クール便で後輩の脚が送られてきた話
朝霧
チョコレートでコーティングされた生脚
冬季休暇も半ばまで過ぎた今日この頃、暖房の効いた部屋の中でぬくぬくしていたら、宅急便が。
共働きの両親は不在、5つ年下の妹は受験勉強のために塾に行っているため、仕方なく対応する。
送られてきた荷物はクール便だった、母が何か頼んだのだろうかと思ったが、届け先には私の名前が書いてある。
また勝手に懸賞か何かで私の名前を使ったのだろうかと思って送り主を見ると、几帳面な字で覚えのある名前が。
普通に後輩から私宛の荷物だったらしい、一体なんだろうか?
奴の実家は海なので、新鮮な魚介類でも気まぐれに押し付けてきたのだろうかと思いつつ、ガムテープを剥がして中を見る。
中身は一言で言うと、チョコレートでコーティングされた送り主の脚だった。
なにかの間違いであればいいと思ったのだけど、この質感と太さと吸盤の感じは紛れもなく奴の脚だ。
「…………」
この衝撃を何と表せばいいのか、私の貧相な語彙では決して語りきれない。
というかいくら語彙があったとしても表現しきれないと思う。
ひとまず、私以外誰もいない時でよかった、とだけ。
というか奴は一体なにを考えているのだろうか、私が実家暮らしなのは知っているはずだ、私が不在の時に私の家族がクール便だからと気を使って冷蔵庫にしまってくれようとして中をあらためるかもとかそういう事を慮ってくれやしなかったのだろうか。
私は後輩の脚を部屋に持ち込んで、充電しっぱなしのスマホを掴んで奴の番号にかける。
三コールくらいで出たので、怒鳴りたくなる衝動を近所迷惑だからと抑えつつこう言った。
「おい、このクソタコ野郎……お前なんつーもんを送りつけてきやがる」
『ああ、もう届きましたか。おいしかったですか?』
「まだ食ってねーよ!!!! つーか喰うわけねえだろうが!!!!!!」
思わず怒鳴ってしまった、駄目だこれは抑えきれなかった。
『……食べてくれないのですか?』
しょんぼりとした声で奴はそう言ってくる。
まるで一生懸命作った手料理を速攻でゴミ箱に投げ捨てられた新妻のような弱々しい声に一瞬こちらが何もかも悪いのではないかと思いかけたが、即座に思い直す。
「食べねーよ!! お前自分が何を送りつけたのか理解してねーのか!?」
『最高級のチョコレートですよ。僕から先輩へバレンタインの贈り物です』
そういえば今日はバレンタインだった、すっかり忘れていた。
そういやこっちは何も用意してなかった、まあいいかどうせ気にしちゃいないだろう。
「その最高級のチョコレートでコーティングされたものは、なんだ?」
『僕の脚です』
あまりにもあっけらかんと答えられたので、一瞬自分の常識がおかしいのかと疑ったが、そんなわけない。
「なんでお前は!! 手前の脚をチョコでコーティングして送りつけるとかいう猟奇的な発想したんだよ!?」
『……先輩に食べてほしくて。ああ、ご安心を、これでも蛸ですので、もう再生してますしそもそも人間に化けてる時は隠してる脚ですから』
そうじゃない、そうじゃないんだけど。
全く心配してなかったってわけではない、そこまで非道な性格をしているわけではなかったんだけど、今その話してない。
『ですのでどうか愛しい人よ、どうかガブっと、ひとおもいに』
「だから食わねえって言ってるだろうが!!」
『本当に食べてくれないのですか……あなたが好きそうなチョコレートを探すのに、苦労したのに……』
「そんな声で言われても……なんでチョコ単体で送ってくれなかったんだ……そしたら普通に喜んだのに」
『あとコーティングするの大変だったのに……ぬめるからなかなかうまくいかなくて……』
「まって開けた時からやけに生臭いなと思ってたけど、これ非加熱なの? せめて加熱しろよバッカじゃねえの!?」
『切り落としたとはいえ、僕の脚を焼け、と……?』
「なんでお前、そんなドン引きです、みたいな声出すんだよ!! 人魚ってみんなこうなのか!!? こわいんだけど!!」
『ええ、だいたいこんな感じですよ』
「こっわ」
シンプルにその言葉だけしか出てこなかった。
『そんなに怖いでしょうか? ううん、人間の思想は難しい……』
「お前ホントに陸歴十年なの? もう一回頭から人間界の常識を勉強した方がいいと思う」
『あなたがそういうのであれば、そうしましょう。ところで本当に食べてくれないんですか?』
「食べねーよ」
それだけ返すと、奴は少しの間黙った。
『…………わかりました。ではそちらは処分してください』
「ああ、そうさせてもらう」
本当に悲しそうな声でいうものだから少し躊躇ったが、食べるという選択肢はない。
ああ、こんなことになるなら人魚の面倒なんて見なけりゃよかった。
クール便で後輩の脚が送られてきた話 朝霧 @asagiri
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