閑話・下『彩り抱擁せし緋色 -イロドリホウヨウセシヒイロ-』



 安物の財布を取り出し、さりげなくミツルが少し多めに支払おうとしたのを三人にせき止められ、結局自分達の食べた分だけを払うと飲食店を出る。


「ここの所いい天気が続いているし、お腹もいっぱいだし、気分が晴れ晴れするな」


「だねー」


 気持ち良さそうにんー、と天に向かって大きく伸びをしながら言うローリアに、後ろに続いていたアリヤも共感する。


 極度のネガティヴ思考を持つミツルはローリアの言葉を聞いて、いい天気が続くなら逆もまた然りだろうにと、真っ先に思ってしまう。アリヤはそんなミツルを知り尽くしているかのように肩をすくめると、


「また偏屈なこと考えてるんでしょ?」


「え、いや……」


 あざとくムッとした表情をするアリヤに見透かされたミツルは返事を詰まらせ、たまらず苦笑いで誤魔化す。ミツルに比べて対照的なアリヤは楽観的な思考を巡らせながら、


「いい事があるなら悪い事もある。なら、逆の逆もあるよ。悪い事柄だけが全てじゃないよ、ミツル」


 はにかんだ表情でそんな山あり谷ありをそっと説かれる。


 アリヤは初めて出会った当初から、いやにミツルの思っていることをドンピシャに当ててくることがある。口に出していないのにまるで聞こえてでもいるかのように、あるいは思考が目に見えてでもいるように的確に話すのだ。偶然という言葉だけでは片付かないほどに。


「どうかしたの?」


 シエラの声にアリヤはミツルの顔からすっ、と視線を外す。


「ううん、なんでも。ローリアの用事済ませて、早くお菓子屋さんに行こ」


「ボクが用のあるお店はこっちだ。それが済めばあとはキミたちについて行くよ」


 明るげな表情をしたローリアは方角を指さしてそう言うと先導して歩き始める。


 普段研究の片手間に摂る食事は栄養重視にかたよるあまり味を二の次にしているからか、ローリアは時たまアリヤ達とこうして美味しいものを食べに出掛けるのが凄くお気に入りであるらしい。満腹となったお腹を撫でながら、彼女は蒼い髪を揺らして先頭を軽快に歩いている。


「随分ご機嫌だな、ローリア」


 あとについて歩くミツルの声にローリアは振り向いて後ろ向きに歩く。


「そりゃそうさ。親友のアリヤとシエラに加えて、ミツルもすっかり仲間入りだ。正直ボクはあまり群れるのは好きじゃないんだが、この四人では何も不快感を得ない。嬉しくもなるよ」


 感情が昂っているのか、ローリアの頬は健康的に朱く実っている。


「ちゃんと前向いて歩かないと危ないよ」


「はーい」


 アリヤに注意され、ローリアは嬉々と笑顔を振り撒きながらも理性を損なわずしっかりと前へ向き直る。ここ数日の中で一番嬉しそうな顔をしているローリアを見て、アリヤとシエラもつられて頬が緩んでいた。


 ミツル達の出た飲食店からローリアの行きたい店まではあまり距離は無いが、少女達は道中様々な露店にも何度か吸い寄せられていた。


 アリヤは綺麗な装飾品や家具、レシピ本等。ローリアは古びた書物やマディラムを主電源とした機械仕掛けの玩具。そしてシエラは花やぬいぐるみとそれぞれの好みがはっきりと区別され、少し面白がった表情でミツルはあどけない少女達を眺めていた。


