街中ですれ違った金髪美女に「私に暮らし方を教えて下さい!!」とお願いされたら、一緒に暮らすことになるのだろうか?

さーしゅー

第1話 ルーズソックスを穿いた金髪美女

 そこは相変わらず人であふれていた。 

 

 ジリジリと照らす夏の陽射しに目をくらませる余裕もなく、ただ人波に流されるまま歩く。やっとのことで人混みから抜け出したかと思えば、今度はあり得ないほど背の高い建物に圧倒される。


 俺は祖母のお線香を買うため、俗に言う大都市に来ていた。と言っても、なまりの強い田舎者が、『んだんだ』言って都会に出てきたわけではなく、そんなに遠くない家から、電車で一時間ほどゆらゆらと来ただけだ。それでも、普段暮らしている街が人の少ないのと、初めて一人で来たのもあり、怖気おじけづいてしまった。


 そんな都会の威圧感にもう帰りたいとも思ったが、この用事だけはサボるわけには行かなかった。


 祖母はご先祖様を大切にする気持ちが強くて、お供物そなえものにはうるさい。その中でも特にお線香にうるさくて、普通のお線香をそえた日には、枕元で一時間以上説教は間違いなしだ。

 だから、お線香はいつもの店で買わなければならないのだけど、入手するだけなら、わざわざここまで来る必要は無かった。


 IT革命も二昔前のものとなったこのご時世、世の中には当たり前のようにネット販売があり、老舗の商品でさえネットで買える。お線香も例外ではなく、家にいても入手することはできた。


 だけど、これまで祖母と買いに来ていたから、これからもそうするべきだと思っている。そうしなければ、四ヶ月前にいなくなった祖母が、本当に亡くなったことを認めてしまうようで嫌だったから。


 俺は大きく息を吸い込むと、さみしさを振り払うように吐き出し、そんなに遠くないお店へと向かった。

 

* * *


 俺は店の自動ドアをくぐると、右手の紙袋を見て少しホッとした。 


 もちろん高校二年生にもなっているから、お店でお線香を買うなんて容易たやすいこと。それでもホッとしたのは祖母のいない寂しさに耐えられたからかもしれない。


 お店を後にすると、いつものルーティンとしてショッピングモールに向かった。


 昔、祖母と来た時には、ご飯を食べてから、おもちゃ屋さんに行って、ねだっても買ってもらえなくて、手にしているのはよくわからない本、みたいな感じだった。でも……



 一人できた途端、何もやることが無かった。



 仕送りが少ないからレストランはやめておこう。特に欲しいものなんて無いからお店を見るのをやめておこう。本屋さんで見るのは参考書で、品揃えで言えば近所のでかい本屋さんの方が多いから別にここで買う必要なんてないからやめておこう。


 本当にやることなんて無くて、何もする事なく店を出てしまった。


 少ない仕送りを考えると、電車代はバカにならなくて、せっかく来たなら遊ばないともったいない。でも、そういった気分にはなれなかったし、厳しい夏の陽射しが俺を焦がすかのように照りつけ、『帰れ』と言われているように感じた。


 ムダにまぶしい太陽に従うのは、なんとなくしゃくに感じたが、それを反論するだけの想いもない。俺はもう一度大きなため息をつくと、諦めて駅の方に振り向く。そして、一歩駅へと踏み出した時……


 そこにはなんとも都会らしい光景が目に飛び込んできた!


 構図としては、男二人が外国人らしき女性を囲っていて、その女性はすごく嫌そうにしている。俗に言うナンパというやつだ。『さすが都会、末恐ろしき』と心の中でつぶやきながらも、俺には大した興味はなく、そのまま横を通り抜けようとすると…………



 突然ガンっと肩に衝撃が走る!!



 不幸なことに二人のうちの片方に思いっきりぶつかってしまったのだ。


 案の定、その男は俺を睨みつけ「何ぶつかってるんだテメェ!!」と怒鳴ってきた。でも俺はその威圧に怯えたり、逆上したりすることなく、無表情でいた。むしろ『そのセリフって実在するんだ』と感心してたくらいだった。


 その謝る気のない様子が気に食わなかったのか、彼は形相をそのままに、顔を目掛けて殴りかかってきた。


 目の前に勢いよく迫りくる拳に、逃げるなり、反撃するなり、叫ぶなりあったかもしれないけど、俺はしなかった。その全てがめんどくさく感じたからだ。絡まれた時点で、『まあいっか』と思ってしまった。


 すると、諦めの境地に達してしまったのか、目に映る全てがスローモーションに動き始めた。俗にいうゾーンに入ったのかもしれない。

 

 そこらを歩く人は、忍足しのびあしでゆっくり歩くし、自動ドアはフラストレーションが溜まりそうなほどゆっくりと動く。そんな視界では、俺に目掛けて飛んでくる拳もゆっくりと向かってきた。それでも俺に避ける気は無くて、『当たれば痛いんだろうな』とぼんやり考えていた。だけど、予想は大きく外れ、その瞬間少しオカシナことが起きた。


 俺に向かってスローモーションに飛んでくる拳が、普通の速度でガシッと掴まれ、そのまま腕を捻ねるように男はぎ倒されたのだ! 


