第12話 真の副業

 そこに立っていたのは、店の中ではそんなにおかしくは見えなかったが、この和の部屋ではあきらかに浮いた格好の真だった。


「お疲れ様です」

「あれ、マコちゃんどうしたの?」

「今日はもう終わりましたよ」


 真の言葉に、圭介たち三人はいっせいに時計を見る。ちょうど午後二時を少し過ぎたころだった。


「おぉ、もうこんな時間だったのか、ずいぶん話していたんだな」

「交代ですか?」

「いや、もう閉店なんだ」

「えぇ、ずいぶん早いんですね」

「まあ、うちはすでにできているぬいぐるみを積極的に売っているわけじゃないからな、作るのが仕事だから」


 それにしても少し早いような、本当にこんなので商売が成り立つのであろうか。


 人の店の商売方法に口出しするつもりはないし、別にいいのだが、圭介はふと心配になった。


「今はインターネットで、ぬいぐるみを見て予約してくる客も多いからな」


 山崎が誰にいうでもなくそう言った。圭介もそれに口を挟むわけでもなく、ただ黙って頷いた。


「マコちゃんごくろうさま、今日はいまからあっち」

「はい、そうです」


 真はそれにニコリと微笑んで頷くと、居間を横切ってアリスの隣の部屋に入っていく。


「マコちゃん、これからまた別の仕事なんだ」


 真の消えた部屋の襖を見つめている圭介の耳元で山崎が囁く。


「彼女あぁ見えて、鍼師はりしなんだよ」

「鍼師?」

「鍼、知っているだろ?」

「よく鍼・お灸とか書いてあるあの鍼ですか」

「そうだ」

「洋服が縫えて料理・洗濯・家事全般も完璧にこなせて、さらに疲れた人の体まで癒せるまさに天使だよ、彼女は」


 山崎が尊敬の眼差しを真の消えた襖に向ける。


「お前もそう思うだろ」

「はぁ……」


 どう答えたらいいかちょっと戸惑いながら、とりあえず頷いてみせる。


「でも、ぜったい惚れるんじゃないぞ」


 鼻の下を伸ばしていたかと思えば真顔で念を押す。

 確かに真はかわいいとは思うが、そんな今日初めて会ってろくに会話などしていない子にいくら今彼女がいないからと言ってすぐに惚れるわけがない。

 しかし明らかに真に気があるらしいこの男に、そんなことを説明してもよけいな誤解を招きかねない気がするので、圭介は分かりましたというように頷いて見せた。


「じゃあ、今日はお先に失礼します」


 丁度その時再び襖が開いて、真が現れた。キャップに無地のTシャツにジーンズという、めちゃくちゃシンプルでカジュアルなスタイル。

 メイド服のインパクトが強すぎて、わからなかったが、スッと伸びた背筋にすらりと長い手足。化粧を落とすと、少年のような中性的なでも決して悪い意味ではない可愛い小顔が現れた。


「いってらっしゃい、がんばって!」


 山崎が居間からでていく真にエールを送る。圭介もすっかりシンプルな格好になった真を見ながら「こっちのほうが僕的には、断然好きかも」と思ってしまい、慌てて頭を振ったのだった。


「ところで山崎、飯はまだか」


 圭介が雑念を頭から追い払っていると、アリスが思い出したかのようにそう訊いた。


「あぁ、圭介が一時間も早くきちゃったからまだ作ってないや、ちょっと待ってな」


 そういうと山崎は「よいしょ」と、腰をあげ台所に消えた。


「圭介っ」


 暖簾から顔だけだして名を呼ぶ。


「はっ、はい!?」


 真が出ていった先をぼんやりと眺めていた圭介は、山崎の声にびくりと肩を揺らしながら返事を返した。


「お前も食べるか?」

「えっ、あっ」


 そういえばお昼がまだだった。言われて初めて気がついたように自分の腹を抑える。


「いいんですか?」

「サービスにしとくよ」


 ニカリと笑うと、山崎は暖簾の奥に今度こそ本当に姿を消した。


「じゃあ私も宿題があるから、圭介はそこでテレビでも見て待っていてくれ」


 アリスもそういうと自分の部屋に入っていく。

 

「ふぅ」


 なんだか全身から一気に力が抜ける。

 自分でも気がついていなかったが、そうとう緊張していたらしい。それと同時にちょっとした興奮に襲われる。


(アリスの能力は本物だ。きっとこれで悪夢から解放される。それに噂どおりちょっと変わっているが、みんないい人みたいだし)


「ふぁぁー」


 そこまで考えたら大きな欠伸がでた。

 台所からはいい匂いが漂ってくる。圭介はテレビのスイッチをいれると少し体を横にした。とたんに睡魔が襲ってくる。

 そして次に圭介が目を覚ました時、辺りはすっかり夕暮れになっていた。

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