第2話 ようこそ残念過ぎるダンジョンへ

私はギャラ交渉の後、召喚されたのとは別の部屋に案内され、壁際にあるソファーへと腰かけていた。

すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。

「失礼します」

ゆっくりとドアが開き、入ってきたのはこれまたかわいい系の美少女だった。

それに今度は目が死んでいない。が、頭に2本角が生えている。

彼女は私のほうを向き、にっこり微笑んだ。


「はじめまして!立花さんのサポートをするように言われております、悪魔のアリサ=トラディトーレと申します」

「……あ、どうも。はじめまして」

どうも女性に慣れておらず、童貞特有の雰囲気が出てしまった。


彼女は、袖にフリルのついた白のブラウスと肩紐かたひもの細い赤いジャンパースカートを着ていて、ゆるくカーブのかかった赤い髪がとても似合っていた。

それにしてもかわいい。この世のものとは思えない可愛さだ。


「スカルさんから言われて、まずはこのダンジョンの現状と、お仕事の内容などをご説明します。その後に、このダンジョンの皆さんにあいさつ回りですので、頑張りましょう!」

かわいい。どこまででもがんばれそうだ。

そう言って彼女は、このダンジョンの現状を、こちらの世界の情勢とともに説明してくれた。


彼女の話を軽くまとめるとこうである。

この世界は今から数百年前、勇者によって魔王が倒されたのち平和な時代が続いている。

その後近代化が進み、人間やモンスター、異種族などが共存する社会になっているそうだ。

また、この世界では資本主義化が進んでいる。

ダンジョンは1企業であり、そこで働くモンスターたちは従業員という扱いだそうだ。

労働者の権利も尊重されており、雇用契約や福利厚生もしっかりしているそうだ。


そして、この世界でのダンジョンは、1種のテーマパークの様な位置づけらしい。

人気が出ればそれに伴い探索料という、いわゆる入園料を上げることもできる。

加えて、冒険者が落としたアイテムなどは、ダンジョン側の物になるそうだ。

だからこそ、人が来なければ全く売り上げが立たないということだ。


一方髑髏町どくろちょうダンジョンはと言うと、古い以外に特に目立った売りもなく、最近は冒険者も少ないという。

そのため、探索料と売り上げは下がる一方。経営状態は火の車だという。


そこで、私に与えられた仕事は、このダンジョンを人気にして売り上げを伸ばしていくことだ。

それにより、給料と歩合が増えていき、私も元の世界に戻ることができるという。


なんだか無茶苦茶な話だが、なんとなく現状を把握することができた。


アリサちゃんはひとしきり説明を終えると、

「説明が少し長くなってしまいましたが、それではダンジョンの各階層を見て回りつつ、従業員の皆さんにあいさつ回りに行きましょう」と言って彼女は私を部屋の外へと誘導した。


