第39話 お仕置き
「開けろ、俺だ」
子分一人を引き連れて堂本が食事から帰ってきたのは、それから三十分ほど経ってからのことだった。
カチャと鍵を開ける音をきき、堂本が扉を開ける。
「なにか変わったことはあったか?」
堂本は無言で出迎えた小島を別に不審がることなく部屋の中に入る。
「ガキはまだ寝ているか?」
ソファーで背中を向けたまま横たわっている少年に近づく。
「――?」
しかし近づくにつれ堂本の眉間が険しくなる。
「なんだか少し太ってないか」
連れてきた時は華奢な体格をしていたのに、今はひと回り大きくなっているような気がする。
「大丈夫なのか、死んだら使い物に」
顔色を確かめようと少年の体に手を掛ける。
「――ッ!」
だがその手が少年の体に触れた瞬間、思いっきり引っ込められた。
人間の体とは明らかに違うやわらかな感触。
引っ込めた手の勢いで、背中を向けていた少年の体が、ゆっくりと向きを変える。
バサリと何かが床に落ちる。
「ヒィ」
おもわす短く声を上げる。
少年の髪の毛がまるまる全て床に落ちたのだ。
唖然と床の上に落ちた髪を凝視していた堂本が、恐る恐るソファーに視線を戻す。
そして目を見開いて、そこにあるものを見た。
そこには堂本が思い描いていた少年の姿はどこにもなかった、代わりに髪の毛が落ちた所からぴょんと飛び出た二本の耳、クルリと丸い目のようなボタンが堂本を見詰めていた。
「ウサギ……」
堂本の後ろから、その様子を見ていた子分の一人が呟くのが聞こえた。
その声で堂本が我にかえる。
「小島どういうことだ」
怒気を荒げながら、堂本は小島に詰問した。
そのとたん、今まで扉の前で取っ手に手を掛けたまま頭を下げて立っていた小島が、まるで糸が切れた人形のように、ゴトリと床に崩れ落ちる。
そしてその小島の陰から一匹の人間の大きさ程あるウサギが飛び出してきたかと思うと、もう一人の部下の首筋に何か鋭いものを突き刺す。
「なんだお前たちは!」
普通の人間なら堂本は全く驚かなかっただろう、しかし、このあまりにふざけたシチュエーションに逆に動揺する。しかしそれもすぐに、懐に隠していた冷たい重みを手にするといつもの冷静さを取り戻した。
「着ぐるみなんかで脅かしやがって!」
銃を着ぐるみに向ける。しかしその上にぴょんと飛び乗ったものがあった。
「────」
先ほど少年の代わりに転がり落ちたウサギのぬいぐるみである。目の前の人間ほどの大きさのウサギは、あきらかに着ぐるみだろうと予想はつく、だが──
(この小さなウサギはなんだ?)
銃を構えた腕に乗るウサギからは、ぬいぐるみの柔らかさと重さしか感じられない予想外のことに一瞬頭が付いていかず、堂本の動きがとまる。
瞬間背後に堂本は人間の息遣いを感じた。
ある意味、それが敵であろうとなんであろうと、人間であるという確信が堂本を少し安心させた。だから、今目の前に着ぐるみがいるにもかかわらず、背後に拳銃を構えたまま振り返えってしまった。
そして見た。
「またウサギか!!」
振り返った堂本のその目に飛び込んできたものは、見上げるばかりの巨大なウサギのぬいぐるみだった。
叫びと同時に堂本の顎をウサギの大きなこぶしがとらえた。一瞬宙を舞うように堂本の体が浮き上がる。
その顔は、いまだに自分の身に起きたことが理解できないという表情だった。
そしてその答えがでたかどうかわからないが、床に倒れピクリとも動かなくなった。
気を失ったのだ。
「どうだ、ウサギさんの怨み思い知ったか」
巨大なウサギはそういうとその頭の部分を取りはずした。
中からでてきた山崎が、満足げにフンと鼻を鳴らす。
「山崎さん! 早くこの子たち直してあげてください」
隣の部屋から腹の割かれたぬいぐるみを抱きしめながら、真が泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
「あぁ、痛かっただろすぐ直してあげるからね」
着ぐるみを腰まで下ろし本物の人間の手をだすと、山崎はまるで神業のようにぬいぐるみたちを見事に修復していった。
「こいつらのお仕置きは、こんなものでいいだろう」
自慢の服にもそのきれいな髪にも全てに埃をつけたアリスが、それを払いならが言いはなつ。
「アリスちゃん、また腕を上げましたね」
真がアリスについた埃を払うのを手伝いながら言った。
「秋之助さんも敵わないんじゃないか」
山崎もなぜか誇らしげにアリスを褒める。
「まだ、まだだ」
なぜか褒められたのに、口を尖らし怒ったような口調でアリスはそっぽを向く。しかし言葉とは裏腹に、その頬がほんのり赤く染まって見えたのは気のせいではないだろう。
山崎と真はそんなアリスを微笑ましく眺めた。
アリスの父秋之助は、このままいけば人間国宝とまでいわれるくらい人形を操るのが巧みな人形遣いだった。
そしてアリスはその技を、ぬいぐるみで受け継いでいたのだ。
そしてこの階の天井裏に潜んで、ハルの身代わりになったウサギのぬいぐるみを操っていたのだった。
「さあ、親分はどんなおもてなしをしようか」
気を失っている堂本と子分をしっかり縄で結わいて部屋の隅に転がしながら、山崎は子供がいたずらを考える時のようににんまりと微笑した。
やれやれと子供を見守る親のように、アリスと真が肩をすくめて見せる。
「といいたいところだが、さすがに親分のほうは何人でくるかわからないし、俺たちができるのはここまでかな」
山崎が言った。その時である、何かに呼ばれるように、アリスが振り返った。そして段ボールの奥に置かれている机をじっと見つめる。
「どうしたアリス」
アリスは自然にその机の引き出しに手を掛ける。しかし鍵がかかっているのかビクともしない。
アリスは周りをキョロキョロ見回すと、目的のものを見つけてそれを使って鍵を壊した。
――パーン!
突然行動に、真と山崎も止めることができなかった。
「キャ!」
「いや、すまん、まさかこんなに大きな音がするとは」
床に尻餅をつきながらアリスはそう言うと、堂本から借りた(この場合、本人は気を失っているので無許可だが)銃を床に置いた。
「アリス、なに馬鹿なことしてるんだ! これは子供のおもちゃじゃないんだぞ」
本気で怒っている山崎をしかしアリスは無視した。今はそれより感心を引くものがあるらしい。
こういうことはちゃんとけじめをつけないといけない。山崎が、アリスのもとに近づく。
しかし山崎も、アリスの手にしたそれを見て動きを止めた。
「なにか感じるのか?」
そっと目を伏せたアリスに、山崎が打って変わって静かな声で訊く。
アリスが手にしていたのは、丁度一円玉をひとまわり小さくしたぐらいの大きさの、古ぼけた紺色のボタンだった。
「まったく、私も自分がつくづくおせっかいで嫌になる」
アリスはそう言って、悲しそうに小さく微笑むと、そのボタンを強く握り締めた。
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