第23話 おしゃれラーメン杯!②
さっきから佐々木さんがちっともしゃべらないし、率先して何かをやろうとする素振りも見せない。それどころか、俺達の後ろにいるみたいで視界に入ってくれない。
さすがに俺から声をかけた。
「佐々木さん、どうやら料理対決のようですよ。あなたの一番得意なことですよね、どうか、率先して場を動かしてくれませんか」
俺は後ろでじっとしている佐々木さんに振り向いて鼓舞した。そして彼の服装に抱いた違和感に気づいて、硬直した。彼は宇宙服を着ていたのだ。
「僕、じつは肉の脂身の匂いが苦手で。嗅ぐと、嗚咽がするんですよね」
「だからって、そんな月面着陸しそうな格好しなくても。料理に失礼ですよ」
それに、相手の料理にも失礼だろ。おやっさんは脂ぎったこってり系ラーメンで、店を有名にしたんだから。
「佐々木さん、せめて手袋だけは取ってください。お肉料理が苦手なら、いつもみたいな女性に人気のヘルシーな料理で勝負すればいいじゃないですか。俺と有沢だけじゃ、あの人に負けてしまいます」
すぐに負けてしまっては、時間稼ぎにならない。
「で、ですが、僕は指示された物を持ってきただけで、ラーメンに勝るヘルシーな料理を、何も企画してきませんでした。それにこの番組は、ラーメン以外は作れないみたいですよ」
ほら、と佐々木さんが視線で指し示した先は、俺たちが立っているセットの頭上だった。いつの間にやら、大きな看板が下がっており、あの二人組が描いた落書きに縁取られた「おしゃれラーメン杯」という文字が、食欲が消失するような汚い茶色のフォントで記されていた。番組のタイトル名のようだが、どの辺がおしゃれなのかは、よくわからない。
「エルジェイ、これを茹でればいいんじゃないかな」
有沢が調理台の引き出しから何かを発見してテーブルの上に置いた。それは、おやっさんの店が販売している、ご家庭でも店の味が楽しめるようにとスーパーで売られている袋入りラーメンだった。俺は自炊しないんで、利用した事はないんだが、おやっさんの店のレジに、これが並べて売られていたのを見たことがある。
俺はほっとしたのと同時に、これが本当のテレビ番組じゃなくて、俺のために企画されたリラクゼーション的なゲームなんだと思い出した。
だよなぁ。もしも本格的なテレビ番組で、全国放送だったら、俺がエプロンもつけずに調理台の前に立っている時点で、苦情の電話の嵐だろうからな。
そうとわかったら、時間稼ぎに集中しよう。俺は袋のラーメンを作りにかかった。食材はないが、調理器具はある。
鍋に水道水をジャーッと入れて、コンロに置いて火にかけた。
「俺は麺を茹でるから、有沢は隣のコンロで、袋に入ったままのスープを温めてくれるか」
「了解」
有沢がてきぱきと、小鍋に水道水を入れて、その中に袋詰めのスープを入れると、俺の隣のコンロを点火。小鍋を火にかけ、温めてゆく。
ピン芸人が、おやっさんの方へ近づいていった。
「いやーすごい気迫でしたね」
「はい、いつもラーメンが美味しくなるように、強く強く念じながら麺を打っておりますから、どうしても顔が怖くなってしまいますね」
「さすがプロです、お客様から見えない所でも、気を張っているんですね」
「もちろんです。プロですからね」
トークが下手にもほどがあるだろ。誰だよ、台本書いたやつ。
「そして伸ばした生地を細く切ったものが、こちらになります」
ええ?
おやっさんが、さっきまでドスンドスン叩きつけていた生地を横にどかして、すぐにでも茹でられるような状態の麺を、ザルに乗せて、まな板の上に置いた。
「さあ後は茹でるだけでえええす!!」
「エルジェイ、まだお湯沸かないの?」
有沢、俺を急かしたって、お湯は沸騰しないぞ。ん? 沸騰させる必要はあるのか? それとも、そこそこのお湯で踊らせるように茹でるのか?
ラーメンの袋の裏に、説明が載ってるはずだ。……あれ? 作り方がどこにも書いてない。どうしよう、美味い作り方がわからないぞ。
「佐々木さん、ラーメンの茹で方わかりますか?」
「すみません、インスタントのラーメンは、もう十五年ぐらい食べていないので、作り方を忘れてしまいまして」
そんなことってあるのか。調理人はあらゆる料理のことが、大体は把握できるんじゃないのか?? それとも、佐々木さんがポンコツなだけなんじゃないのか。宇宙服を着て、突っ立ってるだけだし。
「すぁあああ! 後は盛り付けるだけです! 盛り上がって参りましたあああ! 盛り付けだけに!」
面白くねーよ。素人が鍋に湯を張ってるだけの絵面だぞ。どこに盛り上がる要素があるんだ。
おやっさんは盛り付けにかかってるのか、さすがプロだ、早いなぁ……って、まだ茹でてる最中じゃないか! 司会を替えろ!
