最終話 やりたいこと

10分ぐらい経って

「田辺さんどうですか」


「描けましたよ」


「早いですね」


沢村さんはバットを置いて、

ニヤニヤしながら俺の隣に座った。

俺は沢村さんにスケッチブックを渡した。


沢村さんはスケッチブックをじっと見つめながら、

不満そうな顔をしている。

「なんですかこれ」


俺は沢村さんに聴いた

「やっぱり、下手ですよね」


「じゃなくて、めちゃくちゃ

 上手いじゃないですか」


「そんなわけないですよ」


「嫌味ですか」


「違いますよ。事実、黒木は入部してすぐに

 賞を取ったのに、俺は取れなかったですし」


「それって、田辺さんが下手なんじゃなくて、

黒木君が上手すぎたって話なんじゃ・・・」

「田辺さん、ちょっと待ってください」


沢村さんは腕組みをして、少し考えた後、話し始めた。

「1つ確認したいんですけど、野球は本当に、

チームの中で実力が10番目だったんですか?」


「それは間違いないです」

「阪大桐蔭の尾根崎って分かりますか?」


「分かりますよ。1年からレギュラーで、

甲子園に出て、将来はプロ野球確定って

言われてる選手ですよね。」


「小学生の時、同じチームだったんですよ。

実力が桁違いで、

小6で130キロ投げるし、打っても、柵越え連発ですからね。

俺なんか、120キロしか出なかったですし。

やめて、正解でしたよ」



「・・・・・ウソでしょ」

なぜか、沢村さんは固まっている。


「ウソはついてないです」


「そういう意味じゃなんですよ!」

「120キロって速いと思わないんですか?」


「プロは150キロとか投げますからね。」


「いやいや、小学生で120キロって

 怪物じゃないですか!」

「体が成長していけば、

普通に140キロとか出るでしょ!」


「そういうものなんですか。」

「でも、チームで10番目の実力なのは事実ですよ。」


「事実の分析が間違ってるんです!

 尾根崎さんがいたチームってたしか、

 世界大会で優勝するようなチームですよね。

 そのチームで10番目に上手かったら、

 どこのチームに行ってもエースで4番ですよ!」


「無理ですよ、そんなの」


「比較した相手が超怪物なだけで、

 田辺さんは十分怪物ですよ。

 しかも、野球歴3か月ですよね!」


「そうなんですか」


「絶対そうです!」

「田辺さんって、すごい人なんですよ」


「そんなことないです。

水泳、ピアノ、空手、サッカー、書道とか

いろいろやりましたけど、いつも中の中でしたよ」


「あの~、一応聴きますけど、それも、周りにいた人は

怪物だったんじゃないですか」


「怪物かは分からないですけど、確かに、

全国や世界で優勝した人とかいましたね。

母さんが、せっかくやるならって、

名門のクラブや教室に通わされてたんで」


急に、沢村さんは、俺の両肩をつかんできた。


「こんなとこで何やってるんですか!」

「万能すぎでしょ!何をやっても全国レベルって、

 チートじゃないですか!」

「周りの人はなんでこんな人、ほっといてるんですか!」

「ありえないって!」

「田辺さんは、こんなクソ普通の学校にいちゃダメです!」

「速攻、転校すべきですよ」

「ていうか、田辺さん、筋肉すごいですね」

「アスリートじゃないですか」

「ヤバい、ヤバい、ヤバすぎでしょ!!」

沢村さんは、目を見開いて、興奮してしゃべり続けている。


「沢村さん、肩が痛いです」


沢村さんは、我に返ったようで、

「すみません」

そう言って、手をおろした。


確かに今まで、クラブや教室をやめる時には、

もったいないから続けるように言われてきた。

でもそれは、全部同情だと思っていた。

実際に俺より上手い人が周りにいたから。

沢村さんの言う通り

俺は、人より能力が高いのかもしれない、でも・・


「沢村さんの言う通りなのかもしれません。

 でも、今までいろんなことをやってきて、

 楽しいって思ったことはありませんでした」


「そんなチート能力があれば、

 絶対楽しいですよ」


「決めつけないでください」

「楽しくなかったのは事実なんです」

「だから、初めてなんです」


「何がですか」


「沢村さんの練習を手伝ったり、話したりするのって

楽しいです。こんな風に思ったのは初めてなんです」


「田辺さん・・」


「だから、これからも朝練手伝いますね」


「ダメダメ!それは、絶対にダメです!!!」


「なんでですか、自分のことは自分で決めます」


「私にはもったいないです。

 ジュースと肉まんじゃ田辺さんは

 割に合わないですよね」


「どういう意味ですか」


「いいかげん気づいてください!」

「私なんかに関わってるヒマがあるなら、

 自分の事をしてくださいよ」

「田辺さんは、なにやったって、一流になれるんです!!」


「俺が今やりたいことは、沢村さんの朝練を

 手伝うことなんです!」

「沢村さんに迷惑をかけてるなら、やめますけど。」


「違うんですよ、そういうことじゃなくて・・・」

沢村さんは頭を抱えている。

「私がソフトをやめたら、田辺さんはどうしますか」


「元の生活に戻るだけですね」


「そうですか・・・」


しばらく沈黙が続いた。



「分かりました。これからも朝練の手伝いをお願いします。」

「でも、条件として、田辺さんは自分の力を

 活かせるものを見つけてください。」

「見つけた時、田辺さんが続けた方がいいか、

 私が分析します。」


「なんでですか?」


「田辺さんの頭の中の

分析メーターが

ぶっ壊れてるからです!!」


「ハハハ、ぶっ壊れてるとか、ひどいですよ」

沢村さんの必死な顔に思わず

笑ってしまった。


「田辺さんが笑ったとこ、初めて見ました」


「そうでしたっけ」


キーンコーン、カーンコーン


しまった。話に夢中になり過ぎて、

時間を見てなかった。


「田辺さん、急ぎましょう」

「そうですね」


走り始めたが、すぐに

沢村さんは遅れを取った。

このままでは、沢村さんは遅れてしまう。


「沢村さん、ちょっと失礼します」

沢村さんの手を握った。


「え、あ、ちょっ⁉」


「遅れちゃうんで全力で行きます」

沢村さんの手を引っ張って、

全力で走った。


「ヤバい!!ヤバい!!

あっ、あっ、足が!!足がぁぁぁ!!」

「田辺さん!!私遅刻していいんで、

先に行ってください」


「沢村さんを見捨てるわけにはいきません」


「はぁ、はぁ、そういう意味じゃなくて」


「足が、足がやばいんですぅー!!!!!」


「じゃあ、抱えましょうか」


「それは、いやだぁーーー!!!!!!!!!!」


結局、俺と沢村さんは遅刻した。



3者面談の日

朝の5時から、沢村さんの朝練を手伝った後、

職員室に向かった。



「先生ちょっといいですか。」


「なんだ、田辺」


「進路希望票を持ってきました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

田辺さんと沢村さん クトルト @kutoruto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