第一幕・一『失敗の犠牲者 -シッパイノギセイシャ-』


 ――――月明かりと街灯で照らされた道のりを、買い物袋片手にみつるは歩いていた。


「……ったく、どれもこれも値段高すぎだろ」


 ユスリカの飛び交う街灯の下で立ち止まり、レシートを見る光は溜め息混じりに顔をしかめる。


 時刻は午後の八時過ぎ。


 ご飯のおかずとなるものが家に無かったため最寄りのスーパーで買い物を済ませた光は、値上げにより高くなった数字の印字された紙をくしゃっと握りしめ買い物袋に突っ込むと、同じ間隔を保って設置された街路灯の道を再び歩き出す。


 一定の速度で歩くみつるの背中を闇夜の中で輝く月が追いかける。

 曲がっても曲がっても、上空から監視でもしているかのようにべったりと張り付いて逃してくれない。

 一つとして全く同じ形の無い、まるで人の生き様のように歪いびつな雲は、それを阻止しようと月の前に立ち塞がる。

 周りで煌めく星々は、さながらそれを観戦する閑寂な群衆のようだ。


 暗闇の中でうっすらと見える石ころを思うことなく子供のように蹴りながら歩く帰り道――。


 みつるが黒いアスファルトを見下しながらしばらく歩いていると、ふと視界の端に異様な明るさを感じて前方の北の空を見上げた。


 いつからあったのか、みつるが見上げた北の方に先が見えないほど空高く突き抜ける光が一直線にのびていた。


「……なんだ、あの妙な光」


 通常のスポットライトくらいならば、あそこまではっきりと天高くまでのびるはずがない。しかも細い。


 それに――。


 人工的な光では無いと、なぜだか直感的にそう思えた。

 神々しさを醸し出している光は、穢れなど知らないと思わせるほどに真っ白な輝きを放っている。

 その眩し過ぎるほどの白い可視光線は、どことなく恐怖すら抱く、そんな感じのするものだった。


 平生暇を持て余し、何か面白いことは無いだろうかと退屈な日々を送り続けていたみつるは、内から込み上げる好奇心に誘われ前方にある光へと早足で歩を向かわせた。



 〜 〜 〜 〜 〜



 ――消える前にと足早で向かっていたみつるは訝しんだ。


 いくら夜の八時と言えど、往来する車は少なくない。

 ちらほらと歩道を行き交う人達が数人見受けられるが、あの眩いほどの光線を不思議なことに全く気にしていない様子なのだ。まるで自分にだけしか見えていないかのように。


 目に映っている人々は、至っていつも通りの身勝手な者達ばかり――。


「ご飯いらないって、最近そればっかじゃない!」


 周囲を気にせず電話越しに怒鳴り散らす主婦。


「この前知らない女の人と腕組んで歩いてたけど、あれ誰よ!」


「誤解だって……」


「しらばっくれんな!」


 公共の場で痴話喧嘩をする、馬鹿なカップル。


「ぅえ――っ、かは……っ!」


 早くから酔い潰れ、遠慮なく路傍で嘔吐する会社員。


「暴れんな、落ち着けってこら! やめろ!」


 職務質問で素直に応じず、警官と取っ組み合う若者。


 有象無象が好き勝手に生きているにもかかわらず窮屈に感じる世界を苦に思いながら、導かれるように光へと歩みを進める。


 光は依然輝きを放ったままだが、いつ消えるやも分からない。


 そんな焦る思いをみつるはぐっと押しとどめる。

 通る車が邪魔なのと、晩ご飯がまだだったために起きる空腹感に苛立ちをおぼえた光は、待ってられるかと言わんばかりに既に点滅し、赤に変わる直前だった信号を無視して横断歩道を飛び出した。


 ――そしてそれとほぼ同じタイミングで、発砲音のような乾いた破裂音が一瞬鳴り響いたのが耳に伝わった。


 直後にぱすん、と空気の抜ける音が聞こえると、車線の左側から走ってきていた自動車がぐらりと傾き不規則な動きを見せはじめる。フロントガラスの向こう側では運転手が焦っている様子がうかがえ、暴れるタイヤを制御しようとしながらみるみるこちらへと近付いてくるのが見て取れる。


