東大卒の使い方はそうじゃない
南祥太郎
職場にて(一)
三月のある日。
東京、新橋は日比谷公園近くにあるオフィスビルの五階、俺の職場はそこにある。株式会社LOW、社員は七百人程の中規模IT企業なんだがそれはどうでも良い。普段は基本的に在宅ワークをしているが、週に一度、金曜日だけ出社するようにしている。今日はその出社日だ。
いつもの休憩場所である自販機の前、そこにはいくつかの丸いテーブルが置かれている。その一つに着き、窓の外の無機質なビルの壁面を見ながら俺は、怒っていた。
「また何か怒ってるのか?」
甘そうな缶コーヒーを片手に前に座ったのは、同僚であり、二年先輩でもある
直接船場には目を合わせず自販機に並ぶボタンのあたりを睨む。
「昨日の『逃げ切りまSHOW』について、考えていた」
「『逃げ切りまSHOW』って……お前、あんなの見てるの? 子供向けじゃない?」
「だが鬼ごっこを番組として成立する所まで仕上げたのは凄い事だ。それと昨日は『沢井』が出てたからな」
顰めっ面の俺に向かって、ああ、と人懐っこい笑みを作る。
「お前、ほんと好きな」
もう後は聞かなくても分かったとでも言わんばかりにコーヒーを飲み出した。
高校の頃からメディアに露出し、高校クイズ選手権に二度優勝。更に
当たり前だが東大というのはクイズが出来れば入れる大学ではない。物心ついた時から学ぶ事が苦ではなく、聞いた事、見た事、読んだ事がスッと頭に入って蓄積するようなスーパーエリートか、勉強は好きではないが人の何十倍も机に向かい、努力の上に努力を重ね、定期テスト平均九十点の化け物連中が集った高校で更にトップ10に上り詰めるほどの努力をし、根性で合格した人、のいずれかしか入れない所なのだ。偏見だが。
いずれにしても機転が利き、応用力がある日本の
「沢井の使い方が悪すぎる」
俺は目線を自販機に向けたまま吐き捨てた。使い方、という言葉が乱暴で良くないのは承知の上だ。
「昨日は一時間位でリタイヤしてたやん」
「
手ぶらでやって来たのは入社してまだ一年、ペーペーの
「見てたゆうか、ついてただけやけどな」
頬杖をついて鬱陶しい関西弁で言う。こいつは無視だ。
「『逃げ切りまSHOW』に初めて参加した時、沢井はこう言った」
―――
『逃げ切りまSHOW』は体力の勝負じゃないんです。頭脳勝負なんです。
―――
「……と。それを聞いて俺は胸が高鳴った。ずっと丸いサングラスをかけた黒ジャージの追手から芸人やアイドル達が逃げ回るだけの番組でついに頭脳バトルが見れるのかと」
「また頭脳バトルか」
これまで俺の話を何度も聞いている船場には俺の言いたい事が分かるのだ。それ位頭が回ってくれなくては普段仕事で困るがな。
「ほんで?」
顔を正面の船場に向け、目だけをクリッと俺の方へ動かし、鬱陶しい関西弁で言う。「それで?」だろ? どう訛ったら「そ」が「ほ」になるんだ? まあこいつは無視だ。俺は落ち着いて腕を組み直す。
「……ところが特に見せ場もなく終わった」
「まあそうだろうな」
「まあせやろな」
俺の目の前で二人が目を合わせてクスリと笑い合う。
「それがあっての今回だからちょっと、いや、実はかなり期待していたのだ。番組側も少し配慮して頭脳戦となるクエストを用意したりするのでは、と」
「そんなんあったっけ?」
「無かった。いや……正確には少し番組側の歩み寄りは見られた。それはクエストの形で出されたクイズ形式の物だ。体力のある者とクイズを解く者を明確に意識して両方が揃わなければ達成出来ないクエストとして」
「……で、沢井はそれを達成してたの?」
「一つは達成していた。残りも看破はしていたが体力組が揃わなくて失敗したクエストもあった」
「ん、なんか一つ、メッチャ簡単なクイズ、逃して無かった?」
「高梨のクセに見てたのか」
「いや、ついとっただけやで」
本当にこいつは鬱陶しい奴だ。
「そうだ。恐らく視聴者も半分以上は分かったであろう簡単なクイズを間違えた……だが!」
「落ち着け。ここは会社の休憩スペースだからな?」
「啓太郎、おもろ」
真顔の船場とニコニコと笑う高梨を前に力説する。
「そんな事は問題では無い。問題なのはクエストの中身、だ。どうしてクイズなんだ? そんなのクイズ番組でやってりゃいいだろ。そうじゃない。そうじゃないんだ」
「うん、そうじゃないな。俺もそう思う。まあ落ち着け」
立ち上がる俺の肩を船場が急いで掴み、座る様に促す。それを振り解き、
「クイズもいいが……俺が見たいのは知識じゃない。知恵なんだよ。知恵で
ぱちぱちぱち……。拍手が聞こえる。ほら見ろ、分かる奴には分かるんだ。目線を下ろすと満面の笑みで俺を見つめて小さく手を叩く高梨と、そそくさと違うテーブルに移動していく船場が見えた。
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