時は遡る

 「ごめ…ロ、ス…」

 「ゴメロス?誰ですの、それ。」

 

 真っ暗だった視界が急に開ける。


 真っ青な空に、みずみずしい芝生。華やかなドレスで着飾った沢山の人たち。


 「そんな人いたかしら?名前からして平民の方?」

 「まぁ、白男爵家のマリベルには平民位がお似合いかもね。」

 「クスクス、平民だなんて信じられないわ。」


 目の前で嫌な笑みを浮かべるのは、幼い姿のシャルルとその取り巻き。


 「え…?」

 「どうしたのマリベル。そんな驚いた顔をして。立ったまま寝ていたのかしら?」

 「ベッドがなくても寝れるなんて、男爵令嬢は器用ですわね。」


 (何が、起こってるの…?)

 

 とっさに首を手で触る。傷はない。血の一つも流れていない。


 「何…?」

 

 ピピッ。鳥の鳴き声がする。


 夢でもみているのだろうか。

 柔らかい風が吹き、頬をなでるこの感触。

 (生きている。私は間違いなく、生きているんだ…!)


 「いくら白男爵家でも、平民と結婚なんてやめてほしいわ。マリベル、貴方は仮にも私のいとこにあたるんだから。」

 「そうですよねー。いとこが平民だなんて、シャルル公爵令嬢がかわいそうですわ。」

 「将来の王妃のいとこになるんだもの。多少はましな縁談がきているのではなくて?」


 目の前で繰り広げられる、幼き子供たちの会話などどうでもいい。

 マリベルはこの状況を理解することだけで必死だった。


 「みんな、そんなに将来の王妃だなんて言わないで。恥ずかしいわ。」

 少しも恥ずかしくなさそうに、シャルルが言う。

 「第一王子の婚約者だもの、将来王妃になるのは確実ではありませんかー。」

 「第二王子のサイオン様も立派な方だというけれど、側室の子ですものね。」

 

 身体の痛みは何もない。どうやら本当にけがは追っていないようだ。

 目に映るものがずいぶん大きく見えるし、手も小さい。

 目の前の令嬢たち同様、自分もまた同じくらいの年齢なのだろう。

 8歳前後…というところだろうか。


 「実はね、第二王子からも婚約してほしいって言われてたの。でも、第一王子のほうが優先じゃない?それに、ローディス様ってすっごく美しいし。」

 「まぁ!でも宰相様はなにもおっしゃらなかったのですか?」

 「お父様は私の好きにしたらいいって。お父様、私に弱いから。」


 手入れされた大きく美しい庭。

 幼いころ何度か来たことがある、シャルルの家だとようやく理解する。

 会話の流れから察するに、今日はシャルルの誕生日会のようだ。


 「王子様、少し遅れているみたいだけど、今日は来られるって言ってたわ。皆さんにもご紹介しますわね。」

 「きゃー、素敵!」

 「ローディス様って本当に彫刻みたいに美しいわよね!」


 確かに。顔の良さだけなら、王国広しといえ、勝てる者はいないかもしれない。

 (顔の良さだけなら、だけどね。)


 「あら、マリベル様なんだか不服そうな顔ね。」

 「拗ねてるのよ。なんせシャルル様はいとこなのに、王子の婚約者。自分は白男爵家で平民と結婚するような立場ですもの。」

 「ふふ、それならマリベル、いい話があるわよ。」


 シャルルはにやりと意地悪にほほ笑んだ。


 「アランと結婚すればいいのよ。アランは公爵家であなたとの身分は釣り合わないけど、私がマリベルと結婚してあげてって頼んだら、きっと結婚してくれると思うわよ。彼、私のいう事には何でも従うから。」


 その言葉には聞き覚えがあった。

 確か、シャルルの8歳の誕生日パーティーで、全く同じセリフを言われたことがある。


 (巻き戻ってる…)


 生き返っただけではない。

 8歳の時に、時間が巻き戻り、皆があの時と同じ行動をしている。


 情報が多すぎて頭が整理できない。

 周りがうるさくて集中できない。


 「…具合が悪いの。今日は失礼します。」

 何が起こっているのか、整理しなければいけない。

 急ぎ庭を後にするマリベルを背に、

 「何あれ、感じ悪いわねー。」

 と令嬢たちの声が聞こえるが、気にして等いられなかった。


 


 この世界は、巻き戻っている。

 しかもそのことに気が付いているのは、どうやら自分だけらしい。


 (何故?何が起こってるの?)


 無我夢中で走ったため、廊下の角で人とぶつかってしまった。

 「ごめんなさ…!」

 相手は自分より少しだけ背の高い少年。


 美しく輝くブロンドの髪に、真っ青な瞳。

 整いすぎた顔立ちに優しい笑み。


 「…ローディス、様。」

 「あぁ、こちらこそごめん、怪我はない?」


 あぁ、本当に。

 この世界が巻き戻っているということは、自分しか自覚していないのだ。

 自分を愛し、涙してくれていたローディスは、もうここにはいない。


 「だい、じょうぶです。失礼します!」


 マリベルは走った。

 何が起こっているのか、わからない気持ち悪さと恐怖。

 そして、そんな中で、たった一つ、気持ちを急かせるものがあった。


 本当に、8歳の時に戻っているならー…

 

 「ただ今帰りました!」

 息を切らせながら屋敷につく。母が死んでから出迎えてくれる人はいなくなった。

 

 それでも、今なら。この時間なら。

 「どうしたの?そんなに息を切らせて。」

 ひょこっとその人物は、奥のリビングから顔を出した。

 

 深緑の髪と垂れた目。へろっと笑う姿は一目で頼りない雰囲気を出している、その人物、コルーダ・バレリー。

 

 「お父様!!!」

 マリベルは父に抱き着き、ボロボロと涙をこぼした。

 「え!?どうしたの?マリベル?」

 父は会い変わらず、情けない声を出しながら、戸惑っている。

 その声すらも、マリベルには懐かしかった。

 「いじめられたの?何があったの?」

 優しくマリベルの頭をなでる手。ポンポンと背中をたたく手。


 すべてがいとおしい。


 「ずっと、お父、様に、会いたかった…」

 卒嬢パーティーの1年前に、母と同じ病気で死んでしまった父。

 そのぬくもりは、確かに本物だった。




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