第44話 農業村(仮)

 レオノール歴九年が平和に過ぎた。とは言ってもやることはたくさんあった。


 人口増加はマイノカの町だけじゃなく、コルモアの町も人間やベイガー族もたくさんの子を産んだ。


 今はまだ年に数十人だろうが、十年先、二十年先を考えたら今から動かなければ対応できなくなる。


 まずは農地確保のために森を開拓しなくちゃならいのだが、考えなしにはできない。作物を実らすには水が必要であり、土地を肥やさなければならない。他にも気候を知ったりなにを植えるかも重要だ。


 そうは思ってもオレは農学学者でもなければ農業に従事したこともない。有名所の大学を出てが、卒業後は社会の歯車として慎ましく生きてきたただの一般人でしかないのだ。


 水は高いところから低いところへ流れる。それはゼルム族の子供でも知っている。だが、作物を実らすにはそれが大事だとは大人でも知らないことだ。


 だからまず、湖から海へ流れる川を見つけるところから始め、どんな川かを調べる必要がある。


 人間の中から農業をしたことがある者を集め、三十人規模の調査隊を組織し、農地にしやすい場所を探すこと開始した。


 もちろん、調査隊にはオレも同行する。あと、ヤトアも。


「なぜ町の近くからやらないんだ?」


「町の側では牧畜をやるからだ」


 五十年後、大森林はたくさん伐採されているだろう。そうなると気候は一変する。どう一変するかはわからないが、前世の記憶があれば予想はできる。


「森は水を溜める。きっと地下にも豊富な水が流れているだろう」


 ここから数百キロのところには夏でも雪を残す山がある。少しばかり森を切り開いたくらいでは変わらないだうが、人口が十万二十万と増えていったら確実に変わる。森は地平線の彼方までなくなるだろう。


「師匠は見てきたように言うよな」


「見てはいないが知っているだけだ」


 生まれ変わりの概念がないと転生とか言っても理解されないんだよ。以前、ギギに語ったが、あまり理解されなかったよ。帝国の宗教では人は死んだら神の世界にいくと教えられるそうでな。


「神の獣と言うのは本当のことなんだな」


 レオノール国でのオレの立場は神の獣であり、レオノール国の守護聖獣として奉れている。


 ……そう言えば、巨大な白いサメ、ミドはどうしているだろうか……?


 世界には守護聖獣がいる。誰を守護しているかはわからんが、少なくともミドガリア帝国、 マイアナ国、トーヤ国にはいないらしい。


 神の獣、守護聖獣。オレが何者でもいいが、その立場が利用できるなら利用するのみ。ギギが暮らしやすくなるならなんでもいいことだ。


 ただまあ、人間たちはまだオレを賢い獣として見ているところがあるが、表立って逆らう者はいない。レオノール国の民として毎日を生きているよ。


「ヤトア。モルドだ。倒せ」


 金毛の猿で、なんとか獣の領域に入っている単独で行動する肉食獣だ。


「わかった」


 今のヤトアならそう難しくなく倒せるだろうが、大森林で生きる獣は負けると判断したら逃げる。モルドは人間でも食うので倒せるときに倒しておいたほうがいい。倒したモルドはオレが美味しくいただきました。


 秋くらいに農地に適した場所を探し出し、オレの力で野球場くらい開墾して泥煉瓦で寝泊まりできる小屋を作った。


「ヤトア。しばらくこいつらを警護をしていろ。マイノカまでの道を作ってくるから」


 ここに村を作る。そのためにはマイノカの町とここを繋ぐ道が必要となる。


 オレの脚力で三十分。道があればゼルム族でも二時間で辿り着けるだろう。通うことはできるはずだ。


 五往復もすると道と呼べるようなものはでき、暮らせる道具や資材を運んだ。


 農業村(仮)に移住する者を募ると、ベイガー族が一族を挙げて移住を望んだ。


「別に差別は受けてませんが、ベイガー族が集まれる場所を作りたいのです」


 尋ねたらそんな答えが返ってきた。


 種族同士で固まることはさせたくないが、ベイガー族でもなければこんな離れ小島な場所で暮らすのは大変だろう。獣もよく出るしな。


 少し悩み、ゼルやセオルとも話し合い、ベイガー族を農業村(仮)に移すことを決めた。


 もちろん、種族同士で固まらないようコルモアの町にも残し、ゼルム族から流通部隊を組織して、三つの町村を回るようにした。


「流通は止めるな。情報を共有しろ。変な疑心暗鬼は生ませないために」


 農業村(仮)からコルモアの町までの道を作っていたら雪が舞ってきた。


 冬の間も流通部隊に混ざり、農業村(村)やコルモアの町の様子を見回った。


 ギギたちにも何日か農業村(仮)に滞在してもらい、ベイガー族との関係を築いてもらった。


 ベイガー族と出会ってから交流らしい交流はなく、どんな暮らしをしているかわからなかったが、元来はゼルム族やフレンズな獣人とそう知能の差はないように思えた。


 まあ、数年前まで獣だったので知識のなさや知能の衰えはあるが、教えれば理解できたので、十年もすればそれなりに知識も知恵も身につくだろうよ。


 それに、獣だったメリットもある。オレがいることでギギが上位者と本能レベルで理解できるようで、ギギの言葉には素直に従っている。


 ギギは産まれた子の世話をしたり言葉を教えたりと、そこに上下関係はあるが、ちゃんと受け入れられているのはわかった。


 冬の間、ベイガー族には木の伐採と薪割りをしてもらい、マイノカやコルモアから運んだ煉瓦で窯を作ってもらった。作り方はコルモアにいたとき人間の職人に教わったそうだ。


 やがて季節は春となり、切り開いた場所を耕してもらった。


 レオノール国を支える農地になるのは何年か先だろうが、これで人口増加に対応できるはずだ。


 願わくばあと数年は平和であって欲しいぜ。

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