当か?」
「本当だ。次こそは絶対に入れてやる」
「あっそ」
薄井のサーブ。
須磨のレシーブ。
入る。
「ほら、入った」
パン!
薄井のレシーブが入る。
5―0
「……あり?」
須磨は口を開けたまま固まった。
「ふん。一球入っただけではしゃぎすぎだ」
「……ですよねー」
須磨の口は動き始めた。
「次行くぞ」
薄井のサーブ。
須磨のレシーブ。
ラリーが続く。
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