 露店の手法にまんまと誘導され道草を食ってしまったため、それほど離れていないはずのローリアの目指す店にも小一時間かけてようやっと辿り着く。


「――やっぱり歩くだけでも楽しいね、この辺りは」


「賑やかだしね」


 アリヤとシエラが喋っていると、目的地に着いたローリアが再び振り向く。


「着いたよ、ここだ。もう買うものは決まっているから数分で済むよ」


 言われながらミツルも店に入ると、ここの常連であるらしいローリアは迷うことなくそそくさと店の奥へと入って行った。


 アリヤとシエラもすいすいと進んでいくローリアについて行く。


 三人が追いつくと、ローリアの腕の中には既にいくつかの材料らしい物体と本が一冊抱かれていた。しかし、ローリアの気分はどこか沈んでいるように見える。


「あったか?」


「ああ、一通りはね。でもあとひとつ、肝心なキオネアの根っこが足りないんだ」


 ミツルが聞くと、半分肯定して半分否定するローリアはすぐそばのカウンターで仕事をしていたこの店の主人に声をかける。


「おじさん、ここに置いてあったのはもう無い?」


 ローリアと顔馴染みの店員は彼女が指をさす棚を見ると参ったな、という風に自分の頭を叩く。


「あーそれか。ついこの間スレイヤード騎士が来てな。次の任務に使うってもんで、売っちゃったよ」


「そうなのか……」


「いつ頃入荷するか、わかりますか?」


 あからさまにしゅんと悲しみに暮れるローリアを見て、後ろにいたアリヤも質問する。


「元々品数が少なかったの気付いてたからあらかじめ頼んではいたんだけど……。予定じゃあ、次の週に入ってくることになってるな」


 紙面に書かれた仕入れ表を確認しながら言う主人に、ローリアは肩をすくめて苦笑する。


「まあ、そのくらいなら。じゃあとりあえずはこれだけだな」


 そう言ってローリアは持っていた品物をカウンターに置いて会計を済ませる。


「いつもうちを利用してくれるローリアちゃんだ。入ってきたら、いの一番に連絡してやるよ」


「助かるよ」


 性格なのか、主人は紙袋に一つ一つ丁寧に詰めながら店内に少なからずいる他の客に聞こえないようローリアに密かに教える。これもローリアが常連である賜物だろう。


「また来てくれよ」


「もちろんだ。ここより品揃えのいい店もなかなか無いからね」


「上手いこと言ってくれるよ、まったく」


 にしし、と愛想良く見送る主人にローリアが手を振って店を出ると、ずれた紙袋を持ち直しながらローリアは先頭から後方へ移り変わる。


「ボクの用事は終わりだ。次はシエラの行きたいお菓子屋さんへ直行」


 言って、場所に詳しそうなアリヤとシエラに先を促した。



 〜 〜 〜 〜 〜



 ――アリヤが言った通り、新店の綺麗な建物の入口からは若い者達で溢れていた。


 四人で引きつった顔を見合わせながらも、意を決して人肉を求めるゾンビの大群のような人混みへと割って入る。


 アリヤとローリアが先に入り、ミツルもなんとか半分ほど体を割り込ませる。が、


「きゃっ」


 背後から小さく悲鳴が聞こえて後ろを振り向くと、くっついてきていたシエラが人の壁から弾き出されるのをミツルは見た。咄嗟に腕を伸ばして尻もちをつきかけていたシエラの手首を掴むと、そのまま少し強引に引っ張る。


 腕を引かれたシエラは店内に入ったと同時に勢いを殺しきれずミツルの胸の中に飛び込む。


「す、すみません」


「ああ、怪我ないか?」


「はい、大丈夫です。あの、ありがとうございます」


 シエラの無事を確認してミツルはそっと小柄な少女から身を離すと、次に店内へと顔を向ける。


 店内にも人は多くいるが、入口ほど混雑してはいなかった。きっと入口がそう広くないから結果的に詰まってしまっているのだろう。新店ならではのミス、ゆくゆくは改善策が挙がることと思われるが。


「凄ーい。見て見てミツル! 宝石みたいだよ」


 一足先に入っていたアリヤとローリア。アリヤはその場でゆっくりと二回ほど回転し、色とりどりのお菓子が陳列された店内を見渡す。


「確かに。食べられる宝石って感じだな」


 アリヤに言われてミツルも視界に飛び込んでくる光景を見る。


 飴かグミか、砂糖か、それともこの世界ならではのミツルの知らない未知の物か、透明な材質でつくられた棚の中にはそれはもう色鮮やかなお菓子が並べられていた。


 文字通り実に色々なお菓子があり、赤青緑の三原色は言うまでもなく、黄色に水色橙色、さらには桃色から紫色まで、その他にも多種多様なお菓子が売られていた。もちろん中にはクッキーやチョコのような茶色系統のものもある。


