第159話 赤目熊

 夜中、風が吹くな~と思ってたら、朝には吹雪になっていた。


 ヤトアたちには死に直結しそうな威力だが、昨日腹一杯ヘビを食べたのでオレにはちょっと風が強いていど。ヤトアが狩った白狼を食ったらフルパワーぜんかいである。


 風を纏ってしまえばこのくらいの吹雪など脅威でもない。橇を繋いで出発した。


「師匠! 大丈夫か!」


 完全にホワイトアウトになり、視界は0。ほとんど樹に激突している状況に、ヤトアが心配の声を上げた。


「大丈夫だ、問題ない」


 なんか死亡フラグっぽいこと返してしまった気がしないでもないが、このくらいの吹雪で参ってたらSSSランクの名が泣く。難なく一日を駆け抜けてやったよ。あ、ちゃんとトイレタイムは取っていますからね。


 ミクニール氏族の地まであと一日の距離で半日の休息を取ることにした。


「なにか、強いのがいるな?」


 ヤトアには感じるようで、剣に手をかけて警戒している。


 ここは森の中で、これと言った特徴もない。雪が積り静かなときが過ぎている。だが、ここには四、五メートル級の目の赤い熊がいた。


 Aランクになんとか片足入ったくらいの強さがあり、オレと同じ謎触手を生やした親近感のある熊だった。


 レオノール国に向かうときは急いでいたから見過ごしていたが、戻るときには狩ろうと思ってたのだ。


「ヤトア、狩るか?」


 オレだと瞬殺の相手だ。だが、負けはしないだろうって相手ならヤトアの訓練になるだろうよ。


「狩る」


 ずっと橇に乗っていて元気なことだ。


「ロゼル。お前はゆっくり休んでおけ。着いてから忙しくなるんだからな」


 ミクニール氏族への説明やらなんやらはロゼルがやることになる。最初は質問攻めに合うだろうから体力や精神を休ませておけ。


 オレも早く食って休みたいが、弟子の戦いを見守るのも師匠の勤め。弟子の狩った獲物をいただきましょう。


「暗くなる前に倒すよ」


「わかっている!」


 あと三十分もしないで陽は暮れそうだ。さすがに暗闇ではヤトアのほうが不利だろうよ。


「あまり謎触手の扱いがなってないな」


 ただ鞭のように扱うだけで攻撃が単調だ。ヤトアもオレの謎触手を相手にしていただけあって難なく回避している。


 少しずつ赤目熊(と命名)の懐に入っていき、脇腹に一閃を放った。


 切っ先だけだが、霊力を覆っているので脂肪の下まで届いている感じだ。あれだけの切れ味なら岩でも斬り裂けそうだな。


 ヤトアの一閃に怯んだ赤目熊。その隙に謎触手を二本、斬り落とした。


 謎触手には神経が通っているので痛みは相当だろう。完全に腰が引けてきた。


 二閃三閃とヤトアの剣が赤目熊を斬り裂いていき、前脚を流れるように斬り落とした。


 ……前足をチューチューするの好きなんだよな、オレ……。


 芳香な香りにヨダレが出る。あれは絶対に美味しい熊だ。


 開始して二十分くらいで赤目熊を倒すヤトア。Aランクに片足突っ込んだモンスターじゃあまり訓練にならなかったな。


「じゃあ、いただきます」


 まずは落ちた前脚をガリガリチューチューしてから本体にかぶりついた。


 サイズ的に充分腹に満ちる量で大満足。春になったらまた食いにこよう──と思ったら一回り小さい赤目熊が集団で現れた。ヤダ、群れるタイプのモンスターなの?! 嬉しすぎるんだけど!


 やる気満々な赤目熊の群れ。思わず狩りたくなるが、無駄に命を散らせたら後々の後悔となる。なので、レオパンチ、レオキックで追い払ってやった。


「もう一回り大きくなってから出直してこい」


 そしたら美味しく食ってやるからよ。


「師匠はまだ遥か先にいるな」


 SSSランクのオレに勝とうと本気で思っているのだからヤトアは凄い男である。オレもこの精神を見習わないとダメだな。


「ふふ。オレに勝てるにはまだ霊装術を丸一日纏えなきゃ無理だな。一瞬上昇させただけではAAランクまでがやっとだぞ」


 一瞬の上昇で相手より上回り、削っていく戦法はいい。だが、上昇したことで体に負担をかけている。謂わば力技だ。最小の動きで最大の効果になってない。それがわからないとオレには一生勝てないだろうよ。


「師匠にはお見通しか」


「弱い者は知恵を使って強者に挑んでくる。強者だからと言って油断してたらあっと言う間に追い抜かされるからな」


 ヤトアはもっと強くなる。追いかけてくる者を強く意識して日々精進だ。


「少し見回ってくる。ロゼルを頼むぞ」


 まだ赤目熊の臭いが周囲から漂ってくる。明日の分にもう一匹狩ってこよう。


 オレの強さをよく覚え、次に会うまでよく育てと痛めつけて逃がしてやった。


 いい感じの赤目熊を狩って戻ると、ヤトアが橇で眠っていた。


「疲れた体でAランクのモンスターはさすがに疲れたか」


「すみません。わたしが休むように言いました」


「構わないよ。痛めつけて追い払ったからな。そのまま眠らせてやれ」


 薪木を集めてきて火を焚いてやり、温かくしてやった。


「明日は一日休みとするが、疲れも溜まっているだろう。夕食を食べてゆっくり休むといい」


 明日は風呂でも作って体を癒してやろう。


 ロゼルの寝顔を見ながらそんなことを考えた。

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