 慌てる運転手とは反対にみつるは随分と落ち着いており、持ち前の動体視力で躱かわせるものと思っていた。だが、何度も何度もハンドルを切り返して右へ左へと蛇行する車に、


(……ばか、あせんな。それじゃけるに避けれな――……)


 そう思っている間には、激しい騒音と共に身体全体に重い衝撃が走っていた。

 ついさっきまで接触していた足と地面は離れ、手に持っていた買い物袋が宙を舞い、見ていた光景がスローモーションのようにじわじわと傾く。


 ゆっくり、ゆっくりと動く視界とは逆に、常識を超えた速度で思考がフル回転する。

 つまらないモノクロの映像フィルターを独りで遠くから眺めるようにして、双眸そうぼうに映す景色をぼーっと鑑賞する。

 天地がひっくり返り逆さまとなった視野の向こう側で、細々とした明るい光の柱が静かに輝きを放っているのが見えた。


 ――そして頭で理解したと同時に再び身体に衝撃が加わり、アスファルトの地面と腹部が密着した。


(ああ…………轢かれたな。パンクかよ……)


 地面にうつ伏せに倒れたまま、自分でも驚くほど冷静に状況を把握する。

 みつるを轢いた車は斜めに停車して車線を塞ぎ、そのため周囲の車が強制的に停止する。ざわざわと蟻の大群のように動揺しながら運転手達が車から続々と降り、事故現場に立ち会った歩行人も自分を囲みどよめく。

 必ず一人や二人はいるであろう非常識な者が、携帯を耳に当てることをせずカメラ機能をかざす。


 数々の車の点滅しているハザードや赤信号が赤黒い物で覆われていき、混同したそれらがさらに視界を紅く染め上げる。


 額から輪郭に沿って汗のように鉄の臭いのする液体が滴り落ち、引力によって寝そべる地面に赤い血溜まりを形成していく。

 皮膚もじりじりと火傷したように熱くなり、それが吹き飛ばされて地面に擦られた摩擦熱によるものなのだと勝手に解釈する。


 浅く息を吸うと、持久走で走った時のような、もしくはそれ以上の痛みが光の右の肺に突き刺さった。


 鼻に突きつける焦げた臭いはどうやら接触した自動車のタイヤから発せられているものらしく、いかに運転手が慌てて急ブレーキを踏んだのかがよく分かる。


 打ちどころが悪かったのだろう、四肢を動かそうとするも、まるで透明な何かに全力で押さえつけられているかのようにぴくりとも微動だにせず、言うことを聞かない。

 己の高鳴る心臓が警笛を鳴らして破れた血管と同時に脈を打ち、それがだんだんと脆弱して行く感覚を美味しいスープをじっくりと味わうかのようにその身で感じる。


 なぜだか声は出なくて、まるで人形になった気分になる。


 かろうじて動く眼球に滲んで映るのは、先ほど揉めていた警官と一人の男の姿。

 世界がぼやけているのと距離が離れているために表情までは見えないが、どうも二人からは絶望の思いが感じられた。


 やがて冴えていた思考と視界が徐々にぼんやりと薄く、そして霞り始め、意識が遠退いて行く中でみつるは思う。


(無意味で、無駄で、失敗ばかりの人生だったな……。結局最期まで、俺の世界は灰色だったのか…………)と。



 〜 〜 〜 〜 〜



 ――――どのくらい意識が無かったのだろう。



 小鳥のさえずりと肌を撫でる心地よい風で失った意識がはっきりとしてくる。


 目蓋の向こう側から眩さを感じて目を開けると、さっきまで暗い海のように広がっていた空が視界を覆うほどの薄みがかった青空に変わっていた。


 息を吸うと、よく澄んだ空気が鼻孔を通って身体全体に染み渡っていく。


 と、そこでみつるは疑問を抱いた。


 先ほどまで鈍い激痛が走っていた身体全体からは、嘘のように痛みが消えている。痛覚を恐れて胸に手を当てがりゆっくりと呼吸をしてみるが、肺にも痛みは感じない。

 また、己を支えていた硬いアスファルトの地面が、ふさふさとした柔らかい草に変わっている。それ以前に、さっきまでうつ伏せに倒れていたはずだ。なのに今は仰向けになっている。