 棚の裏側には光の強過ぎない照明が置かれ、綺麗なお菓子を下からさらに輝かせる工夫がなされている。棚が透明なのもおそらくそれを意図してのことだろう。


「綺麗だな、これは人気が出るはずだよ」


 もともと興味のあったアリヤとシエラ同様、ローリアもその瞳に虹色の空間を映して輝かせている。


 ここへ来たいと言っていたシエラ当人に関しては、ミツルの胸から離れて以降金銀財宝に取り憑かれでもしたように顔を蕩けさせていた。


「あれも――あ、これなんかも綺麗」


 アリヤは棚に置かれた透明な小瓶に入った綺麗なお菓子に近付くと、指先でかつん、と軽く突いて微笑む。


「ねえローリア、あっちも見に行ってみようよ!」


「そう慌てなくてもお菓子は逃げないよ」


 ローリアがアリヤを鎮めるという珍しいかたちに、ミツルもたまらずほくそ笑む。


 ローリアは見向きもせず手招きしながら奥へ進んでいくアリヤに、ミツルは隣で未だ目を輝かせて惚けているシエラにそれぞれ苦労して、互いに苦笑混じりに顔を見合わせる。


「ローリアー?」


「ああ、今行くよ」


 すっかり綺麗なお菓子を販売する新店舗に魅了されたアリヤにローリアは呼応すると、二人で奥へと行ってしまった。


「…………」


「…………」


 残されたミツルといつの間にやら正気に戻ったらしいシエラの二人は、互いに目が合うと気まずさに顔を逸らす。知らない人から見れば初々しいカップルのように見えるのだろうが、中を開けば出てくるのはコミュ障と人見知りを両立させた密かな攻防戦だ。


 どちらから話し掛けるか、ここは相手が喋り出すかもしれないから黙って待ったほうが良いのではないかと、そんな無益な心理戦に徒労する二人。気を遣い過ぎる人間は疲れるといわれる所以は、こういった思考を常時フル稼働させているからに他ならない。


「――あの」


「――なあ」


 裏の裏をかいたシエラの声は、裏の裏のさらなる裏を読んでしまったミツルの声と丸被りした。


 ここまで同じ考えに至るとミツルとシエラは面白可笑しくなってしまい、僅かな静寂のあと二人の間に笑いが生じる。そんな共通点があってか、少し前まで気まずかった二人の雰囲気は和やかなものになりつつあった。


「……こうやって相手の言葉に被らないように配慮ばっかりしてるから、自然と口下手になったんだろうな、俺」


「それ、凄くわかるかもです。相手の話を遮っちゃう申し訳なさのせいで、どこで区切られるか探ってるうちに無口になっちゃうんですよね」


「そして次第に『あ』とか『え』とかばかり口をついて出るようになるっていうな」


「そうそう!」


 悲しい話題に共感して盛り上がるシエラに、ミツルのほうから誘いをかける。


「……突っ立ってるのもなんだし、俺達も見て回ろうか」


「そうですね」


 奥へ行ってしまったアリヤとローリアを追いかけるように、二人も数々のお菓子を見学しながら少しづつ進んでいく。


「せっかく来たんだし、シエラも何か買えば? 無理にとは言わないけどさ」


 ミツルがシエラに促すと、ちょうど綺麗なお菓子を手に取って悩んでいた彼女はその言葉に押され戻しかけていた手を引き戻した。


「じゃあ買おうかな。ミツルさんは、何か買わないんですか?」


 店内にあるこれまたお洒落な買い物かごを取ってそこへお菓子を丁寧に入れながら、シエラはミツルに問い掛ける。


「ああ、俺はいいよ」


「お菓子あまり好きじゃないんですか?」


「むしろ好きなほうなんだけど。気分、かな」


「なら仕方ないですね」


 徐々にぎこちなさの感じられなくなってきた会話に二人内心ほっとしながら、反対側の売り場にも寄る。


 今になって思えば、アリヤはわざとローリアを呼んでミツルをシエラと二人にしたのかなと、そんなことを考える。はしゃいで奥へ行くことで自然体を演じ、滑らかかつ速やかにこの場を離れる。知的で思慮深いローリアなら察してくれるだろうと、そこまで計算に入れて行ったのではないかと。