私たちは一度ダンジョンの外に出て、入り口から各階層に向かうことにした。

ダンジョンの外の街並みはとても近代的で、ダンジョンの左右にはビルが立ち並び、多くの人やモンスターが行きかっていた。

立地はなかなかいいようだ。

しかし、看板がなかなかにひどい。

赤さびがいたるところについたボロボロの看板に、『髑髏町ダンジョンはこちら!』と書かれ、

手書きのようなモンスターと勇者のイラストがよけいに哀愁を漂わせている。

今すぐこの看板を撤去したいが、変えの看板がないので諦めることにした。


入口からダンジョン内に入ると、これまた古臭い。

まるで田舎の遊園地にある、やる気のないお化け屋敷の様な内装だ。

先に進んでいくと、フリフリのドレスを着たゴリラが出迎えてくれた。


「こんにちは!あなたが、召喚されたという人間の方ですか?」

「え?あ、はい。そうです。あなたは?」

私が尋ねるとゴリラは笑顔で答えた。

「私はキャサリンと言います。見ての通りゴリラです。気軽にキャシーと呼んでください」

私はしゃべるゴリラに驚きを隠せなかった。

そんな私を見て、隣でアリサちゃんが補足を入れてくれた。

「キャシーさんは、第1階層のナンバー2なんです。とても強いんですよ!霊長類最強女子れいちょうるいさいきょうじょしとも呼ばれています」

どこかで聞いたことのある異名だが、メスゴリラのインパクトが強すぎてアリサちゃんの説明が頭に入ってこない。


すると突然奥から大声が聞こえた。

「おい!メスゴリラ!どこいった?」

「はーい。こっちにいますよ」とキャシーは穏やかに答えた。

すると、後ろからバッチバチの黒ギャルが現れた。

私は童貞に加え、陰キャという特殊スキルを持ち合わせているため、ギャルという存在が怖くて仕方がない。

なんだったら、ギャルは鬼の末裔まつえいだと思っている。

そして彼女たちが生息するであろう渋谷(行ったことはないが)は鬼ヶ島だと思っている。

私は恐怖に凍り付いてしまった。


黒ギャルは私を見つけると、怪訝けげんな顔をした。

「誰?こいつ」彼女は私を指さしながらキャシーに尋ねた。

「この方は、このダンジョンを救うために召喚された方ですよ」

キャシーさんは笑顔で答えた。

「ふーん……童貞臭えな」

「そ、そんなこと言ったらだめですよ!」

キャシーは顔を赤らめながら、フォローを入れてくれた。

私は悔しながら何も言えなかった。


すると隣にいるアリサちゃんがこの黒ギャルの事を説明してくれた。

「彼女はこの第1階層のボス、節子さんです」

「おい!ぶりっ子!その名前で呼ぶんじゃねぇって何回言えば分かんだよ!あたしのことはアゲハって呼べって言ってんだろ!」

アリサちゃんはわざとらしく首をかしげる。流石悪魔だ。


しかし、そこで一つ疑問が生まれた。

彼女は見た目は怖いものの、普通のギャルにしか見えない。

ここはダンジョンで、しかもボスであるということはそれなりに強くなくてはいけないはずだ。

私はアゲハさんにその疑問をぶつけてみた。

「あの……アゲハさんは普通の人間なのでしょうか?もしそうだとしたら、ここに来る冒険者とどう戦うんですか?」

アゲハさんはニヤッと笑い、奥に引っ込んだ。

そして、2mはあろう大きな薙刀なぎなたを持って現れた。

「あたしは人間だけど、小さいころからばあちゃんに薙刀を仕込まれてるから、そこら辺の奴には負けないよ」

そういって薙刀をブンブン振り回した。

私は薙刀を振り回す黒ギャルを見て、鬼に金棒とはまさにこの事だと思った。

私たちは彼女たちに軽く挨拶をして次の階層へと向かった。


第2階層も引きつづき薄暗くボロボロだった。

私はアリサちゃんに導かれるまま先へと進んだ。

すると私は何かにつまずいた。

私が前のめりに倒れると、右腕に痛みが走った。

驚いて右腕を確認すると、そこには刃物で切られたようなあとが残っていた。

しかし血は出ていない。

私は突然の事に何が起きたのかわからず首をかしげた。


すると、子どもの笑い声が私の前方から聞こえた。

声のする方を見ると、3人の子供が私を指さし笑っている。

私は不思議に思い、アリサちゃんのほうを見ると彼女もにやにや笑っていた。

どういうことだか全く状況が把握できない。

「あの、これはいったい何なんですか?」

私はアリサちゃんに尋ねた。


アリサちゃんが答えようとすると、奥から一人の少女が慌てた様子で走ってきた。

「ごめんなさい!この子たちいたずら好きで。お怪我はありませんか?」

おとなしそうな少女は、私を心配そうに見つめながら声をかけてくれた。

「いえ、大丈夫です。ちょっと転んだだけですから。あなたは?」


