第27話 相討ち

 罪獅子は歯噛みする。

 しかし、それは形だけだった。


 仲間の死――、いや、まだ分からないが。

 仲間の死を見て、罪獅子は悔しがる素振りを見せただけだった。


 誰に見せるわけでもない。これは自分に見せているだけだ。

 言い聞かせているだけだ。こうでもしておかないと、忘れてしまいそうなのだ。


 人の死に、悲しむことができなくなってしまいそうで。

 人の死に、なにも感じなくなってしまいそうで――。


 それは、いくところまでいけば、無関心にまでいってしまいそうで。

 ――人間として、終わりになってしまうから。


 人間を越えた場合、あるのは化け物の領域だけだ。

 そこまでには、到達したくない。

 罪獅子が抱える恐怖は、たった今、それだけだった。


(死んだのか。いや、死んでいないな。血の匂いはするが、けれど死体の匂いはしない。

 気絶か、仮死か。まあ、まだ生きているだろうな。

 まだまだ、これから先の人生を歩めるということか)


 罪獅子は、一応、周りの木や地面を観察した。

 もしかしたら罠が仕掛けられている可能性もある。

 気絶した人間を置いておき、仲間を誘き出して、そこを狙って捕まえる……または攻撃する。

 これは戦いにおいては当たり前のこと――と、罪獅子は理解している。


 だからこそ、集中的に周りを観察したのだが。しかし罠らしきものはない。

 本当に、ただただ倒して放ったらかしにしておいただけか。

 罪獅子は、相手の戦略に呆れながらも、ゆっくりと気絶した仲間の元へ進んでいく。


 そこで、気づいた。

 倒れている肉体は、一つではない。


 土と同化していたために気づかなかったが、仲間のすぐ隣、そこに――、

 土色の迷彩服を着ている、小太りの青年がいた。


 自分の仲間ではない、と分かっている罪獅子は、すぐに敵だと認識する。

 すぐに、慌てて後ろへ跳んだ――、彼女は数秒、様子を見てから、ゆっくりと、再び倒れている肉体へ近づいて行く。


 倒れている敵の青年――、名前までは知らない。

 言ってしまえば、なにも知らない。

 だから、どんな戦い方をするのか、どんな人間なのか。

 どんな喋り方で、どんな思考をしているのか――、なにも分からない。


 そもそも、分かる必要はないのだから、分かろうとしなくてもいいのだが。

 ただ、なんとなく、自分の仲間と技術は知っておきたかった。


 自分の仲間は、決して弱くはない。

 一年も、この学園で生活してこれた、訓練にもついてこれた。

 それに、自分――、罪獅子の班なのだ。


 そう、弱いわけがない。

 だというのに。

 そんな仲間が、最近入学してきた一年と、相討ちだと? 

 罪獅子は少しだけ驚いた。

 この一年は、もしかしたら相当の実力者ないのではないか、などと考える。


 しかし、だとしても。

 ――罪獅子の敵ではない。


 それに、罪獅子の仲間と相討ちなのだ。それは、罪獅子の仲間と同レベルということであり、ならば罪獅子と張り合えるはずがない。

 無理だ。恐らく、というより確実に――、勝負にならないことは目に見えている。


 少しだけ期待した罪獅子だったが、すぐにその期待を打ち消した。

 結局、この学園に、自分と張り合える相手などいないだろう。


 だから、この勝負も結局は、いつも通りに終わる。

 簡単に、あっさりと、自分の勝ちなのだろう。

 なんとも自分に酔っているような考えだが、仕方のないことである。


 罪獅子は、ずっとずっと、勝っていた。


 負けることはなく、相手を、自然に叩き潰していた。

 そこに悪意はないが、だが、善意があるわけでもない。

 しかし、無でもない。そこにあるのは――、興味に近かった。


 負けることはなかったから、自分に勝てそうな相手に興味を持った。

 そして、戦い、そして――勝つ。

 これはもう――パターン化されている。

 自分が勝つことが当たり前の世界に思えてきた。


 しかし、上には上がいるらしい。それが斜影峰学園の上にある――本家という存在。

 そこに行けば、自分は、敗北を知ることができるのではないか――、などと考えていると。

 また不快な音が耳の中、鼓膜を揺さぶる。


 無線機の音。

 誰かからの通信。

 無視するわけにもいかず、罪獅子は、

「どうした?」と応答するが……、


 聞こえるのは、自然の音。葉の揺れる音、虫が飛んでいる音、鳥の――鳴き声。

 仲間の声は聞こえてこない。


 そこで、まさか――、と罪獅子の中で一つの考えが頭の中を駆け抜けた。

 突き抜けるようにして、罪獅子の思考が燃え上がる。


 もしかしたら。

 もしかしたら。


 今、この場で起こっていることが、他の場所でも起きているのではないか。

 罪獅子はすぐに無線機を取り出し、仲間の一人に連絡をした。


 しかし、予想通りに、応答はなかった。

 無音。分かっていたことだが、予想していたことだが、少しだけ、焦っている。


 今までは自分一人で全てのことを解決していたことから、仲間が常に後ろに控えていると――気づかない内に、仲間がいることで、安心していたのかもしれない。

 そこで、今、仲間がいないという事実が、自分が思っているよりも、自身を追い詰めているということに、罪獅子は気づいた。


 ――仲間が、いない。

 いるのは――自分だけ。


(まさかだな。いや、まさかではないか。

 わたしが強いというのは、あいつらは当たり前に知っているはずだからな。

 だからこそ、わたしの仲間から潰してきたか。周りを砕いてから、中身を崩す。

 城への攻め方みたいだな……、

 正しい。それに最善かもな。

 しかしだ、しかしだよ――傷枷。

 そして上京。お前らは、わたしに怒りを蓄えさせたぞ……ッ)


 やはり、罪獅子も人間だった。

 仲間なんてどうでもいいなどと、自分自身でそう思っていて、周りにそう表現していても。


 ――本心は、隠せない。

 誰よりも仲間を想っているのは、罪獅子だった。

 仲間を大切にしているのも、傷つけられて怒りを隠せないのも――罪獅子だった。

 化け物なんかではない――、ごく普通の、少女だった。


「……待ってろ、すぐに終わらせてくる」


 血に伏している仲間に一声かけてから、罪獅子はその場を去った。

 そして、再び森を駆ける。


 水場の近くで、もう一人の仲間を見つけた。

 そこには、敵の少女も一緒に倒れていた。


 木の枝に引っ掛かっている仲間を見つけた。

 そこには、敵の、小柄な青年がいた。


 全てが相討ち。勝利でもなく、敗北でもなく、そこにあるのは――、引き分けだった。


 不思議だ。不思議な感覚だ。

 なぜ、引き分けなのだ?

 なぜ、どんどんと互いの仲間を減らしていくような、そんなやり方なのだ?


 勝つ気がないように見える。

 なにが、したいのか。なにを、しているのか。

 考えても考えても、疑問だけが膨らんでいくような思考だった――その時、


 隣の、草の茂みが揺れた。


「誰だ!」


 罪獅子が叫び、咄嗟に手に持っていたショットガンを向け――、そして、撃った。

 パァン、という高い音が響き、草の茂みが一瞬で消滅する。


 そこは、なにもない空間へ変わった。


 罪獅子が確認すると、茂みには、誰もいなかった。


「……どういう、ことだ?」


「危ねえな。ほんとにそこに隠れてなくて良かったよ」


 そう言って、木と木の間を通り抜けるようにして出てきたのは――、



 傷枷道々だった。

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