「……そこまで計算高いかな、あいつ」


「何か言いましたか?」


 無意識に口から漏れていた言葉をシエラに聞かれ、ミツルは「いや、何も」と咄嗟に否定する。それから意識を別に向けさせるため、ミツルはシエラの持っている買い物かごに目線を落とす。


「結構入れたんだな?」


「へっ!? あ、やっぱり多い、ですかね……?」


 ついさっき見たときはまだ一つしか入っていなかったかごには、いつの間にかまあまあの量のお菓子が新入していた。


 直情的に言ってしまったミツルは「あー」と必死に取り繕いながら、


「一つ一つが小さいし、値段もそんなに張らないからいいんじゃないか? ほら、質より量ってやつだ」


 言うと、不安がっていたシエラの肩から緊張の空気が抜け落ちるのが見えた。


 咄嗟に出た言葉だが、ミツルは嘘は言っていないつもりだ。


 かごの中を垣間見た限り、入っているのはシエラのようにこじんまりとしたお菓子ばかりだ。駄菓子と呼んだほうが正しいまである。実際駄菓子はその小ささから、普通のお菓子と比べて比較的安価なものが多い。


 子供のお小遣いでも買えるようなお手頃価格なものばかりだし、一つの値札を見てもさっきアリヤが見ていた小瓶のお菓子の半分以下の値段にしかならない。


 ――などと自分に言い聞かせるように言い訳じみたことを考えていると、アリヤとローリアが同じ形をした色違いのかごを仲良く片方ずつ持ちながら帰って来た。


「ただいまー。あ、思ったとおりやっぱりシエラも買うんだね」


 そう言いながら上機嫌で戻ってきたアリヤのかごにもいくつかのお菓子が入れられていた。中には最初アリヤが小突いていた小瓶のお菓子も混じっている。


「みんな女の子してるな」


 ミツルがアリヤのかごを覗き見て言っていることに気付いた彼女は頬を赤らめながら、


「私一人のが入ってるんじゃないよ、ローリアのも一緒に混じってるって!」


 食いしん坊と思われるのが嫌なのか、アリヤは口調を強めてミツルに言い返す。


「わかってるよ。俺も甘いの好きだけど一気に沢山は食べれないから、そう思えば多いなって感じただけだから。そんな変な風には思ってないっての」


「ホントにー?」


「なんでそこ疑うんだよ……」


 じとりとした目つきで真意を探ってくるアリヤにたじろぎながら、ローリアに助けを求めるようにミツルは苦笑いして傍観しているローリアを見る。


「ボクのも入っているよ。なんならアリヤより多く入れてるしね。頭を使うのに甘いものは必須だから」


「買い過ぎとか多過ぎとかそこまで言ってないだろ……。みんな過剰じゃないか?」


「失言だったのかさっきの」と上目で後悔を思い返すミツルに、アリヤは首を横に振って優しく答える。


「冗談冗談。別に気にしてないよ。私たち三人とも、食べても全然太らない体質みたいだし」


「そうなんですよ。嬉しい共通点だよね」


 ミツルを見てからアリヤとローリアに笑顔を振り撒くシエラ。そんなシエラにローリアは笑顔を返しながら、


「ミツルともだいぶ気楽に話せるようになったじゃないか。一日で大進歩してボクも嬉しいよ」


「子供みたいな扱いしないでよローリア!」


 改まって言われると気恥ずかしいのか、シエラの顔はまわりの色鮮やかなお菓子に紛れて紅くなっていた。


「まあまあ。シエラはそれだけでいい? 私達はもう買ってくるけど」


「う、うん。私も買うよ」


 アリヤになだめられ、自分のペースに戻ったシエラは会計場所の列に並ぶ。


「俺はもう少し見てるから」


「そう? じゃあ買えたら声掛けるね」


「ああ」


 シエラの後ろに並びながら言うアリヤに、ミツルは短くそう応えた。


 ――列を作っていたから少し時間がかかりそうなものだと思っていたミツルだが、店員が優秀なのか、ものの十分とかからぬうちに三人は戻ってきた。


「早かったな」


 ミツルが言うと、買い終えてそれぞれ紙袋を持った少女達が歩み寄ってくる。