売れない芸人の下手な進行に、ツッコミを入れている場合じゃなかった。俺もそろそろ麺を入れたほうがいいかな。
いいや。袋、破っちゃえ。
湯の中に麺を入れると、麺の塊がスローモーションをかけた前転のように、ゆっくりと回転していった。俺は菜箸を使って、その麺の塊をほぐそうと強めにかき混ぜてみた。
……あれあれ? おかしいぞ、ほぐれない。麺同士が互いにくっついてしまい、まるで麺でできたおにぎりみたいになってしまっている。
戸惑う俺をよそに、威勢の良い水音が隣から。おやっさんが、茹で上がった麺を勢い良く湯切りしているところだった。床が瞬く間に熱湯でびしょびしょになる。
「すぁあああ! 後は盛り付けるだけです! 盛り上がって参りましたあああ! 盛り付けだけに!」
そのセリフは、さっきも聞いたわ。盛り付け段階でテンションが上がるのは、作る側より食べる側な気がする。
それにしても、この進行役のノリは、イラッとするだけじゃなくて、こっちを焦らせてくるな。さっきからおやっさんの実況ばっかり大声で、俺たちのペースはまるで無視だ。
「エルジェイ、スープが熱くなったから、器に注ごうと思うんだけど、麺は茹で上がった?」
「うん、えっと、あぁ……」
俺は菜箸を片手に一本ずつ持って、団子状になっている小麦粉の塊を麺に戻そうと、悪戦苦闘しているところだった。
これはもう、やっちまったか? これ、一袋しかないんだぞ。
おやっさんはスープも同時に温めていたのか、大きな鍋から大きなおたまでスープをすくって、麺も器に滑り入れた。そこへ駆けつけてきたのは、おやっさんと同じ作業服を着た奥さんだった。
持って来た二つの白いタッパーには、煮卵と、紐で縛られたぶっといチャーシューが入っていた。おやっさんはチャーシューを、これまたぶっとく、四枚切る。
わー、いいなぁ、あれは俺がよく注文するチャーシュー麺じゃないか。食べたいなぁ。
そして俺達のテーブルの上には、有沢基準では熱々だと言い張る微妙にぬるいスープと、その真ん中に沈む、麺でできたおにぎりが。ラーメン屋で出てきそうな感じの、それっぽい器に盛られている分、ゲテモノ感が半端ない。
「エルジェイ、これ……」
「何が悪かったんだろうなぁ。箸で必死に、引き裂いてたんだが、全然離れなくて」
「しょうがないから、盛り付けで少しでも点数を稼ごうか。麺が隠れるくらい、たくさん具材をのせようね」
そう言って有沢は、カメラからは見えない位置のステンレスの調理台の内側の引き出しから、白いタッパーを取り出してパカッと蓋を開けた。そういえば、このスタジオに入る前に、有沢と佐々木さんは、犯人から指定された食材を持ってきたと言っていたな。それがこの……なんだこれ? キャベツの、みじん切りか?
子供の頃、一回だけ親に連れて行ってもらったバーガー屋で、コールスローとか言うサラダが出てきたような気がするな。あれと似ている。
「僕も持ってきましたよ。チャーシューです」
そう言って佐々木さんも、持参したクーラーボックスをテーブルに置いた。中には同じく白いタッパーが。蓋を開けると、何やら茶色いタレでてりてりに輝く、美味しそうな長方形が、たくさん。
「佐々木さん! これ、チャーシューじゃなくて、豚の角煮ですよ!」
「ええ!?」
ええ!? は、こっちの台詞だよ。間違えて持って来たのかよ。
「ど、どうしましょう雷門博士! あ、今から本物のチャーシューを持ってきますね!」
「皆様! 残り時間はあと三十秒! 三十秒です急いでくださあああい!! お二方あと三十秒ですよおおお!!」
うるせーよ。そして三分前とか、もっと早くに残り時間を告げろよ。秒で何ができるんだよ。
佐々木さんは涙目でおろおろしてるし……なんだよ、この地獄絵図は。
「佐々木さん、持ってこなくていいですよ。もう麺も盛り付けちゃいましたし、あまり時間をかけると伸びてしまいますから……これ、使わせてもらいますね」
俺は、コールスローと豚の角煮を器に盛ったのだった。油の旨味がスープに油膜を張り、角煮のタレがスープを濁し、細かいキャベツがびっしりと浮いた。
失敗した麺は、悪い意味で隠れたが、これを一目でラーメンだと気づく人は、あんまりいないと思う。
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