 そんなふうに軽く混乱しながら瞳孔の絞られた眼球を上下左右に動かして周囲を見渡し、確認し、そして絶句した。


「――――は?」


 呼吸をする中、吐いた二酸化炭素と同時に出た第一声はそれだった。


 自分が生まれ育って住んできた国にはここまで広大な大草原は存在しない。見渡す限りの緑の地面が境界線まで果てしなく続いている。

 牧草地だとしても動物など一頭たりとも見当たらない。


 それに薄い青空というのもどこか妙だ。

 藍白あいじろと呼ぶべきか、至極綺麗だがこんな空は見たことがない。

 その遥か遠方では緑と湖で覆われた島がいくつも点々とし、


 寝転んでいる真横で風に揺られ、伸び伸びと咲いている花も見たことのない花だ。周囲にいくつもの白い光体を飛ばしながら、青々とした花は綺麗に元気に咲き誇っている。

 別に植物に詳しいわけではないが、少なくとも記憶している花では合致しない。そもそもの話、光を撒き散らす花など聞いたこともない。


 ――そして何よりもみつるの目を引かせたのは、頭上で見事に尽きるとしか言えないほどに伸びている樹木、いや、大樹だ。

 かの有名なセコイアなど比べものにならないくらい遥かに大きく、幾百にも枝分かれした先からは新緑のような葉が連なっている。

 壁かと思うほどに太い幹は、裏側に回り込むだけで数分はかかりそうなものだった。

 そんな途方もなく大きな広葉樹が、この大草原のど真ん中に一本そびえ立っていた。


 どういった条件下でこれほどまでに成長するのだろうとしばらくの間その大樹を感嘆しながら眺める。木漏れ日と心地のいい風に煽られていつまでもこうしていたいという気持ちを押し殺し、みつるはとりあえず起き上がろうと腹筋に力を入れ、一気に上体を起こしそのまま立ち上がった。


 見飽きることのない大草原の絶景の中で、みつるは信じ難い自分の考えを、しかし自信を持って口にする。


「……別の惑星。いや、これは異世界、だろうな……」


 そう確信したのは今なお浮いている島の数々だ。


 それが無ければどこか別の国にいると錯覚していただろう。

 しかし自分のいた世界ではあり得ない現象だし、漫画やアニメにはこうした風景がよく描かれている。


 人間が理解している宇宙の概念は、極小に過ぎないと言われている。

 人類が把握している元素が全てとは限らないし、もしかすれば現状解明されている様々な現象さえも宇宙全体からすると砂粒程度にも満たないのかもしれない。


 そう考えるならば他の惑星に来てしまったという可能性も天文学的数字ではあるがゼロではない。だがそれを視野に入れたところで不可解なのには変わりないし、逆に入れてしまえば話なんてどうにでも転がる。


 一体どういう原理で浮いているのか見当もつかないが、とりあえず状況整理をし、自分の今置かれた立場を解決しようと努力する。


 けれども、この広々とした草原を北も分からぬまま徒歩で進むのには無理がある。

 それに東西南北というのはあくまで元の世界での話で、別世界となると日の座標も変わってくるためあまり期待はできない。そもそも今照りつけているあの光体が果たして恒星なのかも定かではないのだ。


 しかし、気が遠のく中でようやっと死んで楽になれたと思えたのに、目が覚めればおとぎ話に出てくるような世界に自分一人。


 ――さてこれからどうしたものかと腕を組んで頭を悩ませていると、ついさっき眺めたばかりの空から光に包まれた何かが目の前にゆっくりと降下してくるのを光みつるは視認する。