「お店の人が手早かったからね。このお菓子屋さんを開く前にも、別の場所でお店をしていたらしいよ。だから慣れてるんだろうね」


「なるほどな」


 そう言うローリアを見てみると、先ほどの得体の知れない材料の入った紙袋も持って両手がふさがっていた。


 ミツルはその様子を見ると無言で手を差し出す。


「?」


「持ってやるから、どっちか重い方貸せ」


 意図が読めなかったらしいローリアにそう言うと、彼女は蒼い髪とスカートを揺らしながら顔を綻ばせて「ありがとー」と手渡してくる。


「私と買い物する時もそうだけど、そういうとこでの気遣いも抜かりないよね、ミツルって」


「え、今の素だったんだけど……」


 至極当然のようにした行動も、アリヤは敏感に察知して嬉しそうに和やかな笑顔を向けてくる。


「……今までもそんなこと思ってたのかよお前」


「へへー」


 改めて言われるとミツル自身なんだか恥ずかしくなってしまい、赤面した顔を隠すためにも颯爽と出口へと向かう。


「――で? あとはどこ行くんだ」


 外へ出てから少女達に振り向くと、その中でローリアが申し訳なさそうに面相を歪める。


「あー悪いね。ボクは今日ここまでだ。一日手付かずだったし、帰って研究の続きをしないと」


「たまには休みも入れたほうがいいんじゃない? 体に悪いよ」


「だからこうして甘いものを買ったのさ」


 心配に眉を寄せるシエラに買った紙袋を見せながら、ローリアは「ごめんね」と謝罪する。


「じゃあ持つ必要無かっただろ……。先に言えよな」


「いやいや、ミツルのその行動を見ることにこそ意義があるんだよ、わかってないねキミ」


 持ったばかりの紙袋を返すミツルに、ローリアはちっ、ちっ、と人差し指をメトロノームのように左右へ傾げながら受け取る。


「じゃあもう今日は解散にしよっか。一番楽しみにしてたローリアも帰るし」


「陽も沈んできてるしね」


 次に言おうとしていたことをシエラが継ぐと、アリヤはうん、と頷く。


 確かに辺りは夕色に染まりつつある。仮に次へ行ったとしてもすぐに暗くなってしまうだろう。アリヤはミツルと帰るからまだしも、ローリアとシエラは帰路で一人だ。危険は避けるに越したことはない。


 ミツルはアリヤからお菓子の入った甘い香りの漂う紙袋を預かると、ローリアとシエラに背を向ける。


「ならここでお別れだな。またな」


 ローリアは手が振れない分、声に気持ちを込めて言う。


「ああ。シエラも、じゃあな」


「は、はい。今日はありがとうございました!」


 ミツルがアリヤと共に反対方向へ歩き始める。


「今日の晩飯の材料買って帰らなくていいのか?」


「うーん、多分大丈夫。ありものでも私の腕次第で化けるから」


「偉い自信だな」


「不安?」


「いや、任せるよ。俺も手伝えることあるか?」


「じゃあ野菜の皮むきお願いね」


「ざ、雑用かよ……」


 そんな風に長閑な会話を交わしながら、ミツルとアリヤの二人は遠のいて行く。


「――とってもいい人だね、ミツルさん」


 段々と陽の落ちていく街道を去るミツルとアリヤを見送りながら、シエラはぽつりとそう呟く。


「だろう? ミツルもシエラも、内面で似た部分があるからね。きっと二人は仲良くなれると思っていたんだ」


「うん」


 ローリアの話に相槌を打ち、シエラはもう一度二人へと顔を向ける。仲睦まじく言葉を交わしながら離れていく真っ黒な背中と真っ白な背中を見据え、込み上げてきた思いをふと口からこぼす。


「あの二人、付き合ってるのかな」


「……いや」


 気になって言ってみた言葉に、しかしローリアは否定の一声を喉から押し出す。


「付き合ってはいないよ。――まだね」


 そんな意味ありげな声音で語るローリアの瑠璃色の双眸は、眩しい夕陽の緋と混ざりあってわずかに紫味を含んでいた。


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