第71話 子どもたち
レオノール歴十五年、春。ミドットリー島にゼル一行がきた。
海に出るのも初めてで、船に乗るのも初めて。恐ろしいと感じるだろうに、ゼルは表情一つ変えてなかった。
「……揺れないとはこれほど安心するものなんだな……」
表情には出さないが、安堵を言葉にして吐いた。
「まあ、初めて船に乗ったものは大体思うことだな」
オレも元の世界で初めて乗った船に酔って大変な思いしたっけ。己の惰弱な三半規管を呪ったものだ。
「ゼルム族に船は向いていないな」
まあ、艦の乗り降りできるように改造したが、小舟は改造しようもなく、体格から一人か二人が精々だ。ミドットリー島に上陸しようとしたら時間がかかってしょうがない。そのせいかゼル一向を上陸させるのに一日かがりである。
一日の航海だったが、酔った者が多いので、一日は休むことにした。のだが、元気な者は初めての島に大はしゃぎ。
「レオガルド様、島見たい!」
ゼルの息子、ゼルだ。
ややこしいことにゼルム族は、あとを継ぐ息子には同じ名前をつける風習があり、誰が誰を呼んでいるかわからなくなるときがあるのだ。
ゼルム族的にはニュアンスで区別できるようで、特に不自由はしていないようだ。こっちは戸惑うばかりなので、区別するためにジュニアと呼んでいるよ。
……なんかそれが名前になりそうで怖いけど……。
「子らよ。ついてこい」
家臣の子らもついてきたので、せっかくだから子たちを連れていくことにした。
ジュニアは生まれて四年。人間ならまだヨタヨタ歩くのがやっとだろうが、見た目は十二、三歳。体力は人間の大人並みにある。
ミドットリー島の標高は百メートルもない。子共でも問題ないはずだ。
「レオガルド様、この島にはモンスターはいないんですか?」
「いないな。エサになるものもいないしな」
もちろん、獣もいない。漂流者は魚や自生したイモやニンニクを食って生き残っていたらしい。
二時間くらいで島の頂上に到着。標高はないものの、景色は抜群である。
「海は広いですね!」
「そうだな。だが、世界はもっと広いぞ」
子どもたちには帝国やマイアナのことも教えている。無知ではいいように騙されるし、歴史を学ぶことは未来を築くことだからな。
「ねぇ、レオガルド様。あの海の向こうにいけるかな?」
「いけはするが、それにはたくさんの時間と戦いが必要だな」
同種でも戦争をするのに、他種族となんてわかり合えるなんてまずない。必ず衝突は起こるだろう。それも大規模な衝突が、な。
「お前らは産まれたときから他種族と暮らしているが、同種だけで生きていると他種族を同等に見れることはない。家畜以下と見るだろう」
オレが見張っているから表立って差別はない。が、内面では下にみたり侮ったりしているはずだ。そう簡単に価値観など変わるはずもないんだからな。
「場所が違えば暮らしも違う。暮らしが違えば考え方も違う。考えが違えば見る世界も違ってくる。違いは恐怖になり、相手を疑うようになる。あいつらはきっと悪いことを考えていると、悪いことをされる前に殺せとなる」
そうなれば戦いにまっしぐら。どちかが負けるまで止まらないだろう。もう憎悪のスパイラル。数百年先まで不幸が続くことだろう。
「強くなくてはならない。知恵をつけなくてはならない。己を知らなければならない。敵を知らなければならない。レオノール国に暮らす者を守るためにな」
教育は刷り込みだ。身を持って教えることだ。
「はい! レオノール国の民を守る王になります!」
ゼルの教育もよろしいようで、ジュニアはまっとうに育ってくれている。が、まっとうすぎるのも問題なので、汚いことも見せないとダメだな。
まあ、それは後々。ゼルム族の成人は十歳なので、子供のときくらい健やかに育ってもらおう。
「ああ。頼りにしてるぞ」
謎触手でジュニアの頭を撫でてやる。
「おれもレオノール国の民のために戦います!」
「おれだってレオノール国のために戦います!」
側近の子どもたちも健やかにに育っている。頼もしいことだ。
一人一人頭を撫でてやり、愛情を与えてやる。
「よし。砂浜まで競争だ。一番になったヤツはオレの背に乗せてやるぞ」
小さい頃からオレに登って遊んでいたとは言え、オレの背は巫女たちしか乗せてない。まだ子供たちにはご褒美となるだろう。
「レオガルド様、本当!?」
「オレに二言はない。勝者をオレの背に乗せてやろう。挑戦者は皆平等。立場は関係ない。全力で戦い、勝った者を称えよう」
子どものときくらい忖度などさせたくない。平等に競ってお互いを高め合え、だ。
「全力を出すのはいいが、己の力を見誤るな。己を知らなければ己を超えることはできないのだからな」
はい! と、気持ちいい返事をする子どもたち。教育万歳である。
「用意!」
かけ声をあげると、子供たちの顔つきが変わった。こう言うところは野生が出るよな。
「スタート!」
元の世界の言葉を広めるのはご容赦を、である。
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