第24話 おしゃれラーメン杯!③
俺たちの作品は、ラーメン界の門番の逸品と同じテーブルに並んだ。カメラ映えを考慮したセットなのだろう、高級中華料理店のようなテーブルの上に置かれていた。
審査員は、散々大声で場を引っ掻き回してくれた、あのピン芸人だった。
「それでは、運命の一口目と参りましょう。ん〜、なんていい匂い!」
なんだよ運命の一口目って。二口目は何になるんだよ。
ピン芸人は、まずはおやっさんのラーメンを、ペロリと平らげてしまった。完食までの時間に、俺の茹でた麺が、のびのびになっただろうことが予想される。
「う〜ん!! うまあああああああああああああああああああああああい!!!」
口いっぱいに麺を含んだまま、大口を開けて絶叫を上げるという、かつてない、ひどい食レポだった。味とか食感とか、褒めるとこいっぱいあるだろ。語彙力がなさすぎて、来年には消えていそうな芸人一位に輝いたぞ。
スープもほとんど残さず完食しているが、俺たちの分は入るのか? 完食される保証はないが。
「続いては、こちらのラーメンをいただいていきましょう」
全部飲み込んでからしゃべれよ。まだおやっさんのラーメンが残ってるのか、口がもぐもぐしてるぞ。
「まずぅうううういいい!」
わかってたけど、こんな奴に絶叫あげられると腹立つ。どうせ食レポだって全くされないんだろうし、さっさと負けを認めて、ヘリポートに移動したいもんだ。
「なんだこれは! 不味いなんてレベルじゃない! 生の小麦粉団子じゃないか! 外側は湿ってるのに中がぱっさぱさだ! こんな物を客に出したら、店が潰れる!」
……は? 食レポしてるの?
「とにかく麺が! 麺がすべてを台無しにしている! 薄めのスープに優しく塩気と栄養を足してくれる名脇役、野菜! 油分の少なさを寛大な豚さで包みこむチャーシュー! だが麺が、麺が団子状の生茹で小麦粉爆弾だー!」
なんだよ、豚さって。ちなみに、それはチャーシューじゃない。
「とにかく麺があかんねん! 麺が!」
今度は関西弁になって、頭を抱えだしたぞ。なんなんだ、こいつは。
まるで腹を殴打されたかのような、大げさなポーズでよろよろとステージから降りたピン芸人は、ころっと元気になって、おやっさんに駆け寄ると、その片手をとって、真上にあげさせた。
「ということで! 優勝は『ステキな・マシュマロ団』に決定いたしました!」
「イエェーーイ!」
喜びの声を上げたのは、スタジオの端っこで立っていた、ジャージ姿の地味な二人組……って、あー!! あのゴスピエロの二人組だ! すっぴん、あんなに地味なのか。
「待ってください!」
会場が拍手で包まれ、番組が終わりに近いのだろう雰囲気の中、スタッフ達の中から、片手をあげてスタジオに上がってきた奴がいた。後輩の、武田だった。
お前、いたのかよ……。こんなわけのわからない目に遭っている自分を見られて、めっちゃ恥ずかしいわ。
武田は、いつもの白衣ではなく普段着を着ていたから、余計にスタッフと見分けがつかなかった。大股でずかずかとスタジオに上がり、ピン芸人にびしっと指をさす。
「あなたのオーバーなリアクションには、疑問が残ります。本当はたいして味に違いがないのに、テレビ映えを狙うために、わざと片方を激しく貶めるような食レポをしたんじゃないんですか!? ベテランと新人の職人さんを比べたら、新人の方が劣るのは自然な展開かもしれませんが、こんな、こんなことされたんじゃ、未来ある一所懸命な麺職人に失礼じゃありませんか!」
え、なんかすごい剣幕でフォローしてくれるんだな。俺は麺職人じゃないんだけどな。これ、インスタントだし。
「俺もこの料理、食べます!」
武田は、さっきまで芸人が使っていた箸を、そのまま握り締めた。
カメラの前で侮辱された芸人が、むっとした顔で腕を組んでいる。
「ぬるま湯で茹でたあげく、茹で時間が足りていない、ごわごわの小麦粉団子を食べると? 僕の食レポに嘘偽りはありません。それは本当に不味いです! ラーメンですらありません」
「いいえ、これは間違いなくラーメンですよ。だって、この番組は『おしゃれラーメン杯』じゃないですか。ラーメンじゃない物を出す料理人なんて、一人もいません」
武田はそう言って、俺たちが作った方のラーメンを食べ始めた。
「ブッ! まずぅうううういいい!」
鼻から吹き出されたよ! 美味しく作れなかった俺にも責任があるだろうけど、お前らも食べ物をもっと大事にしろよ!