『何か』とはおかしい。正確には『誰か』だ。

 完全に人の形をしている。


 遠目では判別つかなかったが、近くまで来て目視で見てみると、降り立ったのは一人の女の子だった。――少女が地面に足を着くと、彼女を包んでいた光がパッと消失した。


 美少女だった。


 十代半ばくらいだろうか。

 透き通るように白く綺麗な肌、整った顔にはまだ少し幼さが残り、伏せられた睫まつ毛げは長い。

 日の光を反射し、眩まばゆく煌めく特徴的な銀色の髪は肩甲骨の辺りまで伸びている。背は光みつるよりも低い。


 端正な顔の下、つまり服にあたる部分の中央には周囲の碧あおい花や蝶々と同じ色をした緩く締められたネクタイ。少し短めなスカートの丈部分にも小さな碧あおい宝玉が施されている真っ白な服は、靡なびく銀髪と同じ方向に揺られている。


 背景の大草原と見事なまでにマッチしていた。

 純粋な気持ちで、写真を撮って額縁に入れて飾っておきたいほどだ。


 少女が瞼まぶたを開くと、そこには翠銅鉱すいどうこうのように輝く透き通った瞳があった。

 潤いのある唇がゆっくりと開き、その奥から安らぎのある声が発せられる。


「――――あの、大丈夫ですか?」


「…………」


 ――みつるは自分を含めた人間が嫌いだ。

 それは嘘ではない。


 性善説や性悪説を彷彿とさせる、しかし善よりも悪のほうが明らかに濃いこの種族は、罠を張り巡らせ、争い、嘘をつき、騙し、蔑み、そして見下す。


 老若男女問わず、人間とはひどく卑劣で途方もない劣等種である。


 そんな人間嫌いの光は当然、初恋もまだだ。

 イコール童貞というのもあるが、別に恥ずかしいわけではなかろう。

 寧むしろ童貞であるということは穢れなき身体でもあるが故、慢心にさえ思っているのだ。


 勿論、一人間として、男としてすれ違う異性で可愛いなと思う娘はいる。

 しかし、それ以上の感情が芽生えることはなく、恋愛へと発展する事もない。可愛い止まりで終了なのだ。


 モテたいが付き合う気はさらさら無いという変なポリシーを胸に抱き続けてきた光だが、過去に出会った中でもおそらく一番と言っても過言ではないほどに、目の前の少女は可愛かった。


「どこから来たんですか? えと、言葉はわかる、かな……?」


 思考を回転させていた光みつるは、おろおろと困った顔をしてこちらの顔をのぞき込む彼女にまだ返事をしていなかったことに気が付き、慌てて口を開いた。


「……ああ、わかるよ。……その、君は?」


 返事を返すと少女は安堵の吐息を漏らし、その後かすかな微笑を口元に浮かべながら再び喋り出す。


「良かった……。私の名前はアリヤ。アリヤ・エルスティッグ・ドールネス・エイリヤージュだよ」


「あ、アリヤ、ドール……、えいり?」


 突如耳に飛び込んできた横文字に、光は言葉を詰まらせながら戸惑う。


 外国ではこれ本人覚えてるのかと疑うほど長ったらしい名前がある。特に王家や貴族は代々続いている名前のため、どうしても長くなってしまうのだろう。それを除いても、かの有名な画家であるピカソも洗礼名が付いているため大変長い名前を持つ。


 対して日本人の名前はだいたい十文字以内に収まるのが普通だ。

 黒崎 光というのも漢字だとたったの三文字、ひらがな表記にしてもせいぜい六文字である。

 日本で一番長い名前も寿限無以外知らないし、聞いたこともない。


 よってれっきとした日本人である光みつるはそんな呪文のような名前を一度で覚えきれる記憶力を持っているはずも無く、慣れない外国のような名前を微妙な口調で復唱していると、少女ははにかみながら優しくもう一度答えてくれた。


「アリヤ・エルスティッグ・ドールネス・エイリヤージュ。アリヤって呼んで? みんなそう呼んでるから」


「わかった。アリヤ」


 アリヤと名乗る少女はうんと元気よく頷くと、今度は光の名前を聞いてきた。


「俺は光みつるだ」


「ミツル……? 変わった名前と……服装だね」


 そんなことを呟きながら、彼女はミツルの顔と服を何度か目で往復する。


「その、ミツル……は、どこから来たの? 見たところ荷物も無さそうだし、ここは徒歩で来れる場所じゃないと思うんだけど。マディラムで飛んできたとか?」


「マディラム? いや、俺は多分別の世か……」


 と、そこまで口にしたところでミツルは思わず言葉を止めた。


 ここが異世界であろうとなかろうと、別の世界から来るのが果たしてこっちでは常識なのかあり得ないのか判断しかねたからだ。


 あまりこちらの情報を露呈するとヘマをしてしまうと思ったミツルはまず、異世界から来るのが異常なのか怪しまれないように聞くことにした。


「……なぁ、急に何だけど、この世界では異世界から人間を召喚するのは不自然なものだっけ? いざ思慮深く考えてみると、ロマンのある話だなと思ってさ」


 直球過ぎただろうか?


