第26話 先手
今回の戦いの場所に選ばれたのは、斜影峰学園の裏にある山。
よく、ここは演習などで使われる。
なので、地形などは頭に入っているし、人が隠れられそうなところは分かっていた。
だが、それは向こうも同じなのだ。
条件は同じ。一年先輩である罪獅子の方が有利だとは思うが――、しかし、たかが一年の違いなど、あまり変わらない。
強い奴は強い。弱い奴は弱い。
戦闘など、結局は素質――、才能だ。
努力で到達できるラインなど、たかが知れている。
(どういうことなんだ? ここで隠れられる場所など数多くはないと思うが。
奇をてらっている、とでも? ……やりそうではあるが。
まったく、なにを考えているか読めない。不気味な連中だ。
――上京。そして――、傷枷)
罪獅子は、認めていた。上京には、素質があると。
しかし、その素質、才能は――開けてはならないものだと。
だからこそ追い出そうとしたのだが、やはり止めるべき存在はいたのかと、今更になって傷枷の顔を思い出し、歯噛みする。
軍人の中で、戦闘面では絶対に生き残ることができないような、特殊な才能を持つ上京の匂いを嗅ぐことができた。しかしだ、なぜか、罪獅子はなぜか、彼女の嗅覚をもってしても、傷枷道々という人間を見抜くことができなかった。
彼の本質を嗅ぐことができなかった。
ただただ、上京に無理やり、自分の意思を押し殺して、ついて行っているだけの人間だと思っていたが――、傷枷からは、上京よりも特殊な匂いがした。
一応、嗅ぐことはできた。
のだが、その匂いがなんなのか、まったく分からない。解読が、不能なのだ。
しかし、完全に分からない――、というわけではない。
混ざっているのだ。混ざり過ぎて、本質が覆い被さってしまっていて、分からない。
何重もの竜巻が本質を囲んでしまっているような、手が出せない状況に似ている。
いくつもの面を持っているということか。
それか自分を偽っているのか……、分からない、分からない。
そこで、罪獅子は意識を切り替える。
自分の思考に飲まれてしまっている。
今は戦闘中。こういう、ぼーっとしている時間というのが、一番、死ぬ可能性が高い。
そんなことは分かっているつもりだったが――、まだまだ甘いな、と罪獅子は自分の頬を思い切りグーで殴った。
頬は、赤く、膨れるほどではないが、少しだけ輪郭が変わったように見える。
罪獅子は、痛みを一瞬だけ感じて顔をしかめ、すぐにいつも通りの冷たい表情に戻った。
やる気が戻る。――
「真剣勝負なんだから、殺害もいいんだよな」
誰もいない森の中、罪獅子が呟いた。
「まあ、最悪の手段で使えばいい。上京を、傷枷を追い出せるのならば、殺す必要はないんだしな。わたしが危惧してるのは、あいつら二人が軍人になることだけ。
――もしも、もしもの話、わたしたちが負けると思えば、殺害に移行すればいい」
視線を、手に持っているショットガンに向け。
そして、後ろポケットに入っているサバイバルナイフを一度、二度、手で触れて確認する。
どちらもルールでは持ち込めないことから、この森の中で見つけたものだ。
恐らくは先生が隠していたのだろう。
しかし、どいつもこいつも単純なのか、罪獅子がすぐに分かるところに隠していた。
これには、罪獅子も呆れるしかない。
教師でこのレベルなのか――と、罪獅子は本気で頭を抱える。
自分が思い描く軍人とまったく違う。
それは、仕方のないことかもしれない。
ここは、本家じゃない。
斜影峰学園は――、分家なのだから。
分家には、分家らしい実力者しかいないのだろう。
だから、がっかりしかしないのは、仕方のないことだった。
その時、ザザッザザ――と、不快な音が罪獅子の耳に届く。
無線機のノイズ音。
チームの中の誰かが通信を送ってきているのだが、電波が悪いのか、それとも状況が悪いのか、不快な音は止まることを知らないのかと言うくらいに、鳴り続けていた。
罪獅子がすぐに無線機を取り出す。すぅ、と息を吐き、無線機を使わなくても相手に届くのではないかと思ってしまうほどの声量で、叫んだ。
「どうした! なにがあった!!」
罪獅子の声は、相手に届いているはずだ。
相手の声、音は、罪獅子にしっかりと届いているのだから。
だが通信相手――、罪獅子の仲間からの返事が返ってこない。
返ってくるのは返事と言っていいものか曖昧な――、声だけだった。
「あ、うう」と、意識が落ちるか否かのギリギリのラインを彷徨っているような、声。
危険な状態の声だというのが、罪獅子にはすぐ分かった。
「おい! 答えろ、なにがあったんだ!!」
罪獅子はさらに声を張り上げる――が、仲間の言葉は返ってくることなく、そのまま途切れる。ぷつりと。ぶちんと。張っていた糸が切れるように、あっさりと。
ザザッザザ――という音も消えて、完全な無が訪れた。
それは、静寂になる。
静かな空間に、罪獅子が一人で立ち尽くす。
――正直、なめていた。上京という人間を。傷枷という人間を。一年下の、後輩を。
「先手を打たれた――ということか」
罪獅子は、不気味に笑った。
こうでなくては――と、声には出さずに呟く。
戦いはこうでなくては。殺し合いというのは、こうでなくては。
この、こんなギリギリの戦い、命の危険を感じる――このスリル。
これこそが――戦場だ。
「あっちにも、殺す気があったというわけか。なら、こっちも、加減をする必要はない。
見つけて息もさせずに――殺してやろう。なにが起こったのか分からないほどに、殺してやろう。戦場の厳しさというものを、軍人の覚悟というものを、教えてやろう――」
罪獅子は、立ち尽くしていたその場から一歩、踏み出す。
そして、鋭く、目を細める。
木の間、葉の間、花の間、昆虫の死骸――、その肉体に空いた穴の隙間から。
――罪獅子は周りを注意深く睨みつける。
動くものがあれば、有機物だろうと無機物だろう生命体だろうと、反応する。
過剰に、過敏に。神経が、すり減りそうなほどに。
しかし、すり減ることなどないだろう――、
なぜなら、罪獅子に、疲れなど存在しないからだ。
彼女は――無限なのだ。体力や集中力を温存しなくても、毎回を全力で突っ走れる。
温存する必要なんてない。それは、無限だから。限りがないから。
溢れ出てくる、とでも言うのか。減っていくところから増えていく。
彼女に、スタミナ切れという概念は、存在しない。
そして――彼女は、走る。
山の道を、下り坂を、上り坂を。
スキップをするよりも大幅に、一度で進む。
彼女にとってそれは、早歩きとあまり変わらないことだった。
一般人とは違うのだ。
色々と、常識破りと言えるだろう。
そんな罪獅子が五百メートルを十秒ほどで歩き抜くと――、
視線の先で、見えた。
赤い、液体と、そこにうつ伏せで倒れている――、仲間の姿だった。
そして、嗅いだ。それは――血の匂いだった。
「くそ、もうやられていたか」
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