第169話 守るべき存在のために

 乾燥させた木材はよく燃える。


 もちろん、よく燃やすためには枯れ葉や小枝を混ぜておくことも忘れない。そして、さらに火力を増すために謎触手を駆使して薪を投入する。


 完全に山火事となり災害と言っていい状況になった。


「師匠!」


 風上に立ち、燃え上がる炎を眺めていたらヤトアとミクニール氏族の男たちがやってきた。


「洞窟のほうに煙はいってないか?」


 作戦決行地はミクニール氏族が隠れる洞窟から近い。風によっては煙がいってしまう。いってるようなら風を吹かして向かわないようにしないとな。


「煙はきてない。フジョーはどうだ? 燃えたか?」


「まだわからない。嫌な気配はかなり薄くなってはいるがな」


 相手は樹だ。山火事で燃えても根や実になって次世代に子孫(?)を残すかもしれない。油断はできん。


 フジョーは三日ほど焼き、鎮火まで五日ほどかかってしまった。


 外周部から風の刃で炭化した樹々を細かく刻んでいき、中心部を残して風で集めていく。


 嫌な気配はないが、嫌な予感は消えてくれない。フジョーはまだ生きているとオレの野生の勘が言っている。


「まだ用心しないとダメなのか?」


「追い詰められた獣はなにをするかわからない。それはフジョーも同じだ。なにをするかわからん。気を抜くな」


 さらに縮めていき、フジョーがいる場所まで五十メートルまで近づいた。


「師匠、あそこ!」


 ヤトアが指差す方向を見れはなにか動いていた。


 なんだと目を細めて見てると、小さな木が現れた。


「……フジョー、か……?」


 嫌な気配はしないが、動く木などフジョーでしかない。


「ロズ。塩はまだ残っているか?」


「おそらく残っていると思いますが……」


「しばらく持つ量を残してすべて持ってこい。水もだ」


 小さなフジョーの動きは鈍い。亀が歩くより鈍いのでロズたちが塩と水を持ってきても数十メートルしか動いてなかった。


「どこまで効果があるかわからんが、やるだけやってみるか」


 獣の胃で作った水袋と塩瓶を謎触手で放り投げ、空中で斬り刻んで混ぜ合わせて広範囲に降らせた。


 フジョーの動きがさらに鈍くなり、やがて動かなくなった。


 死んだ振りも考えられるので数日観察する。


「近寄ってみるか」


 嫌な予感もなくなった。倒したと判断していいだろう。


 それでも警戒しながらちかづき、三十メートルくらいでまた一日観察をした。


「そこまで用心深くなる必要はあるのですか?」


 フジョーから目を離さず見ていると、ロズがおずおずと尋ねてきた。


「お前にはオレが脅えているように見えるか?」


 フジョーから目を離さずロズに意地悪なことを訊いてみた。


「あ、いえ、そう言うわけでは……」


「構わない。実際、脅えているからな」


 自分を殺せるだけの相手を前に怖がらないなんて無理だ。メッチャ怖かったわ。


「勇敢になることは大切だ。だが、無謀になるのは愚かだ。獣以下だ。オレは獣だが、獣以下になるつもりはない。どんな敵にも油断はしない。オレの後ろには守るべき存在がいるんだからな」


 オレの誇りは大切な者を守るためにある。臆病と思われることくらい微々たるもの。フンと鼻で笑えるレベルだ。


「守るべき存在がいるなら敵を侮るな。油断するな。敵は己より強いと思え。確実に倒したと確信するまで目を離すな」


 相手は未知の生命体。倒したと確信したって安心できないわ。


 二日見ていてもフジョーは動かなかったので、レイギヌスのナイフを抜いてフジョーに近づいた。


 もう片方の謎触手で石をつかみ、おもいっきり投げて反応を見る。


 当たってもフジョーに動きはなし。


 さらに三回投げて動きがないので十メートルまで近づき、雷を放つ──と、フジョーがなにかを放ってきた。


 咄嗟に避けてただのナイフを抜いてそれを斬り裂いた。


「……だろうとは思っていたよ……」


 そう簡単に終わるとは最初から思ってないし、なにか仕掛けてくるだろう踏んでいた。この瞬間に、な。


「ヤトア。非常用の塩をかけろ」


 それは木の実であり、真っ二つにしても動いていた。


「わかった」


 量は少ないが、それにかけると悶え苦しむように震え、徐々に動かなくなった。


 フー。塩詰めにして海に捨てたらフジョー討伐完了と判断するとしよう。

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