虫の学校

都途回路

第1話

 遅刻寸前で教室に入り席に着くと、どうも落ち着かない気持ちになり、私は周囲をキョロキョロと見回した。見慣れたはずの教室が、どうも親しく感じない。そもそもなぜここにきたのか、どうやってここにきたのか、ふと忘れてしまった。それでも帰ろうという動きを起こさなかった。体を大きく動かそうという気になれなかったのだ。周囲の観察を続けるうちに、その風景が壁画のように見え出した。壁画のように平面的に、動きのないように見えたのだ。そしてもう一つ重大な発見をした。周りの生徒であるはずのものが、虫になっていたのだ。私の隣の席にはムカデ、さらにその隣にはナメクジがいた。虫たちはみな人間くらいの大きさで、無理な姿勢で椅子に乗っかっていた。


 なぜ虫が椅子に座ろうなどという無駄な試みをしているのか解明することが、目下の私の懸念事項となった。私の頭は、猛然とその理由をひねり出そうとした。誰かが巨大な虫を採取して並べたのか。生徒たちが虫の格好をしているのか。私が小さくなって虫の学校に入り込んでしまったのか。ただ、虫は私の見間違いであるということは決してないと確信していた。


 もう一つ気になるのは、虫たちはどのように振る舞うのか、私は虫たちと関わらなければならないのかということだ。私は、この虫たちと関わることをどうしても避けたかった。というのは、私は大の虫嫌いで、のろのろと動くナメクジから素早く走り回るゴキブリまで、ありとあらゆる虫を見かけるなり、その場から逃げ出してしまうのが常だったからだ。今こうして虫に囲まれても耐えられるのは、先に挙げた平面的な見え方というか、この光景と私の間に隔たりを感じているためだ。図鑑やテレビで昆虫や軟体動物を見ても、不思議と恐怖心を感じずに見ることができるのと同じことだ。


 隣のムカデを注意深く見ていると、有り余る脚をしきりに動かしているのに気づいた。つるつるした背を椅子につけても滑らないように努めているのだろうか。それでもその試みは失敗に思われた。ムカデは自らの重みを支えきれず、頭側をのけぞらせて、全体的に下にずり下がっている。それなら机を抱くようにして、その大量の脚で体を支えればいいものを、と私は思った。


 私は再び頭を動かして見回した。私の真後ろの席にはプラナリアが陣取っていた。それも体重を支えきれず、頭側が倒れて机に突っ伏した格好になっていた。この虫についてはあまり恐怖心を感じたことはないし、今も感じていていない。むしろ図鑑で知ってから興味さえ持っていた。この巨大プラナリアも、切れば分裂するのだろうか。


 目の間に広がる奇妙な景色はさておいて、朝のホームルームがなかなか始まらなかった。担任の先生はどこにも見当たらなかった。時計を見ると、ホームルームの開始時刻をとっくに過ぎていた。


 ふと重大な懸念点に気づいた。生徒たちは虫のままで授業を受けられるのだろうか。生徒たちの異常のために今日は休講ということもありましまいか。あるいは、先生までもが虫になってしまって、その声を私が聞き取れないのではないか。そう仮定すると、現在ホームルーム中であり、虫生徒たちがじっとしているのは、虫先生の話を聞いているからではないか。では先生がどこにいて、どの虫であるかを突き止めなければならない。そうなると、やはり私は虫たちと関わるのに支障が出る。


 突然、教室の前の方からスズムシの声が聞こえてきた。これが先生の声なのだろうか。もしそうだとすると、最悪の予想が当たってしまったことになる。

私の思考はいよいよ混乱し始めた。スズムシが声を出している五分ほどの間に、今日をいかにして過ごすか、この虫たちからどう逃げ続けるのかといった問いが、行き過ぎてはまた戻ってきて答えの出ないまま、焦る気持ちだけが募っていった。

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