第115話 偶然と必然

 近藤を撃破した狗井とキーラは、ジンドウの最深部、先行研究場へと向かった。


 狭い廊下を進み、邪魔な扉を全てこじ開けて進む。


「地下研究所とか絶対タイラント秘密兵器があると思ってたんですけどね。

 いや、まだ居ない事が確定したわけじゃありませんが………」


 2人は、程なくして目的の部屋の前にまでたどり着いた。

 金庫を思わせる重厚な金属扉があり、そのドアノブに触れるには、可視光レーザーが張り巡らされた通路を突破しなければならない。


「目に見える数とレーザー射出機の数が合いませんね。可視光のセンサーと非可視光の防衛装置でしょうか……」


 そう言いながら警告線を越えた手を差し込むキーラ。


 ビュン。


「うわっ! びっくりした」


 音に驚いて手を引っ込めたキーラを、狗井が叩きつけるように壁に押さえつけた。


「狗井さん!?!?」


「落ち着つけ。お前は吸血鬼だ」


 その直後、キーラの手に強烈な痛みと熱が広がる。


「狗井さん、手がめちゃくちゃ痛い。何をしてるんですか!?」


「落ち着つけ、レーザーで指が落ちたんだ。こうして押さえつけないとパニックを起こすぞ」


「痛みが——」


 狗井は、叫ばせないようにと舌を噛み切らせないためにキーラの口に指を突っ込んだ。


「さすが吸血鬼だ。再生が始まってる。もう少し耐えろ。時期に脳内麻薬が誤魔化し始めるから」


 痛みが引き始め、額の冷や汗が止まる。開いた瞳孔と跳ね上あがった心拍数が平常に切り変わる。


「はぁ………。馬鹿な事をしました。好奇心の弊害ですね」


「いや、今のは本当にただの馬鹿だ。擁護できない」


 キーラがばつの悪そうに、首が下げているカードキーを抜き取り、壁に埋め込まれた読み取り装置にかざす。


 このカードキーのセキリティ解除権限は、最高レベルの防衛機能でさえ解除する事が出来た。


 そうして、たどり着いたのは、川のように走る電気配線と塵芥に敷き詰められた工学部品と電子機器の数々がひしめく研究室。


「おやおや………。近藤君が負けたようだね」


 白衣に身を包んだ、初老の男が独自とも会話とも区別できない言葉を発し、指紋で濁った老眼鏡を目から外した。


 タン。


 機械の作動音の部屋にエンターキーを押した音が響く。


「今、何をしたんですか?!」


 キーラが、電気配線を巻き込みながら詰め寄り男を取り押さえる。


「日本男子は、最後の最後まできっちり終わらせるのが美学だからね」


 口がにぃとさけ、黄色い歯がキーラの目の前に並ぶ。

 男を払い退けて、パソコン画面を覗き込んだ。


「ちっ。データを消したんですか」


「どうだろうね。今じゃもうシュレディンガーの猫有耶無耶さ」


「私たちが探してるのはデータじゃない。ムラマサの記憶媒体です」


 研究員は怠惰に頭を掻く。


「知らんなぁ。ここにらないぞ」


 わざとらしくズボンのポケットをひっくり返す男に、キーラは冷静に脅迫を仕掛ける。


「私は吸血鬼です。あなたをちり紙のように引き裂けますよ」


「おやおや、門前の虎、後門の狼と言ったところだ。会社に損益を出したら結果は同じ末路だからな」


 男の襟首掴み、親猫が子猫にするように体を持ち上げる。


「吐かないのなら……」


 吊られたところで男は表情すら変えない。


「吐かないよ。先を急いでいるなら別の道を探した方がいい」


 壁に突き飛ばすようにして解放すると、パソコンからのサルベージを試みた。


「黙らないと、黙らせますよ?」


「黙ってろか、それはちょうどいい…………!」


 男はキーラの質問に答えず、それよりも狗井に目を奪われている。


「君、もしかしてE10a型有機ハイブリッド個体かい?」


 キーラの制止を無視する男の目には熱中と没頭の色が差す。


「間違いない! 君はオートマトン主軸のサイボーグだな! はははっ! 近藤君が負けたと言うことは、君の方が優れている、つまり私の理論の方が正しいかったという生き証人だと言う事だね!

 いやはや、哲学的ゾンビが生き証人とはなんとも皮肉な言い回しだな!」


 男が無骨な人殺しに怖気付くこともなく歩み寄る。


「私をご存知で?」


 男の顔に歓喜が満ちた。


「覚えてるとも、君はここで私が直接脳を取り出したテロリストだよ。確か80年代だったかな?」


 激しい身振り手振りが加わり熱に当てられたように語る。


「第二次性徴期初期の被験体を渇望していた私の目の前に、さながら神様が授けたよな幸運で、君が捕獲されたんだ」


 狗井の目の中でレンズが回り、正確な測距がなされる。


「覚えがありません」


「そりゃそうさ、肉体を捨てた脳を新たな体に適応させるのに、記憶や精神はただの不安剤だからね。薬品洗浄で相当な壊滅状態だろう」


 常識人の口調で語られる狂気は、本人以外に嫌悪感を植え付ける結果となる。


「君は私の子供のようなものだ。目に入れても痛くない。

 で、その身体の使い心地はどうだい?」


 その問いに狗井が満を持して答えた。


「素晴らしいですよ。こんな芸当もできますから」


 銀の閃光が男の腹を走った。


「?」


 狗井の手には、今までもずっとその場にあったかのように刀が握られ、その刃先から真紅の雫が滴る。


 その刹那、研究員の腹から豪雨の雨脚で血と腹わたが流れ落ち、その重さにつられるように膝が崩れ落ちる。


「うごぁ………」


 ガクリと膝を落とした男の首に、刃が振り下ろされ、骨と肉だけを断たれた首が、皮一枚で胴からぶら下がる。


 一瞬で血の赤が床と大気に満ちた。


「何も言うな。アンダーソン」


「……べ、別に言う事はないですよ」


男の白衣で刀身の血を拭う狗井。


「私にとっては、アオが親みたいなモンだ。つまり………を避けたんだ」


 キーラが狗井の顔を覗き込む。


「ちょっ……と、そのジョークは過激ですよ」


 

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