おとなしそうな少女は、はにかみながら話し始めた。

「えっと、私はこの第2階層のボス、紫電しでんといいます。あの……あなたは召喚された方ですよね?」

第二次世界大戦後期の戦闘機と同じ名前に少し動じたが、私は立ち上がり答えた。

「はい。私は立花と申します。勝手に召喚されてこの世界で1,000万ためないと帰れないので、今日からここで働き始めました」

「……そうなんですね」

紫電さんは可哀想なものを見る目で私見つめている。


すると再び私は前のめりに倒れた。今度は左腕に痛みを感じた。

左腕には刃物で切られたような痕で、ザコと書かれていた。

確かに間違いではないが、イラっとはする。

すると紫電さんが、子供たちのほうを向き怒り始めた。

「こら。ダメでしょ!そんないたずらをしちゃ」

本人は怒っているつもりなのだろうが全く怖くない。

紫電さんは再びこちらを見て、

「ごめんなさい。……ほら、みんな。前に出てきちんと謝りなさい」

すると3人の子供たちは私の前に来て、「ごめん……」と言った。

意外にも素直なようだ。


今までの経緯を見ていたアリサちゃんが説明を始めた。

「この子たちはかまいたちなんです」

「かまいたちってあの、気が付いたら肌が切れてるっていうやつですよね?」

「そうです。正しくは、一人目が転ばせて、二人目が鎌で切って、三人目が薬を塗るっていう、ジェットストリームアタックの元ネタみたいなやつなんです」

ジェットストリームアタックにはあえて触れないが、私は思わず浮かんだ疑問を口にした。

「何で治しちゃうんですか?」

アリサちゃんをはじめ、紫電さんと子供たちもハッとした顔をしている。

そして口々に、「確かに」「そういえば何で治してたんだろう」などと言っている。

本人たちは気が付いていなかったようだ。

私は愕然がくぜんとした。


すると感心したのか、子供たちは私にキラキラしたまなざしを向けながら、自己紹介を始めた。

「僕はスバル。転ばせるのが役目です」

「僕はハヤテ。鎌で切るのが役目です」

「僕はイカロス。薬を塗るのが役目です」

「「「よろしくお願いします」」」

見事に息の合った挨拶だが、三人目の名前がどうにも気になった。

「よろしく。これからは、イカロスも鎌で切ったらいいとおもうよ」

子供たちは「はい!」と言い、笑顔になった。


私は紫電さんのほうを向き、疑問を投げかけた。

「あの、紫電さんはどうやって戦うんですか?とても戦うようにはみえないのですが」

彼女のおとなしそうな見た目からはどうしてもボスのような風格は見て取れなかったからだ。

「えっと……私はこれです」

そう言って彼女は、懐から小槌こづちを取り出した。

彼女が小槌を軽くふると、けたたましい音とともに雷が落ちた。

私は驚き呆然としてしまった。

見計らったようにアリサちゃんが解説し始めた。

「彼女は北欧の神トールの末裔なんです。だから雷撃で攻撃するのが得意なんですが……」

珍しくアリサちゃんは口ごもってしまった。

紫電さんが暗い表情をしながら話し始めた。

「あの……私どうしても人を傷つけるのが怖くて、一度雷を出したら先に通しちゃうんです……」

彼女はおそらく就職先を間違えている。

私とアリサちゃんは無言のまま次の階層へと向かった。


第3階層の扉を開けると、かなり広い空間が広がっており、奥には次の階層へつながる扉が見えていた。

その扉の前に侍の格好をし、正座した男性がいた。

遠目からアリサちゃんが声をかけた。

一刀斎いっとうさいさーん!こんにちは!」

男性は私たちのほうに気が付くとゆっくり立ち上がった。

すると次の瞬間には侍が私たちの目の前に立っていた。

彼は深々とお辞儀をする。

アリサちゃんが彼を紹介し始めた。

「彼は第3階層のボス、一刀斎さんです。剣術の達人で、今見ていただいたように、高速の移動と高速の抜刀術で冒険者たちを攻撃します」

すごい。奥の扉までは50mはある。これを一瞬で移動し、加えて高速の抜刀術とは。

やっとまともなボスに出会えたようだ。私は思わず興奮していた。

「こんにちは。今日からこのダンジョンで働きます、立花と申します。よろしくお願いします」

私は一刀斎さんにお辞儀をした。

すると一刀斎さんも挨拶を返してくれた。

「我は一刀斎。この第3階層のボスを務めておる。以後お見知りおきを」

かっこいい!……かっこいいが、全く別の方向を見てあいさつをしている。

アリサちゃんが残念そうな表情で私に補足を入れてくれた。


「一刀斎さんは確かに強いのですが、目が引くほど悪く、彼の攻撃が冒険者に当たることはほとんどないんです。ですので、よほど運が悪くない限りは、この階層を突破できてしまうんです」

