よろしくはありません。
「マリベル、少しお話よろしいかしら?」
シャルルの申し出に、マリベルはげんなりと肩を落とした。
よろしくありません、といっても開放などしてくれないだろう。
「…よろしいですけど、場所変えませんか…。」
「まぁ、貴方本当に生意気ね!」
「シャルル様に命令するなんてどういうおつもり!?」
周りの取り巻き女子が騒ぎ立てる。
(アホなのかな)
ここは薬学クラブの温室へ向かう途中の中庭。
この中庭で、シャルルに声をかけられるのは、今月で三回目だ。
前回、前々回とも、シャルル&取り巻き女子に囲まれ、一時間近く文句を言われた。
そしてそのたびに助けてくれたのは、ローディスだ。
(ローディス様に助け出されるたびに、好感度が上がってるのよ…気づかないかしら…)
『人をイジメるときは、一目のつかないところで行いましょう』
なぜこんな単純なことを実行してくれないのか。
今日もローディスがこの場に居合わせたら、シャルルの好感度は下がり、マリベルの好感度は上がってしまう。
マリベルにとっても、シャルルにとっても悪い方向に進むだけだというのに。
はぁ、とため息をつくと、シャルルの目が鋭く吊り上がった。
「貴方ねぇ!従妹だからって私の事軽んじてるんじゃないの!」
キーンと甲高い声が耳に響く。
「そうよ!聖者とか言われて調子に乗ってるわ!」
「シャルル様の事もっと敬いなさいよ!」
本当に、多感な女子の集団というのはどうしてこうも盲目になれるのか。
周りの生徒たちの冷ややかな視線が気にならないのだろうか。
「王子様に色目使って…!何度近づくなっていえば聞いてくださるのかしら!?聖者なんて呼ばれてても、貴方はしがない男爵令嬢なのよ!」
近づくな、と言われても。薬学クラブでは一緒に過ごさざるをえないし、向こうから寄ってくるのだ。
「身分の低い人間が、どういう態度をとるべきかわかっていないようね!」
「控えめという言葉を知らないのかしら!」
「身分の高い男性ばかりに色目を使って!」
(…私が一体いつ、だれに色目を使ったと?)
ふと、渡り廊下からこちらを見るキオラスと目が会う。
助けて、と視線を送るが、キオラスは何か考えるように、あごに手を当てて、首をかしげた。
(いや悩むところ!?)
孤児院では自分の事を好きだと言ってくれたのに、いつからいじめの現場を見ても無視するほどに『無関心』になってしまったのか。
「ちょっと、話聞いてるの!?」
「王子にはもう近づかないと誓いなさい!」
…誓いたいのはやまやまであるが、と考えて、ふと気づく。
何故自分は反論もせず黙っているのか、と。
以前は『聖者』アピールのために、大人しく言われるがままに耐えていたけれど、今の自分はそんなことをする必要はないのだ。
「では、ローディス様に私に接しないように言っていただけます?」
そうだ、言い返していいのだ。
そうすれば『いじめ』ではなくただの女子同志の『喧嘩』
ローディスが助けに入る必要もないのである。
「何ですって!?」
きぃっとシャルルの顔が赤くなる。
「私からもローディス様に近寄らないようにいたしますので。ローディス様にも薬学クラブを退部して、私に近づくな、とおっしゃっていただけますか?」
「本当に立場が分かってないのね!」
「薬学クラブをやめるべきなのはあなたの方でしょう!」
「何故貴方ごときが王子の行動を制限できると思ってるの!」
1つの言葉に勢いよく反論が返ってきた。
「大体そういうところからなってないのよ、あなたは。」
「淑女が何たるものかわかっていないのですわ!」
「淑女は自分の知識をひけらかしたりなんかしないわ!医学博士だなんて男性のするようなガサツな…」
(はぁああ、馬鹿らしい)
心底時間の無駄である。
「ではこのように一人の人間を囲んで、声を荒げる集団が、淑女の集まりだとでも?」
その一言で令嬢たちは黙り込んだ。
シャルルが一人、私の前に立ち、頬を引きつらせる。
「ずいぶん口が立つようになったのね、マリベル。」
そして、手を上げた。
「立場をわきまえなさいと言っているの!」
パシン。
その手はローディスによって止められた。
(…最悪だ。)
「何をしてるの、シャルル。」
ローディスは低く、声を上げる。
「マリベルに余計な時間を取らせるな、といったはずだよね?今月もう三回目だよ。どうして僕のいう事聞いてくれないの?」
「だって、王子!その女が、」
「この手は何をしようとしていたの?」
以前なら。前の時間軸のマリベルなら、この展開に心の中で小さくガッツポーズをしていた。
今のマリベルには、頭痛の元でしかない。
「こ、これは…」
たじろぐシャルルに、小さくため息をつく。
(ばれるのが嫌なら、場所変えればいいでしょうに…)
「シャルル、僕もいつまでも甘い顔はしていられないからね。」
「・・・王子、マリベルの味方をするつもりですの…?」
「いや、今そういう話じゃ、」
ないでしょう、とマリベルが言うのを遮って、
「そうだね。」
はっきりとローディスは答えた。
(最悪すぎる…)
「こ、このことはお父様にも言いつけますから!王子も冷静になられたほうがよろしくてよ!」
分が悪いと思ったのか、そう言葉を投げ捨てて、シャルルたちは去っていった。
「・・・ローディス様、先ほどのいい方は少し誤解を招くかと…。」
「誤解?」
くるり、と振り返ったローディスはいつものように柔らかく笑みを浮かべている。
キラキラキラと、エフェクトがかかっているかのように眩しい。
「誤解なんて何もないよ。僕はいつもマリベルの味方だよ?」
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