フェティッシュ

 夜なき国の、栄光ある白日はくじつ銃士隊、隊長執務室にて、コウキは届いたばかりの荷物を注視し、頬杖をついていた。

 鉄なき国より送られた祭祀の礼服。

 磨きぬいた黒金すら及ばぬ艷やかな――履物だろうか。一枚の板切れに二本の紐を通しただけの代物だ。しかし、


「……これは、塗装なのか?」


 資料によれば、ウルシなる木の樹液だという。防腐性はもとより色味と光沢はどうだ。表は漆黒、底は朱に塗り分けられ、みれば金粉まで彩られている。

 またベルト代わりになるであろう足先で連結する二本の紐の、細やかな気遣いに頭が下がる。赤く染めた紐を通すだけでなく、その上に色鮮やかな布を巻いている。おそらくは足を守るためであり、またこれを履く女性の足を引き立てるため。


「……ゲタ、か。良いものを買った」


 コウキは満足げに背もたれを軋ませた。

 ゴツン、と執務室の扉が叩かれた。

 遅いと一声かけてやりたくなったが、しかし、逸る気持ちを抑えて言った。


「入れ」

「フラン・ミルレイド、入ります」


 軍人らしい底冷えのする声音で言い、フランが執務室に入ってきた。

 栄光の白日銃士隊を代表する美貌。女性らしい緩やかな丸みを帯びた輪郭を殊更に強調するような肌に吸い付く軍服。すらりと伸びる牝鹿のような足は、極端に短く着られたスカートと、真紅に塗られたブーツに飾らるる。

 そう。白日銃士隊のとは、苛烈な訓練により培われた実力は何よりも、見目麗しい兵士を集め、祝い事で先陣を切ることに由来しているのだ。


「フラン・ミルレイド、参りました」


 見惚れるほど美しい敬礼をし、フランが執務机の前で姿勢を正す。完璧の二文字は彼女にこそ相応しい。

 コウキは言う。


「我らは一国民として祭りに参加することはできん」

「はい。理解しております」

「だが祭りの気分くらいは味わいたい。そう思わんか」

「コウキ殿がそう仰られるのなら、私もそう思います」

「よろしい。では、これを履け」

 

 言って、コウキはゲタを押し出した。フランの眉が訝しげに歪む。


「これは……」

「ゲタだ。貴様にくれてやる。履け」

「――! は、はい!」


 フランは僅かに頬を染め、ブーツの紐を解き始めた。コウキはその様を注視する。やがて白い足がゲタに差し込まれ、親指と人差し指で鼻緒を挟んだ。


「こ、これでよろしいでしょうか……?」

「……うん」


 コウキは鼻で深く呼吸をした。


「では、この机に上れ」


 前夜祭が、密やかに始まった。


 

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