私は何も言えなかった。

「ちなみに彼は、と呼ばれています」

おそらく、見え見えでハマるわけがないトラップという意味なのだろう。

私たちは、そそくさと次の階層へと向かった。


第4階層はハロウィンの様な内装になっており、かなり可愛らしい。

すると突然奥から、赤鬼のおっさんが現れた。

「おう!立花よく来たな。わしが第4階層のボス。この髑髏町ダンジョンのラスボスの赤鬼だ」

「改めまして、よろしくおねがいします」

私はどうしても気になることがあり、アリサちゃんにこっそり聞いてみることにした。

「あの……赤鬼さんとこの部屋、なんか違和感がすごいんだけど、なんでなの?」

この部屋はかなりファンシーな作りになっており、赤鬼のおっさんがこの場所にいることにものすごい違和感があったのだ。

アリサちゃんは暗い顔をして小声で答えた。

「えっと……本当はもう1階層下に地獄の間っていう赤鬼さんの本拠地があるんですけど、人材難でこの階層のボスが手配できなかったんです。だから、繰り上げでこの階に赤鬼さんが陣取ってるんです。まあ、おっさんとファンシーの融合っていうある意味地獄が生み出されているので、結果オーライですかね?」

新たな地獄を前に私は何も言えなかった。


一通り挨拶を終えた私はアリサちゃんに誘導され、私がこれから生活する部屋へと訪れた。

4畳半に風呂トイレと、小さな流し台がついている部屋で、タコ部屋の様だと感じた。

私のがっかりした様子を見たアリサちゃんは慌てた様子で言った。

「安心してください!家賃とガス、水道、電気の光熱費は会社持ちです」

よくはないが、よかった。これで雑費を引かれて手取りが10万を切るようだったら、80年コースだった。

その時私の腹が悲しげな音を鳴らした。そう、この世界に着てからまだ食事をとっていないのだ。

アリサちゃんは微笑み、

「良かったら、この後一緒にご飯でも行きましょう」と私を誘ってくれた。

彼女は悪魔だが、天使の様だと思った。


いわゆるファミレスのようなところに来た私たちは、メニューを眺める。

やはりこの世界の食事は少し変わったものが多いようだ。しかし、人間用の食事もきちんと用意されている。

私はハンバーグ定食を注文し、アリサちゃんは地獄エビのクリームパスタを注文した。

地獄エビとはどんなものかわくわくしたが、意外と普通のエビだった。

私たちは食事をしながら話を始めた。


「あの、どうでしたか?うちのダンジョンは」

私は何も言えず頭を抱えてしまった。

「えっと!あの……立花さんなら大丈夫ですよ!きっとうまくいきます!」

彼女は健気にも私を励ましてくれた。

その優しさに私は泣きそうになってしまった。

「ありがとう。そうだね、何とか頑張ってみるよ」

私がそういうと、彼女は笑顔になった。


「あ、それとこれを先にお渡ししておきますね」

そういって彼女は茶封筒を私に手渡した。

中を見ると紙幣のようなものが何枚か入っていた。

「これは?」と私が尋ねると、

「スカルさんからの入社祝いです。こっちの世界のお金は持っていないと思うから、来月のお給料日まで少ないかもしれないけど生活費に充ててくださいとのことでした」

私の頭にあのガイコツの顔が浮かんだ。

なんだかんだ言ってもやはり社長なのだ。私はその優しさに少しやる気が出た。

「ありがとうございます。明日、スカルさんに会ったらきちんとお礼を言っておきますね」

アリサちゃんは優しく微笑んでいた。

「それとこれも」そう言って彼女は、赤い腕章のようなものを私に手渡した。

私はそれを受け取り尋ねた。

「これはいったい……」

「それは、階級を表す腕章です。ダンジョンは多種族が共存しなくてはいけないので、階級というのが重要なんです。ちなみに赤はスカルさんの次の階級です。赤鬼さんと同格という所ですね」

どうやら大分いい待遇で迎え入れてもらえているようだ。これはありがたい。今後私がダンジョンを立て直していく上で反発は避けられない。そこで先に階級を上げてくれたという訳だ。

「ちなみに私は青なので、立花さんの次の階級です。青はだいたい各階層のボスと同格といったところですね」

「アリサちゃんは大分偉いんだね。やっぱりほかのボスと同じくらい強いの?」

彼女は少し照れたように言った。

「いや、それほどでもないですよ。私は事務方なので非戦闘員枠なんです。無駄に社歴が長いので、青になりました」

「そっか。これからよろしくね」

「はい!私も立花さんをしっかりサポートしますので一緒に頑張りましょう!」

そう言って彼女は可愛らしい笑顔を私に向けた。

私は彼女の笑顔や、今日会ったみんなのためにも、この髑髏町ダンジョンを再興させることを誓ったのであった。

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