第147話 意趣返し
制圧と退路の確保という任務が1段階進行した。
「よーし、きっちり死んでる。ここからは撤退の時間だ」
シエーラの活躍により、上階で3人分、一階で6人分の死体転がり、建物は静まり返っていた。
「増援部隊は存在するのでしょうか?」
心配は無いと首を振るシエーラ。彼女に合わせて、手榴弾が呼び鈴のように音を立てた。
「赤外線と電波傍受の限りでは、この周囲に人はおろか、生物すら存在しない。
英雄が遅れて登場するように、私もそれくらいは確認してから貴女を助けに出向いたのよ」
掃除の完了を確認し、地下に戻り青烏たちと合流。
「キーラに……シエーラさん、合流出来ましたか!」
鼻血で汚れた口元と髪の焦げた臭いを全身から放ちながら、成果を誇るように鹵獲した装備を見せつけるキーラ。
「えぇ。お片付けは済みましたよ」
そんな戦果報告にリアリストが水が差す。
「挨拶も祝勝会も省略させてもらうよ。
ここから次のポイントな移るのは早い方がいい。セルゲイが外で待機しているが、彼はロシア人だ。
ロシア人は凍死する事は無いが、短気で憤死しやすい。その為にも早く動きたい」
シエーラはそう言うと、巨大生物の腸を思わせる電線類があたり一面に伸び、破壊したのか片付けの途中なのかの判別がつかない設備を一通り見回した。
「移動は可能?」
「もちろんです。シエーラ。ここの機材は電子的、物理的にデータ抹消済み」
雰囲気が選抜したリーダーに従う青烏。
「ここを壊している間に、おおよそ感覚は戻ってきた」
狗井も確かな足取りで直立していた。
2人は、キーラたちが戦闘している間に痕跡の抹消を図り、狗井もリハビリを兼ねてハードウェアの破壊活動に勤しんだ結果、この施設の敵に有利な情報は一つ残らず消失している。
「では、ガールスカウトの皆さん、ランチ用のサンドイッチを用意して、たった500mはどの距離だが雪中行軍を開始するよ」
シエーラの号令が、小集団を指揮官と部下に分離して行動力の合理化を促す。
彼女が先導を行い、
「アオさん。敵に何か心当たりは?」
警戒は厳にとのシエーラの命令に反し、一本道の後方を任せられたキーラは気を緩め、意識は射界よりも会話にリソースを割いている。
「私は、ルーの敵は全部把握しているつまりだった………でも、あんな部隊は知らない」
文民である青烏にはその問題点が気づけない。むしろ彼女は情報の展開を奨めるために多くの言葉を選んで話していた。
「私が知らなかった存在。上手く私の目を逃れていながら、ついに寝首を掻きに来た。
そこから考えてもルーリナのやり方を知ってる連中なのでしょうね。
例えるなら、最も現代的なヴァンパイアハンターとでも呼ぼうか?」
差し迫った脅威のその手強さを痛感していたキーラは、首筋に寒気を覚えた。
「笑えないですよ」
「けっこー真剣に言ってる。
体勢を立て直すためにもルーリナと合流する事が先決ね」
青烏は、会話の流れからシエーラを呼び止める。
「シエーラさん。セルゲイさんは飛行機の手配も済んでいるのですか?」
短く頷くシエーラ。
すぐにハンドサインで“黙れ”と促した。
話題を掘り下げようとするキーラを、狗井が振り返りざまに遮る。
「キーラも静かにしろ。壁に耳ありだ。わざわざ自分の居場所をバラすような真似を———」
狗井の指摘直後。
「——するな———!?」
通路を成す壁の一角が行手を塞ぎ、瓦礫を纏った襲撃者が一団に襲いかかった。
「なっ!? コンクリートを素手で!?」
シエーラが素早く銃を構えるが、その動作が終わるよ早くライフルの銃身に火花が散り、ハンドガードまでが切り落とされる。
「斬撃。サーベルか!」驚愕すると同時に指揮系統の長として「撤退」と叫ぶ。
「こんな兵器が、どこに潜んでいたのやら」
シエーラは驚嘆を上塗りするように火器を鈍器に変え、素早く投げつける。
反攻は迅速ながら、その敵には無意味。
鉄と樹脂の塊であるマシンガンが簡単に払いのけられ、ひしゃげた機関部が壁で粉々に飛び散った。
金属片が舞う中で、シエーラは素早く拳銃を抜き、狙いを外す方が難しい至近距離から弾を叩き込む。
放たれた弾丸は、敵の外装に僅かな擦り傷と火花を散らす。
火器の近接武器への優位性は減衰した白兵戦において、ことさら相手が銃弾に耐えうる防弾能力を持っていた場合となれば、シエーラの類稀なる戦闘能力も空回りし、彼我の戦力差は農民と甲冑武者と大差ない比率へとひっくり返った。
「畜生。防弾仕様か」
あっという間に拳銃がオープンホールドで弾切れを示す。
「私はロボットじゃない。サイボーグだ」
砂埃の中、切れ長の目がギラリと煌めいた。
「菅野!?………なんでお前がここに……」
襲撃者の正体は東京でキーラたちと一戦交え、狗井を瀕死に追い込んだ菅野・椿。
衝撃で膝から落ちそうになる青烏をキーラが抱き止め後退に走る。
キーラが逃げ出す間にシエーラは銃弾の効かない相手に対し、生来のリーダー気質とそれを支える責任感がナイフでの戦闘に臨もうと覚悟を決める。
だがしかし、彼女は経験上“人間”としか戦ってこなかった故に判断を間違えた。
彼女がナイフを構えると敵の視線が身体に絡みつく。
「お前……エルフであってもあの女では無いな。じゃあお前に用は無い」
「こちらもお前に用はない。この場で死ね!」
ナイフを逆手に持ち、奥歯を噛み締め一気に踏み込む。
顔をめがける斬撃の軌道はフェイント、殺意を込めた一撃は首筋への刺突として決まる………はずたった。
渾身の一撃がキャチボールのように軽々とで受け止められ、シエーラの半身は事実上拘束させる。
「遅い……」
捕まえたシエーラの首に、甲高い電子音を放つ日本刀が触れる。
「ノロマに生きる価値無し。新しい刀の試し切りにしてやろう———」
処刑が行われる瞬間。彼女の意識の外からの刺客が迫る。
「まったく同感だ。椿!」
次の瞬間、一閃を受けたのは椿だった。
すれ違う事も出来ない通路で、接敵したシエーラは孤軍奮闘の切り込み隊長の役を担ったが、その一方で、狗井・天は、シエーラの支援に動いていた。
共闘に向かない閉所で、彼女が活路を見出したのは通路頭上の僅かなスペース。
壁を蹴って円弧を描き、飛び上がる勢いそのままに流星の如く椿を蹴り飛ばす。
「表に出ろ、と言うやつだ」
壁と天井を経由した、高度なジャンピングバレーキックを見舞い、壁を巻き込んで野外へと飛び出す2人。
嵐のような攻撃の後で重力に引ったくられるような形でシエーラだけが屋内に残った。
「今のは……危なかった……」不自由のなくなった気道から咳が込み上げ、死とすれ違った硬直と恐怖を怒りで誤魔化すシエーラ。
そんな彼女の元に救援のキーラが駆け寄る。
「シエーラさん、怪我はないですか?!」
「幸いね………。
私たちは私たちで動くよ。あの娘が奴の相手をしている間に借りを返すしてやろう」
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