 生あい憎にくコミュニケーション不足なため華麗な横流しは出来なかった。


 しかしアリヤは戸惑いはしたものの、質問に答えてくれる。優しい娘だ。


「え? あーうん。 いくらマディラムの使い手でも、異世界から人間を召喚しようだなんて無理だよ。無理に召喚しようとすれば、あっちとこっちの境界に身体を切り離されかねないからね」


 アリヤはそう言って視線をミツルの背後に生える巨木へと移動させる。ミツルもつられて後ろへ振り向く。


「オルメデスの願いをもってすれば、あるいは不可能では無いと思うけど……。それを長年どうしても解決出来ないでいるから、世界の難問の一つとして学術論文に用いられる事もあるんだよ。――まさかミツル、知らないの?」


「あ、ああ……」


 危なかった。

 下手に異世界から来ましたなんて口走れば頭がおかしいと思われかねないし、それ以上に研究対象にされる危険性がある。


 そしてもうひとつ分かったことがある。それはこの世界で異世界ないし別の世界という概念が認知されているという事実だ。


 ミツルは「やっぱりそうだよな」、と軽くその話題を打ち切り、先ほどの質問に答える。


「俺は東の方から来た。……と言っても実はさっきここで目覚めたばかりで、今の状況があまり把握出来てない。

 多分あまり世間では知られていない分布域から来たから、この辺りは全くと言っていいほど何も知らないんだ」


 後半適当にでっち上げたブラフだったが、上手くいったようだ。


 アリヤは自身の細いおとがいを手でなぞり、驚いた素振りで答える。


「東? へー。あそこって人住んでるんだー」


 アリヤはミツルの正面向かって左側に顔を向けながら、遠くに微かに見えている山々を見据える。


 ということはアリヤが今見ている方向が東なのだろう。方角がひとつでも明確になればあとは簡単だ。つまりミツルの背中側が北、右が西、そして彼女の背後が南である。


 ――アリヤは霞んで見える山岳地帯を一眸したあとゆっくりとこちらへ振り向くと、何を思ったのか急にじっと澄んだ緑の瞳で見つめてくる。


「な、なんだよ……」


「…………」


 見慣れぬ宝石のように現実離れした双眸で見つめられ、意図の読めないミツルはむず痒くなってたまらず視線を逸らす。

 電子レンジの前で温まるのを待つのが長く感じるようにそんな膠着状態が十秒ほど続くと、アリヤと名乗る少女ははっとした面持ちで、


「――……え? あ、ううん。何でもないよ、何でも……」


 そんな意味ありげな言葉で下手に誤魔化すアリヤの澄んだ瞳とは正反対に、ミツルは訝しんだどす黒い眼まなこで見返す。


 よもや彼女が自分をこの世界へ呼び出した張本人なのか? にしてはどこから来ただの、何て名前だのと的外れな質問ばかりをしてくる。


「それで、ミツルは記憶に齟そ齬ごがあるってことね? 荷物も無しに、どうしてこんな場所で彷徨っていたのか疑問だけど……」


 そこで一度言葉を切り、アリヤは顎に手を当てて再び続ける。


「わかった。私でよければできる限りミツルを手伝う。とりあえず街に戻りながら話をしよ。他になにかわからない事があったら何でも言って?」


 どうやら東西南北の概念は通用するらしい。この世界での疑問がさっそく一つ減った。


「ああ、助かる」


 そうしてミツルはこの世界の仕組み、先ほどの謎の単語『マディラム』の意味、その他諸々の情報をアリヤから聞き出すことに成功した。

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