第21話 綿花(ミバール)

 あっと言う間に時は過ぎて春になり、鎧竜の卵が孵った。


「まんまトカゲだな」


 緑色をした鎧竜の幼体。これがアレになるのだからこの世界のモンスターは神秘である。


「可愛いですね」


 一緒に見ていたギギが一匹つかんで頬ずりした。きっと小さくて可愛いってことだろう。うん、そうだ。


「鎧竜の赤ちゃん、なに食べるんですか?」


「普通なら乳でも飲ませるんだろうが、卵から孵る生き物は乳は飲まんからな。草をすり潰したものを与えればいいんじゃないか?」


 草を食べていたのはわかっている。さすがに小さいと消化できないだろうから草をすり潰して与えてみた。


「食いつきは悪いが、食えることは食えるな」


 もしかして、コアラのように母親の糞を食ったりするのかな? まあ、ダメならダメで親を捕まえてきたらいいか。


 鎧竜の幼体はゼルム族の子どもらに任せる。人間の子どもはもう大人になったからな。


 ……ギギも十八、九歳か。彼氏を欲しくなる年齢だな……。


 好きな男はいないようだが、ギギには人並みに幸せになってもらいたい。誰かギギを幸せにしてくれる男はいないもんかね~。


 まあ、無理に男を勧めてもしょうがない。なるようになる。自然に身を任せたらいいさ。なにが幸せかはギギが決めることなんだしな。


「どうした?」


 牧場(予定地)から戻ってきたら、ゼルム族の女衆がオレらの家の前にいた。婦人会の集まりか?


「レオガルド様。また抜け毛をもらっていいですか? 今度結婚するバルミーのミノゴにしたいので」


 ミノゴとはブーケのことで、結婚のときにするのがゼルム族の伝統らしい。


「毎度思うんだが、オレの抜け毛なんかでいいのか?」


 人間の感覚がまだあるから自分の抜け毛でブーケを作るって、すっごく抵抗があるんだよな……。


「レオガルド様の毛は綺麗だし、モンスター避けにもなって好まれるんです」


「まあ、好きにしな」


 喜ばれるなら嫌だとも言えない。巣の掃除にもなるしな。


「そう言えば、そろそろ布がなくなると報告が入ってました」


 あー布な。布は船で持ってきた分しかなく、使い回している状況だ。さすがに綿花なんてこの大陸にはないよな~。


 ん? ちょっと待て。オレの抜け毛でブーケを作るんだよな? ってことは毛を解して糸にするってこと。糸にしたら織るんだよな? え? それって製織技術があるってことじゃね?


「お前ら、その技術、どこで覚えた?」


 女衆に尋ねる。


「昔、人間から学んだと聞いてます」


 つまり、このときまで受け継がれてきたと言うこと。


「綿花、あるのか?」


 尋ねたら?顔された。違う名前で呼ばれてます、かよ。面倒だな!


「ああ、ミバールですね」


 綿花の特徴を教えると、皆が当たり前のように答えた。


「お前たち、ミバールなんて使ってたか?」


 まったく記憶にないのだが。


「ここでは毛皮が豊富なのでミバールは使ってません。ミナレアの民とも交流がありませんから」


 あ、あーうん。オレが食うだけ毛皮はできるわな。布、いらんわ。


 ともかく、だ。この大陸にも綿花(ミバール)があり、ミナレアの民が作っていることはわかった。


「で、ミレナーの民はミナレアの民とは繋がりがあるのか?」


 どこからかゼルム族はきているようだが、なんの民かまでは聞いてない。区別つかんし。


「はい。塩を買いにきます」


 あー、樽を下半身の背に乗せていくゼルム族がいたな。なんか布の服を着ていたような記憶が残ってるわ。


「こちらからいって争いになったりはしないか?」


「たぶん、大丈夫かと。昔は行き来してましたから」


「ミナレアの民と顔見知りを呼んでくれ」


 と、お願いしたら八人集まった。その中にはゼルもいた。君、行動範囲広いね……。


「ミナレアの民のところへ布を買いにいきたいのだが、お前たちの意見を聞きたい」


「布、ですか?」


「なにに使うので?」


 やはり種族の壁は高いようだ。いや、男女の違いか? 


「女衆を呼べ」


 これは女を介したほうが話は早いはずだ。


 ギギも加わり布の必要性を野郎どもに説いてくれた。野郎どもよ、御愁傷様です……。


 女衆の力説によりミナレアの民がいる村へと出かけることとなり、選抜が行われ、ゼルム族の男十人、人間の女四人、ゼルム族の女八人、そして、オレがいくこととなった。


「何日くらいかかるんだ?」


 ゼルに尋ねる。あ、ゼルはお留守番な。


「女もいるから八日くらいだな」


「意外と近いんだな?」


 そんな距離のところにあったらちょくちょくくるんじゃね? 年に三回くらいしかきてなかった記憶があるぞ?


「それはレオガルド様が一緒だからの距離だ。普通ならその倍はかかる」


 あ、うん。そうだったわな。村から三十キロも離れたらモンスター天国。襲われないように旅をするならそれくらいかかるか。


「なにを持っていったらいい?」


 毎回樽いっぱいに買っていくから塩じゃないほうがいいか?


「塩だな」


「塩なのか?」


 ミナレアの民、塩分とりすぎじゃないか? 脳卒中や心筋梗塞になるぞ。ん? なるなか?


「ミナレアの民は他の民とも交流を持っている。塩は他の民に分けているのだ」


 なにかコミュニケーション能力が高そうな民だな。


「あとは、鎧竜の鱗で作った道具も喜ばれると思う。結構、買っていたからな」


「ミナレアの民はなにを代価にしてるんだ?」


 ごめん。興味なくて知らんわ。


「マグッチャだ」


 マグッチャ? なんだそれ?


「お茶ですよ、レオガルド様」


「お茶? って、ギギたちがよく飲んでたやつか?」


 なんか茶色いの飲んでるな~としか思わなかったが、思い起こせば他のゼルム族がくるようになってからよく飲んでたな。


 ……オレよ、もっと興味を持とうぜ……。


「はい。とっても美味しいお茶ですよ。コルモアの人たちにも人気です」


 そ、そうなんだ。気がつかんかったわ……。


「さっそくオレ用に作った樽が役に立つときだな」


 こんなこともあろうかと、ギギを乗せるときようの鞍に樽をつけられるよう職人に頼んでおいたのだ。


「用意が整い次第出発する。いいな?」


 誰からも異論はないようで、三日後にミナレアの民の元へと出発した。

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