第149話 ドナドナ
セルゲイの運転する6輪のロシア製トラックに乗り込んだ4人は、ポーランド国内を北東へ目指し、ロシア西部へと入国。
越境に際して、一向は正式な入国審査を受けなかったなにも関わらず、セルゲイが“友人”と呼ぶ国境警備隊は、彼らを祖国の脅威ではないの認めた。
「なんかあっさり通れちゃいましたね。そうじゃないと困るのはこちらですけど……」
「一重に俺の親戚にあたるキーラちゃんの美貌のお陰だろうな。
正にショットガン・マリッジ。この辺の野暮ったい田舎者共には、KV-2の主砲で撃たれるような衝撃が走ったに違いないぞ」
少なくとも“
妙に距離感の近いロシア系吸血鬼の親愛と見栄の混じりの説明に、コミュニケーション不得意者特有の愛想笑いと苦笑いの中間に留まる笑みを浮かべて黙った。
「お前は賄賂を渡しただけだろう。それがこの国がソ連だった頃から続く習慣だからな」
種明かしをされたセルゲイが人を殺しそうな目でシエーラを睨むが、その視線の先には皮肉屋な笑みが待ち構える。
「後、ショットガン・マリッジは“デキ婚”の事だ。血縁者の未婚の少女にかける言葉の中でも“最低”の部類だぞ、セルゲイ」
ナポレオンの復讐のように、無機質的なロシア人の肉親への溺愛ぶりを逆手に取った、アメリカ英語の誤用の指摘が、永久凍土の無愛想さを持つ大男をたじろがせる。
「キーラちゃん………そうなのか、済まない。おじさんは単純に君が美しいと言いたかったんだ」
キーラは内心で静かな旅を所望した。だからと言って恩人を無視するほど我が強くはない。
結局、顔芸のような笑みを浮かべる。
「気にしてませんよ、セルゲイさん!
私も余分な事を言って人を怒らせてしまう事がありますから………」
「………そうだよな。怒らせて、すまない」
勢いで答え、答えの勢いを間違えたと悟る。
「あ、いえ、そんなつもりじゃ…………」
キーラは、停滞する高比重の会話の陰で、狗井が笑いを堪えるているのを感じた。
それを青烏が小突くのも。
車内の雰囲気がどうであれ、一向は滞りなくロシアへと入国を果たしたのだ。
「おっと、この道で曲がるぞ」
ロシア南西部へと舵を切り、森林と沼地の入り混じる巨大な平野を進んだ。
平野を進んでいるはずのキーラだが、土地を表す言葉とは裏腹に座席と身体はロデオマシンを彷彿させるほど激しく上下していた。
「あの、気づいているのが、私だけ、かも、しれませんが、道が、でこぼこ過ぎて、コンパスが踊って、ますけど?」
道の凹凸を硬いトラックのサスペンションが正確に反映する。
この地帯に入ってから、荷台のキーラはたちは、走行時間の半分を空中で過ごしているような気分だった。
「冬になるとこの辺は雪で埋まる。春になると雪解け水がヴォルガ川への支流を作ってしまうんだが、俺たちが走ってるのは干上がった川だ」
セルゲイが道と呼ぶのは、一般常識上では轍と呼ばれ、彼の言う道は時として川底に敷かれている。
「考えても仕方ない事ですけど…………住みやすさで言えば、火星とどっこいどっこいレベルじゃないですか」
車体の歪む音、喘ぐエンジン音の中でセルゲイががなる。
「身体のデカい熊は頭も大きい。頭が大きいから、身体をもっとデカくできる。それがこの国の基本的人権の考え方だ。
だがら、この国で考えるより行動しろと言われる。さらに冬場に考え事なんかしていると脳味噌が凍ってしまうからな」
会話の中でキーラは今のは彼れなりのジョークだったのだろうと言葉を拾った
「それって吸血鬼的にもヤバいですね。ニット帽にアルミホイルでも巻くべきでしょうか?」
「そこまで心配しなくても意外と大丈夫だぞ。一週間飲み明かした時並みにぼーっとするくらいだ」
キーラは額面通りに言葉を受け取り、愕然とした。この土地では冗談抜きで脳味噌が凍るらしい。
「まぁ、言い方を変えれば吸血鬼ながら日光に当たる理由を授かれるというわけですね。
ロシアで吸血鬼向けのビジネスを開くなら“ホスピス”が向いているようです」
「モスクワに行けば分かるが、この国では死んだ誰かを入れておく施設は事欠かない」
「“シベリア”ですね?」
「それは誤解だ。あっちは役立たずと嫌な奴を送る土地だ。
モスクワには歴史的な指導者が
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昼と夜を越え、一向は久しぶりに文明の気配を肌で感じた。
森を抜けると、有刺鉄線が道を囲んでいたのだ。
「あのー、セルゲイさん、なんか立ち入り禁止の看板が見えるんですけど……」
森の奥に突如現れた鉄条網は、森の暗い雰囲気と合間って不穏な空気を醸し出す。
が、ロシア人は天気予報を伝えるように答えた。
「そりゃあ、軍事基地だからな。一般人は入っちゃダメだ」
「彼を信じましょう。キーラちゃん」
降雪が跡を隠していく中、運転手を除いた一向には不安が積もる。
そんな彼女たちの事など素知らぬ顔でトラックは基地を囲む有刺鉄線のフェンスを周り、電動ゲートへと進んだ。
塀と衛兵と見張り台で隔絶された領域が辺りに広がる平原で、ロシア語の制止が命令が下る。
雪結晶の隙間からライフルを肩から下げた兵士が現れたのだ。
目元だけが覗くフェイスマスクから覗く双眸には、この土地の過酷さを内包したような無表情が張り付き、ぶっきらぼうに誰何を行い、セルゲイと番兵とでロシア語が交わされた。
英語には無い独特の響きの音と、どことなく無機質な会話は和やかなのか剣呑なのか分からない雰囲気。
セルゲイが許可証のような物にそれとなく紙幣を挟んで門番に手渡すと、門番も心得たもので、紙幣だけをポケットにねじ込み、書類には目も通さずにゲート操作係にゴーサインを出した。
小屋の中で操作係が何かの操作版をいじると、電動ゲートが金切り声と共にゆっくりと開く。
「ようこそ、グラヂェーガ空軍基地へ」
「さっき渡してたのは賄賂ですか?」
「アメリカ式に言えばチップだな。サービスを融通してくれたお礼だ」
「なんというか………」
「感心しないだろ? ロシアでは誰もが賄賂を受け取るから、見てる奴全員に払わないとならん。
そこだけは相変わらず共産主義なもんでな」
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