 スローモーションが終わったのかと思ったけど、地面へと投げ出された男もスローに動くし、五本指を動かしてみても、すごくゆっくり動く。そんな遅動世界でも彼女の手だけはごく普通の速度で動いていた。


 そして、ハッと気づき、世の中が普通の速度で動き出した頃には、頬をさすっても傷はなく、代わりに男二人が無様に腕を押さえながら倒れていた。


 彼らは、やっとのことで立ち上がると、彼女を見るなり怯えたように全力で逃げ出してしまった。俺は唖然あぜんとしたまま、彼らの無様な姿を見送っていると、隣から透き通った声が聞こえた。


「助けてくれてありがとう!」


 振り返ると、そこにはさっきの外国人——金髪碧眼きんぱつへきがんの美人さんが、笑顔で立っていた。


 彼女は、雪のように白い肌を下地に、瞳は宝石のようにあおく輝いていて、唇の薄い口紅が控えめながらにつやっぽさを強調する。小さな顔をふわりと包む金髪は、一本一本が華麗に流れ、背中までキラキラと伸びている。


 周りを行き交う女性と比べても頭一つぶん背が高くて、なのに線を書いたように細くてスラットしている。そして、豊かにふくらんでいる胸からは大人っぽさも感じさせる。


 俺の目が彼女をしっかり映した瞬間に、頬はカァーっと熱くなった。同じ人間だとは思えないくらい美しくて、近くにいるだけで心臓が激しく鳴る。


 でも、淡いドキドキ以上に、別種のドキドキも感じていた。思わず冷や汗をかいて動悸どうきを起こすような、そんな嫌なドキドキポイントが彼女にはたくさんあった。


 まず第一に、男を二人薙ぎ倒しといて、『ありがとう』はおかしい! 異常に強い彼女が自衛しただけの話で、俺は何もしてはいない。むしろありがとう! そして第二のおかしい点は『超高速移動していた疑惑』だ。まあ、これはきっと幻想だろう。



 でも、そんなことよりもなによりもおかしいのは、その格好だ! 



 まちがいなく、住む時代をまちがっている!!!



 彼女のスッと生える美しい脚の先は、ヒザまで覆うダボダボとした白い靴下に包まれていて、その上に穿いてるやけに短いスカートは、太ももの上半分しかガードできてなくて、そよ風でもゆうに見えてしまいそう。さらに高校の制服らしき紺のブレザーを着ていて、右肩には新品のスクールバックを抱えている。


 どう見たところでコスプレイヤーにしか見えなくて、なのにルーズソックスにミニスカとかいうふた昔くらい前の装いのせいで浮きまくっている。


 いくらうとくて美人なれしてない俺にだってわかる、この人はヤバい人だ!


 タイムリープをした設定の厨二病か、それにまつわる怪しい団体か? どこかの怪しい店の呼び子か…………

 いずれにしろロクなことがない。俺は、やんわりと逃げることを決意した。


「いえいえ、助けてくれたのはそちらです、ありがとうございます。それでは」


 俺は彼女をスッと右に避けると、何事もなかったように歩き出す。だけど遊んだ左手がギュッと引っかかって前に進めなかった。


「ちょっと待って!」


 振り向くと大きな碧色の瞳が俺を覗き込むように見つめていて、左手はぎゅっとキツく握られた。


「ちょっと話を聞いて欲しいの!」


 彼女に見つめられると心臓は跳ねるように動き、つい気を許してしまいそうになる。でも、俺はこんな怪しい格好の人を信じるような気弱な田舎者じゃない!


 俺が困った表情をで握られた左手を見つめると、彼女は「あっごめん……」とつぶやき、左手を離してくれた。そして、自由になった左手の人差し指を立て、真っ直ぐ前に突き出すと……


「あれって何ですか?」


「えっ、あれ? …………何にもないように見えるけど、何か見えた…………あっ!! 待って!!」


 俺は、彼女が何もなき虚空こくうに気を取られているうちに走って逃げた。


 彼女には思わず引き込まれるような魅力があった。透き通った瞳はまっすぐで一つのくすみもなく、その笑顔も嘘偽りない本物の笑顔のように見える。一度引き込まれたら最後、逃げられなくなってしまう。

 俺は彼女から必死に逃げた。幾多の人をかき分け、滴る汗も拭うことなく、とにかく動くだけ足を動かした。彼女が興味を失って諦めてくれるまで、その足が壊れようとも逃げる覚悟だった。


 道路沿いの歩道は相変わらずの人混みで、いつの間にか後方に彼女は見えなくなっていた。それを、ある程度距離ができたと読むと、今度は彼女をまくために路地裏を目指した。


 至ってまっすぐ進むように見せかけて、思いっきり曲がる。若干バランスを崩しながらも、我ながらいいフェイントだったと満足していると、ふと俺の足がピタリ止まった。



 俺の目が、あり得ないものを映したからだ。



 曲がったすぐの所には、目の前に汗ひとつかいてない、ルーズソックスミニスカ女が立っていた。



 どうやら俺は彼女から逃げるという不可能に片足を突っ込んだらしい。驚きのあまり俺の足は細かく震えているし、伝う汗はイヤな冷たさを筋に残す。つい変な笑い声だって出てしまった。だけど、まだまだ諦めるつもりはなかった。後ろの方は空いているし、足もまだ動く。でも……



 その彼女の表情を見た時、俺は逃げることを諦めた。



 彼女がもし怒っていたなら俺にも反発する余地があったし、責めるような態度を取ってくれたら、言い返すことができた。でも、彼女はただ真剣に俺を見つめていて、その表情には少し悲しさが混じっていた。


 そんな彼女の表情をはね除けるだけの意思が俺には無くて、ただ呆然と立ち尽くす。


 彼女は金髪をなびかせながらゆっくり俺に近づくと、俺の目を強く見つめた。そして、まるで告白をするときのような感情的な大声で俺に訴えかけた。


「私に暮らし方を教えて下さいっ!!!」


「えっ? えぇぇぇぇ!!!!!!」

 真剣な彼女の口から発せられたのは、あまりにも奇妙なお願い事で、俺は思わずその場に立ち尽くしてしまった。

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