拝啓『ライトニングボルト博士!』

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

序章    きみは僕の助手

 僕はお気に入りのコーヒーカップを置いて、読みかけの本もテーブルに置いて、足を組みながら、きみを眺めた。


 きみは窓を背にして、膝を抱えて背を丸めていた。ぼーっと前を見つめて、その視線の先には、壁にかかった僕の上着しかないのに。きっと心の中では、何も見ていないのかもしれないね。


「ねえ」


 僕が声をかけると、きみは流し目をよこした。


 でも言葉はない。


「きみはどうして、あんなところを歩いてたの? ただの散歩にしては、格好がひどかったな」


 きみは無言で、また僕の上着を眺めた。雨に濡れてべたべたの僕の上着。胸ポケットに、イミテーションの白い花が一輪、差してある。


「あんたは」


 かたくなに無表情をつらぬき、不安を隠そうとするきみの、少し不安が混じっている声を聞き、思わず顔がにやけるのを、僕は手を組む仕草で隠した。


「あんたは、俺がだれなのか知っているか?」


「ふふ、


「会った気がする」


 大きなきみに、僕がカンで用意した衣装はぜんぜんサイズが合わなくて、下着はぴちぴち、黒いスラックスは足首が出ている。傷だらけの上半身を覆うシャツは、きみには規格外だった。


「俺はだれなんだ。頭がぼんやりとしていて、何も思い出す気になれない」


「当ててあげるよ。きみがだれなのかを」


 僕は床をヒールで打ち鳴らして、椅子から立ち上がった。


「ずばりこの僕、有沢ありさわ姫乃ひめのの助手になる男だ!」


 バァンと胸を張った。AカップがBに見えるくらいに。


 きみは胡散臭い妙薬の瓶でも見上げるかのような顔になる。


「……断る。今の俺は働ける状態じゃない」


「知ってる。名前も思い出せないんだよね」


「……」


 きみは返事の代わりに、うつむいた。


「有沢、って言ったか。俺みたいなのは、どこの医者なら診てもらえる」


 僕は眉毛を片方だけつり上げてみせた。日本人じゃこの表情ができる人って少ないんだってね。僕できるよ。


「お医者も紹介してあげる。でもその前に、きみじゃないと解決できない難事件があるんだ。きみに着せたいシャツを探してくるから、絶対にこの部屋から逃げないでくれるかい?」


「……」


「五階建てだ。飛び降りようとは思わないでね」


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