「先輩、なんですかこれ!? おやっさんに失礼でしょ!」
「わかっとるわ! 俺だって反省しとるわ!」
「なんで団子状でスープの中に沈んでるんですか!」
「ぬるま湯で、茹で時間が足りなくて、半生だからだろ!」
さっき芸人が酷評してただろ、聞いてなかったのかよ。うぅ、なんで俺が、大勢の前で、がんばって作ったラーメンを批判されてんだよぉ、俺だって泣くんだぞ。
あのピン芸人が、急に真面目な顔で拍手しながら、俺達のほうにやってきた。
「麺さえ良かったら、きみたちが優勝していました」
「え?」
「このチャーシューに覆われたテッカテカのどんぶり……見る者を圧倒し、かぶりつきたい衝動をかき立てる。普段の仕事や、対人関係に抑圧されてきた人間の野性的本能を、こんなに刺激する食べ物には、他に出会ったことがありません」
肉しか褒めてない。しかもチャーシューじゃないし。
「それでは、二グループの激戦を讃えつつ、表彰式を行います」
あーあ、負けてしまった。あのゴスピエロ二人組からは、負けたらどうなるか、聞いていなかったな。まぁいいさ、俺はヘリで逃げるだけなんだからな。ついでに有沢も佐々木さんも武田も、おやっさん夫婦も、一緒に逃げればいいさ。
ん? なんか、ガス臭いぞ……?
おやっさんが、生演奏のように音質の良いBGMとともに表彰状を受け取っている、その間に、俺は背後の二人に声をかけた。
「有沢、佐々木さん、なんだかガス臭くないか?」
「古い施設だからね、ガス漏れしてんのかもしれないや」
「いやいや、してるのかもしれないやーじゃなくて、これ結構まずい状況だぞ。表彰式なんかやってる場合じゃない。ガスを止めないと」
これはただのゲームなんだから、俺は放送事故などを気にすることなく、ガスコンロを調べるために、ステンレスの調理台に近づこうとした。
その時だった。部屋中の扉が、一斉に拳で殴られ始めた。
「おい開けろ! 雷門博士をこっちに寄越すんだ!」
「なんだなんだ、これもイベントのうちか?」
「違うよ! きみの研究をよく思わない組織からの、差し金かも!」
スタッフたちが、困惑したように、おろおろとしている。大勢いる組織では、リーダー的ポジションの人間が、すぐに第一声で指示をしないと、こんなふうにうろたえさせてしまう。
俺は調理台に駆け寄って、どこからガスが漏れているのかと探した。おかしいぞ、どこにも異変がない。ここじゃないのか?
「あ、もしもしお母さん? ヘリの用意ができたんだね、すぐに向かわせるよ」
有沢が、耳にあてていたスマホを切った。
「エルジェイ、お母さんと一緒に入ってきた扉から、廊下に出て。それで階段からヘリポートに上って」
「せめてガスだけでも止めないと。また変な拳銃を持った奴が、脅かしに撃ってきたら、スタジオが爆発するかもしれない」
「僕が探しとくよ。きみよりも長くこの場所で働いてるんだから、見つけるのは簡単さ。さあ早く、連中に気づかれないうちに、一人でこっそり屋上に上がって。僕たちも適当に、頃合いを見計らって上がるから」
「ちゃんとついてくるんだろうな」
「もちろんだよ。でも、ぞろぞろときみの後ろをついて行ったら、目立っちゃうでしょ? まずはきみが、屋上に上って。きみは大事な患者さんなんだから、きみを置いて僕らが先に逃げるわけにはいかないんだよ。そういうわけだから、先にきみが逃げて。じゃないと、僕らも後に続けないよ」
有沢に背中を押されて、俺はしぶしぶ、入ってきた時と同じ扉を開けた。すぐに階段が見える。俺は一心不乱に上った。すぐに有沢達も、ついてくるもんだと思い込んでいた。
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