悪役令嬢を断罪させていただきま…すん!

ロキ屋

一章・悪役令嬢を断罪してみました。

聖者マリーと母の思い出

「こうして聖者マリーは王子と結婚し、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」

両親の寝室で、母の穏やかな声を聴きながら、お気に入りの童話を読んでもらいながら眠りにつく。


幼いころのマリベルの、一番幸せな思い出である。


「マリベル、貴方の名前は、この聖者から取ったのよ。」

母の細い手が、マリベルの頭を優しくなでる。

「聖者のように、清らかな子になりますようにって。」


童話の最後のページは、ヒロインと王子が幸せにほほ笑みあうシーンで終わる。

周りの小鳥たちが祝うように2人を取り囲む、淡いタッチで描かれた、幸福に満ちた一枚だ。


「私がヒロインなら…この意地悪な令嬢はシャルルかなぁ…?」

「こら、そんなこと言っちゃだめよ。」


木の陰から、二人をにらみつける銀髪縦巻きロールの令嬢。

聖者マリーに再三嫌がらせを繰り返していた、この悪役令嬢の絵姿は、無意識に従妹のシャルルを連想させた。


「マリベル、誰にでもいつでも、優しい心を忘れないでね。ヒロインのように生きるのよ。お母様はこの小鳥のように、マリベルの事をいつも見守っているからね。」


それから一年後、母は病気でこの世を去った。




マリベルの母は、それこそ童話の清者のように、心優しく清らかな女性だった。

葬式には身分を問わず、沢山の人が参列した。

沢山の人が母の死を嘆いた。放心状態のマリベルに、たくさんの人が優しい声をかけた。


「ねぇねぇ、マリベル。」

当時五歳。同い年だった銀髪縦巻きロールのいとこ、シャルルだけが、いつもと同じようにマリベルに笑顔を向けてきた。

「マリベルのお母さんって、貧乏だから死んだんでしょ?私のお母様みたいに、お金持ちと結婚できればよかったのにね。」

彼女の言葉の意味が分からずに、マリベルは呆然とした。

「こら、そんなこと言っちゃだめよ。」

彼女の母、シルクは母の妹で、声と口調だけはマリベルの母とよく似ていた。

「お姉さまは、私みたいにお金持ちと結婚できなかったの。かわいそうな人なの。」


本当に、声と口調だけ、だ。


シルクは『可愛らしい』容姿だった母とは違い、とても美しい顔をしていたが、その表情にはいつも意地悪な笑顔が張り付いていた。顔も表情も、シャルルとうり二つだった。


「お母様は…病気で死んだのよ。貧乏だから死んだんじゃないわ。」

消え入るような小さな声で反論したマリベルを、二人は全く同じように右の唇だけ吊り上げて笑い飛ばした。


「だから、貧乏だから薬がかえなかったんでしょう?」

「いい医者にも見せてもらえなかったんでしょうね、かわいそうに。」


「お母様は可哀そうなんかじゃないわ!」

悔しくて苦しくて、声を上げた。

周りの視線が気になったのか、シルクは少し慌てて、

「やだやだ、慰めてあげただけじゃない。」

と口調を柔らかく変換したが、シャルルは相変わらずだった。

「本当の事言ってるだけなのに、なんで怒るの?」

と。


「お母様は、かわいそう、なんかじゃ…」

母はいつも幸せそうだった。

確かにマリベルの家はしがない男爵家で、けして裕福とは言えなかったけれど、父は母の治療代のために、家も売って、小さな古い家に引っ越した。

家宝も宝石も、すべて売り払った。

治療代は十分足りたはずだ。

 

 「どうした、マリベル。」

 慌てた様子で駆け寄ってきた父に抱き着き、出来るだけ声を抑えながらボロボロと涙をこぼした。

 「ごめんね、マリベル。少し目を離しちゃったもんな。お父様がいるから、大丈夫だよ。」

 父はマリベルを抱きかかえ、優しくポンポンと背中をたたいてくれる。


 優しい父が、マリベルは大好きだった。

 母も父の事を尊敬し、愛していた。


 母はけして、不幸なんかじゃなかったはずだ。


 「我が妻子が心無いことでも言ったのだろう。申し訳ない。」

 抑揚のない低い声が、頭上から降ってくる。


 「お父様、私は何も、」

 「あなた、」

 「うるさい、帰るぞ。」


 シャルルの父親、宰相のファリオン・ゴーヴィッシュ公爵。

 初めて見るファリオンはすっとしたとても美しい顔をしていたが、顔にはまるで表情がなく、マリベルの目には、なんだか恐ろしく見えた。


 「マリベル、か。」

 そしてその深い緑の瞳には、光が一切宿っていないように見えた。

 「ピンクゴールドの髪も、その大きな目も…トルカに…君の母によく似ているな。」

 そういう声だけが、少しだけ優しく聞こえた。






 13年後。

 貴族学園の卒業パーティーに、第一王子ローディス・フィルドールは、とある女性とともに入場した。


 いつもは柔らかな表情しか浮かべない、国内一整った顔といわれるその顔を、大きく歪め、声を荒げる。

「シャルル・ゴーヴィッシュ!僕はこの場で、君との婚約を破棄する!」

 続けて、ローディスの輝くばかりのブロンドの髪に、負けるとも劣らないほどの美しいピンクゴールドの髪をもつ、隣の女性の肩を抱きよせる。

 「そして、ここにいる、マリベル・バレリーとの婚約を、ここに宣言する!」

 

 マリベルは大人しく王子に肩を寄せながらも、眉を下げ、少し困ったような表情を浮かべていた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る