第26話 真と針
「人を刺すのと布を刺す感触は違いますが、あの等間隔で針穴を刺してそれが繋がっていく様子がなんとも気持ちよくて。そして、気が付くと、可愛らしい服ができてるじゃないですか。いくら人に鍼を刺しても、可愛いものは出来上がりませんが、針仕事は目から鱗でした」
色々突っ込みどころか満載だったが、あまりの予想外の回答にさすがの圭介もあんぐり口を開けたまま言葉をなくす。
一番常識人に見えていた真が実は一番危ない思考の持ち主だったかもしれない事実に頭がついていかない。
「えぇ、じゃあ真さんは刺すのが好きだったから、鍼師になったんですか?」
「そうですね。鍼師なら資格取ればすぐ働けるし、法に反することなく人を刺せますからね、一石二鳥だなって」
看護婦という選択肢もあったようだが、注射だけの仕事ではないので諦めたらしい。
可愛い顔でとんでもなく恐ろしいことを口にしている。
鍼が人に刺さる瞬間が好きって、たぶん普通の感覚じゃない。何か背中に冷たいものを感じ引きつった笑みを浮かべる。
「でも最近は何もない布からきれいな洋服ができる達成感のほうが大きいかもしれませんね。だから鍼師も好きだけど将来は趣味にして、本業は洋服作りにしたいなってもちろんぬいぐるみ以外の服も注文があれば作っていけるような」
ニコリと微笑む。
洋服作りが趣味。そんなことをいう女の子は可愛いくて奥ゆかしい。などという圭介の思い込みは今日この瞬間崩れ去った。
ふと山崎はこの事実を知っていてそれでもなお真を可愛いといっているのだろうかと、ちょっと心配になる。
「今度、圭介さんも洋服作ってみますか?」
「いえ、僕は……遠慮しときます」
真の教室に通ってみたいとは思ったこともあったが、今の話を聞いた後では、素直に応じることはできなかった。
「そうですか、でも気が向いたらいつでもきてくださいね」
真はにこやかにそう言った。
「そういえば、山崎さんってあの店に住んでいるんですか?」
圭介は話の流れを変えようと、無理やり山崎の話題を振った。
「そうですよ」
真はその言葉をいったとたん、明るい笑顔に少しだけ影を落とした。
圭介はそれを見て慌てて、
「すみません、関係ない僕がいろいろ聞くような話じゃないですよね」
あまりに真の動機が衝撃すぎたので、深く考えずに違う話題として山崎の話を振ったのだが、真の表情を見たとたん圭介はしまったと内心思った。
たぶんこの話題は、アリスの家庭の事情と、深く係わり合いのあるものになってしまうに違いないと気がついたからだ。
「うーん、でも圭介さんなら話してもいいかな」
真は少し困ったような顔をした後、自問自答するようにそう呟き頷いた。
「え?」
「圭介さんには、聞いてもらっておいたほうがいいかも」
今度は圭介をはっきり見ながらそう言う。
「なんでです?」
「だって、アリスちゃんも山崎さんも圭介さんのこと気に入っているみたいだから」
「えっ?」
本当にびっくりして思わず聞き返す。
「僕を気に入っている……」
どこをどう見てそう思ったのだろう。圭介にはまったく理解不可能な言葉であった。
「うーん、なんていうか圭介さんは秋之助さんに似てるんですよ」
「アリスの父親の?」
「見た目とかではないですよ」
見た目は秋之助さんはすごくイケメンでしたから。と何気に失礼なことを言われる。
「なんていうか、雰囲気が。優しそうでお人よしな感じとか、都会に染まってない雰囲気とか……」
褒められているのかそうでないのか、とりあえず「そうなんだ」と相槌を打つ。
「私も引き留めましたが、アリスちゃんも圭介さんを積極的にケーキに誘ったこともそうだし、今もこうして一緒に行動しているのもきっと圭介さんと一緒にいたいからですよ」
確かに見方によっては、そうとれなくもない。
「でも、これはなんか流れでって気がしなくもないのでは……」
「でもその流れに引き込んだのは、アリスちゃんですよ」
ニコリと微笑む。
「いままでも、圭介さんのような依頼を持ってきた人もいましたけど、仕事が終わったらそこでおしまい。山崎さんもお客じゃない限り、家の中に人を入れたりしなかったんですから」
「そうなんですか」
意外そうに目を丸くする。
でも山崎はどちらかというと、あまり家に入れたがっていなかったような。山崎の恨めしそうな眼光を思い出し苦笑いを浮かべる。
だが話の腰を折るのも嫌だったので、そこはあえて口に出さなかった。
「えぇ、だからもう圭介さんは、お客様というよりむしろお友達です」
「友達ですか」
なんかうれしいような、ちょっと怖いようなそんな気がした。
「だからこれからのお付き合いのことを考えると、やっぱお互い知っていたほうが後々気まずくならないかなぁって」
前に山崎にもまた遊びに来いと言われたことを思い出しながら、でもあの時はあくまで社交辞令だと思っていたが、もしかしたら、
(本当に長い付き合いになったりするのだろうか?)
あくまで真の意見なので、アリスや山崎が本当はどう思っているのかはわからない。だが、しかし圭介ももっとこの人たちのことを知りたい、そう思ったのは事実だった。
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