第30話 幸せ

 レオノールよ。私は帰ってきた。


 なんてネタをやっても理解してくれる者はなし。だが、オレには帰りを笑顔で迎えてくれる大切な存在する。


「レオガルド様、お帰りなさい」


「ただいま、ギギ」


 鼻先に抱きつくギギの温もりを感じる。こんなときに自分に腕があればと切に願うよ。


「なにも問題なかったか?」


「はい。皆がよく働いて、守ってくれました」


 謙虚な子だ。いや、もう子と言う年代でもないか。すっかり大人の女になっている。嬉しくも寂しいものだな。


「レオガルド様が出かけている間にゼルム族にたくさんの子が産まれたんですよ」


「第一次ベビーラッシュだな」


「ベビーラッシュ?」


「いや、なんでもないよ。子を見せてくれ」


 思えばゼルム族の赤ん坊など見たこともなかった。どんなものか見せてもらったら、赤ん坊じゃなかった。なんか三、四歳くらいの姿だった。


 上半身に騙されていたが、下半身は馬。産まれてすぐに立てなければ襲われるし、抱くのも大変。この姿になるまで腹の中に入れてないと子孫は残せないか……。


「生命は神秘だな」


「はい。本当に」


 ギギと感じていることとはかけ離れているだろうが、まあ、口にするのも野暮。新たな命を祝福しよう。


「元気に育てよ。明日を担う若い命よ」


 背中にある触手(未だにこれがなんなのかわからんよ)で子たちの頭を撫でてやった。


「と言うか、オレの姿に怯えたりしないんだな」


 見た目、完全に肉食獣。ギギは可愛いと言ってくれるが、他の者には恐ろしい顔に見えるだろうよ。


「レオガルド様の毛で編んだ産着を着せたので、安全だとわかるんだと思いますよ」


 オレの抜け毛、大活躍だな。つーか、オレの毛でいいのか?


「そ、そうか。まあ、怖がらないのならいいよ。もうしゃべるのか?」


「さすがに産まれて間もないのだからしゃべりはしない」


 とはゼルだ。ん? なんかゼルに似たのがいるな。


「もしかして、この子はお前の子か?」


「あ、ああ。初めての子だ」


 照れながらもすっごく嬉しそうなゼル。やはり子ができるのは嬉しいんだな。


「そうか。よかったな」


 オレが親になることはないだろうが、この子たちが健やかに暮らせるよう守ってやろう。


「レオガルド様、毛が縮れてますね」


 ん? 縮れてる? 


 猫化なので結構隅々まで見れたりするが、縮れてるところなんてあったか?


「後ろ股のところです」


 あ、本当だ。全然気がつかんかったわ。


「知らないうちに酸を食らっていたか」


 完全に回避したつもりだったんだがな。霧状になってるところに触れたのかな?


「レオガルド様の毛をこんなふうにするモンスターがいたのか?」


 レアギヌスの効果を与えるものをモンスターと呼称させました。大きくてもレアギヌスの弾が効かないものもいたんでな。


「バルバの群れと一緒にいた。連携できるヤツらだったな」


「ヤツら? 何匹もいたのか!?」


「十数匹はいた。あの調子ではもっといるかかもしれんな」


 バルバも結構いたし、違うところにいても不思議じゃないだろうよ。


「まあ、厄介ではあるが、戦い方はある。お前らでも倒せるさ」


 雨の日を狙えば酸の息は和らげられるし、夜に奇襲したらそれなりに倒せるだろうよ。


「笛や手話、旗で意志疎通できるようになれば大抵のモンスターと戦える。そのときがくるまでしっかり覚えろ」


 そう言うのは人間が優れているし、笛と旗信号は確立されていた。人間の合図を覚え、人間とは違う合図を作る。一朝一夕とはいかんだろうが、何十年も続けたらマスターできるさ。


 ……その前に人間たちが攻めてこないことを祈るけどな……。


「ああ。わかっている」


 練習でバルバとも戦わせたが、上手く連携ができなくて散々だった。


 その失敗が悔しそうで、地形把握をしながら笛の練習をしていたっけ。まあ、うるさかったけど。


「レオガルド様。毛をすくのでしゃがんでください」


 レーキ(農具で熊手みたいやヤツね)を持ってきて、縮れたところをすいてくれた。


 オレの毛は太いのでレーキくらいじゃないとなかなかすけないのだ。


「レオガルド様。気持ちいいですか?」


「ああ。気持ちいいよ」


 犬や猫が櫛などで気持ちよくなるのがよくわかる。これはいい……。


 オレの体格だとさすがにギギ一人では無理なので、ゼルム族の女たちも混ざってすいてくれた。


「……村が賑やかだな……」


 気持ちよくしていると、村のあちらこちらから楽しげな笑いが聞こえてきた。


「はい。人が増え、子が産まれましたから」


 きっと今が幸せな時間なんだろうな~。


 だが、これは一時。嵐の前の静けさ。このままだなんてあり得ない。必ず嵐はやってくるだろう。


 わかっているからこそ、この一時を大事にしよう。それはきっと、未来で楽しい思い出となるはずだから。


「ギギ。幸せか?」


「はい。幸せですよ。レオガルド様と出会ったあの日から」


「そうか」


 レーキから伝わるギギの穏やかな心が伝わってくる。


 あの日、獣に堕ちなくてよかった。ギギと出会えてよかった。この世界に生まれて本当によかった。 


「オレも幸せだ」


 ただ悲しいのは、幸せを笑顔で表現できないことである。

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